3 いつも通りじゃない
朝。
月奈は制服に袖を通しながら、小さく息を吐いた。
熱は下がった。
体調もだいぶ良い。
それなのに、なぜだか落ち着かない。
理由は分かっていた。
今日から学校だからだ。
リビングへ行くと、朝陽が朝食を食べていた。
「あ、おはよう」
「おはよう」
朝陽は月奈の顔を見る。
「もう大丈夫そうだな」
「うん」
「無理すんなよ」
その時、母親も台所から顔を出した。
「少しでも辛かったら保健室行きなさいね」
「大丈夫だよ」
そう答える。
本当に体調は悪くない。
問題は別の方だった。
朝食を終えて、朝陽と一緒に家を出る。
いつもの通学路。
いつもと同じ景色。
なのに、月奈だけが少し違う世界にいる気がした。
◇
学校へ着き、教室へ向かう。
何人かに体調を心配されて、「もう大丈夫」と答えながら席に着いた。
午前の授業は、思ったより普通に過ぎた。
そして昼休み。
光希が当然のように、月奈の席へやって来る。
「復活した?」
「一応」
「よかった」
そう言ったあと、光希はじっと月奈の顔を見た。
「何?」
「いや」
光希は首を傾げる。
「なんか元気ない?」
「普通だけど」
「そう?」
光希は少しだけ眉をひそめた。
月奈は視線を逸らす。
前世の話なんて、説明できるはずがない。
告白のことだって。
まだ自分の中で整理できていないのだから。
◇
午後の授業を終えて、放課後になる。
月奈は鞄を持って立ち上がった。
向かう先は、いつもと同じ。
美術室。
なのに、扉の前まで来たところで足が止まる。
東雲先輩がいる。
当たり前のことだった。
一昨日までだって、毎日会っていた。
それなのに、今日は妙に緊張する。
月奈は小さく息を吸った。
そして、扉を開ける。
いつもの美術室。
窓から差し込む夕陽。
絵の具の匂い。
部員たちの話し声。
その中で、窓際にいた朔夜が顔を上げた。
目が合う。
心臓が大きく鳴った。
朔夜は、ほんの少しだけ表情を和らげる。
「体調、大丈夫か」
ただそれだけ。
いつも通りの言葉だった。
なのに、月奈はうまく返事ができなかった。
「だ、大丈夫です」
思ったより大きな声が出た。
自分で驚く。
朔夜も少しだけ目を瞬いた。
「そうか」
それだけ言うと、再び手元のデッサンへ視線を落とす。
月奈は慌てて自分の席へ向かった。
ただ一言話しただけなのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。
席に着いてキャンバスを見る。
けれど、絵に集中できない。
少し離れた場所にいる朔夜を、意識してしまう。
視線を向けそうになって、慌ててやめる。
「月奈」
不意に声をかけられた。
振り向くと、光希が隣の席に腰を下ろしていた。
「なに?」
「いや?」
光希はじっと月奈の顔を見る。
「なんか変」
「またそれ?」
「うん」
月奈は思わず顔をしかめる。
「普通だけど」
「普通じゃない」
「どこが」
「全部」
雑だった。
けれど光希は、妙に自信満々だった。
「病み上がりだからじゃなくて?」
「違う」
「じゃあ何」
光希は少しだけ身を乗り出す。
「東雲先輩となんかあった?」
「っ!」
月奈は盛大に咳き込んだ。
「なんでそうなるの!?」
「図星?」
「違うし!」
反射的に否定する。
光希は面白そうに笑った。
「だって今日ぎこちないもん」
「そんなことない」
「ある」
月奈は言葉に詰まる。
自分でも分かっていた。
いつも通りにできていないことくらい。
距離を取りたいわけじゃない。
むしろ逆だ。
近くなりすぎてしまったから。
どう接していいのか、分からない。
「ふーん」
光希は意味ありげに笑う。
「その顔やめて」
「別にー?」
絶対、何か思っている。
月奈は思わずため息をついた。
その時、ふと視線を感じる。
顔を上げると、少し離れた席にいる朔夜と目が合った。
心臓が跳ねる。
朔夜は何も言わない。
ただ静かに、こちらを見ていた。
月奈は慌てて視線を逸らす。
その様子を見て、隣で光希が小さく笑った気がした。




