3 いつも通りじゃない
朝。
⸻
月奈は制服に袖を通しながら、小さく息を吐いた。
⸻
熱は下がった。
⸻
体調もだいぶ良い。
⸻
それなのに。
⸻
なぜだか落ち着かない。
⸻
理由は分かっていた。
⸻
今日から学校だからだ。
⸻
リビングへ行くと、朝陽が朝食を食べていた。
⸻
「あ、おはよう」
⸻
「おはよう」
⸻
朝陽は月奈の顔を見る。
⸻
「もう大丈夫そうだな」
⸻
「うん」
⸻
「無理すんなよ」
⸻
その時、母親も台所から顔を出した。
⸻
「少しでも辛かったら保健室行きなさいね」
⸻
「大丈夫だよ」
⸻
そう答える。
⸻
本当に体調は悪くない。
⸻
問題は別の方だった。
⸻
朝食を終え。
朝陽と一緒に家を出る。
⸻
いつもの通学路。
⸻
いつもと同じ景色。
⸻
なのに。
⸻
月奈だけが少し違う世界にいる気がした。
⸻
学校へ着き、教室へ向かう。
⸻
何人かに体調を心配されて、
「もう大丈夫」
と答えながら席に着いた。
⸻
午前の授業は思ったより普通に過ぎた。
⸻
そして昼休み。
⸻
光希が当然のように月奈の席へやって来る。
⸻
「復活した?」
⸻
「一応」
⸻
「よかった」
⸻
そう言ったあと。
光希はじっと月奈の顔を見た。
⸻
「何?」
⸻
「いや」
⸻
光希は首を傾げる。
⸻
「なんか元気ない?」
⸻
「普通だけど」
⸻
「そう?」
⸻
光希は少しだけ眉をひそめた。
⸻
月奈は視線を逸らす。
⸻
前世の話なんて説明できるはずがない。
⸻
告白のことだって。
⸻
まだ自分の中で整理できていないのだから。
⸻
午後の授業を終え。
⸻
放課後になる。
⸻
月奈は鞄を持って立ち上がった。
⸻
向かう先はいつもと同じ。
⸻
美術室。
⸻
なのに。
⸻
扉の前まで来たところで足が止まる。
⸻
東雲先輩がいる。
⸻
当たり前のことだった。
⸻
一昨日までだって毎日会っていた。
⸻
それなのに。
⸻
今日は妙に緊張する。
⸻
月奈は小さく息を吸った。
⸻
そして扉を開ける。
⸻
いつもの美術室。
⸻
窓から差し込む夕陽。
絵の具の匂い。
部員たちの話し声。
⸻
その中で。
⸻
窓際にいた朔夜が顔を上げた。
⸻
目が合う。
⸻
月奈の心臓が大きく鳴った。
⸻
朔夜はほんの少しだけ表情を和らげる。
⸻
「体調、大丈夫か」
⸻
ただそれだけ。
⸻
いつも通りの言葉だった。
⸻
なのに。
⸻
月奈はうまく返事ができなかった。
「だ、大丈夫です」
⸻
思ったより大きな声が出た。
⸻
自分で驚く。
⸻
朔夜も少しだけ目を瞬いた。
⸻
「そうか」
⸻
それだけ言うと、再び手元のデッサンへ視線を落とした。
⸻
月奈は慌てて自分の席へ向かう。
⸻
心臓がうるさい。
⸻
ただ一言話しただけなのに。
⸻
どうしてこんなに緊張するんだろう。
⸻
席に着いてキャンバスを見る。
⸻
けれど絵に集中できない。
⸻
少し離れた場所にいる朔夜を意識してしまう。
⸻
視線を向けそうになって。
⸻
慌ててやめる。
⸻
「月奈」
⸻
不意に声をかけられた。
⸻
振り向くと、光希が隣の席に腰を下ろしていた。
⸻
「なに?」
⸻
「いや?」
⸻
光希はじっと月奈の顔を見る。
⸻
「なんか変」
⸻
「またそれ?」
⸻
「うん」
⸻
月奈は思わず顔をしかめる。
⸻
「普通だけど」
⸻
「普通じゃない」
⸻
「どこが」
⸻
「全部」
⸻
雑だった。
⸻
けれど光希は妙に自信満々だった。
⸻
「熱のせいじゃなくて?」
⸻
「違う」
⸻
「じゃあ何」
⸻
光希は少しだけ身を乗り出す。
⸻
「東雲先輩となんかあった?」
⸻
「っ!」
⸻
月奈は盛大にむせた。
⸻
「なんでそうなるの!?」
⸻
「図星?」
⸻
「違うし!」
⸻
反射的に否定する。
⸻
光希は面白そうに笑った。
⸻
「だって今日ぎこちないもん」
⸻
「そんなことない」
⸻
「ある」
⸻
月奈は言葉に詰まる。
⸻
自分でも分かっていた。
⸻
いつも通りにできていないことくらい。
⸻
距離を取りたいわけじゃない。
⸻
むしろ逆だ。
⸻
近くなりすぎてしまったから。
⸻
どう接していいのか分からない。
⸻
「ふーん」
⸻
光希は意味ありげに笑う。
⸻
「その顔やめて」
⸻
「別にー?」
⸻
絶対何か思っている。
⸻
月奈は思わずため息をついた。
⸻
その時。
⸻
ふと視線を感じる。
⸻
顔を上げると。
⸻
少し離れた席にいる朔夜と目が合った。
⸻
心臓が跳ねる。
⸻
朔夜は何も言わない。
⸻
ただ静かにこちらを見ていた。
⸻
月奈は慌てて視線を逸らす。
⸻
その様子を見て。
⸻
隣で光希が小さく笑った気がした。




