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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
後編
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24/32

4 聞きたいこと

しばらく作業をしていると、光希が立ち上がった。



「ちょっとトイレ」



「いってらっしゃい」



 軽く手を振って見送る。



 扉が閉まる。



 美術室には他の部員もいる。



 けれど。



 なぜか急に落ち着かなくなった。



 月奈はスケッチブックへ視線を落とす。



 描かなきゃ。



 そう思うのに集中できない。



 視界の端に朔夜がいる。



 それだけで意識してしまう。



 その時。



「神谷」



 名前を呼ばれる。



 心臓が跳ねた。



「……はい」



 顔を上げると、朔夜がこちらを見ていた。



「まだ無理してないか」



 静かな声。



 月奈は思わず目を瞬く。



「大丈夫です」



 少しだけ早口になる。



「そうか」



 朔夜はそれ以上追及しない。



 けれど視線だけは優しかった。



 それが余計に困る。



 一昨日のことなんて何もなかったみたいな顔をしているのに。



 優しい。



 昔からそうだった。



 いや。



 昔から――なのだろうか。



 暁人の記憶がよぎる。



 御簾越しに聞いた声。


 月明かりの下で見た横顔。



 胸が少し苦しくなる。



「……東雲先輩」



 気づけば呼んでいた。



「ん?」



 朔夜が顔を上げる。



 聞きたいことはたくさんある。



 いつから思い出していたのか。



 どうして黙っていたのか。



 あの言葉は。



 前世の続きだったのか。



 それとも――



「……」



 言葉が出てこない。



 朔夜は急かさずに待っている。



 その沈黙が、余計に月奈を困らせた。



「なんでもないです」



 結局、そう言うしかなかった。



 一瞬だけ。



 朔夜は少しだけ目を伏せた。


 けれど、それ以上は何も聞かなかった。




「そうか」



 それだけだった。



 月奈は再びスケッチブックへ視線を落とす。



 けれど、もう絵なんて描けなかった。



部活が終わる頃には、外はすっかり夕暮れだった。



「じゃあまた明日」



 光希が鞄を肩にかける。



「うん。またねー」



 月奈が手を振ると、光希はにやりと笑った。



「月奈も無理しないようにね」



「もう元気だって」



「はいはい」



 意味ありげな顔を残して、光希は美術室を出ていった。



 月奈は小さく息を吐く。



 今日一日、なんだか落ち着かなかった。



 東雲先輩と同じ空間にいるだけで緊張してしまう。



 自分でも困るくらいに。



 鞄を持って立ち上がる。



 帰ろう。



 そう思った時だった。



「神谷」



 呼ばれて振り返る。



 朔夜だった。



「はい」



 また少しだけ声が硬くなる。



 朔夜はそんな月奈を見て、一瞬だけ何か言いたそうな顔をした。



 けれど結局、静かな声で言う。



「一緒に帰ろう」



 月奈の心臓が跳ねた。



 昔なら何でもない言葉だった。



 家が近いから。


 朝陽も含めて、一緒に帰ることだってあったから。



 なのに。



 今は全然違う。



「……はい」



 小さく頷く。



 それだけで胸が落ち着かなくなった。



 二人で美術室を出る。



 廊下を歩いて。


 階段を下りて。


 昇降口を抜ける。



 どれもいつも通りだった。



 けれど月奈だけが、いつも通りじゃない。



 外へ出ると、少しひんやりした風が吹いた。



 夕焼けに染まった道を、二人で歩く。



 しばらく会話はなかった。



 気まずいわけじゃない。



 でも静かだった。



 月奈は何度も口を開きかける。



 聞きたいことはたくさんある。



 いつから思い出していたのか。



 どうして黙っていたのか。



 そして。



『ずっと好きだった』



 あの言葉は。



 月奈はぎゅっと鞄の持ち手を握った。



 聞かなきゃ。



 そう思うのに勇気が出ない。



 けれど。



 このまま何も聞けない方が嫌だった。



 月奈は意を決して顔を上げる。



「東雲先輩」



「ん?」



 朔夜がこちらを見た。

 

急かすことも。


誤魔化すこともなく。



 その目を見た瞬間、少しだけ勇気が湧く。



「聞きたいことがあるんですけど」



 朔夜は驚かなかった。



 まるで。



 いつか聞かれると分かっていたみたいに。



「うん」



 静かな返事が返ってくる。



 月奈は小さく息を吸った。

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