2 答えの出ない夜
震える指で通知を開く。
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表示されたメッセージは二行だけだった。
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『体調どうだ。』
『熱下がったか?』
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「……」
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月奈はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。
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たったそれだけ。
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昨日のことには触れていない。
告白のことも。
前世のことも。
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まるで何もなかったみたいな文章だった。
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でも。
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朔夜らしいとも思う。
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昔からそうだった。
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必要以上のことは言わない。
けれど、本当に大事なことは見落とさない。
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月奈はスマホを握りしめる。
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返信しなきゃ。
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そう思うのに、指が動かない。
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何を返せばいいんだろう。
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熱は下がった。
体調も昨日よりはいい。
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でも。
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聞きたいことは山ほどある。
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どうして黙っていたの。
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いつから思い出していたの。
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どうしてあの時、
「そうだよ」なんて言ったの。
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そして。
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どうして今も。
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何もなかったみたいに連絡できるの。
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「……だめ」
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月奈は額を押さえた。
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頭が追いつかない。
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昨夜までの自分と。
今の自分が。
まるで別人みたいだった。
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けれど。
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既読をつけたまま無視するのも違う気がする。
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しばらく悩んだ末。
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月奈は短く文字を打った。
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『熱は下がったよ』
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少し考えて。
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『心配かけてごめん』
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送信ボタンを押す。
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途端に心臓が跳ねた。
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たったそれだけの返信なのに。
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妙に緊張した。
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「何これ……」
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思わず顔を覆う。
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その時だった。
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スマホが震える。
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「え」
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早い。
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あまりにも早かった。
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画面には、新しいメッセージが表示されていた。
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送り主は――
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東雲朔夜
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月奈は小さく息を呑む。
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震える指で画面を開いた。
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『よかった』
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たった四文字だった。
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前世のことも。
昨日のことも。
何も書かれていない。
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それなのに。
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月奈はしばらく画面から目を離せなかった。
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夕食の時間になっても、どこか落ち着かなかった。
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朝陽と母親は、
「熱下がってよかったね」
くらいの認識だ。
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もちろん前世のことなんて知らない。
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月奈だけが別の世界を見ているみたいだった。
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朔夜から、それ以上の連絡は来なかった。
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『よかった』
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たった四文字。
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それだけなのに。
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月奈は何度もスマホを見てしまう。
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別に続きを期待しているわけじゃない。
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そう思う。
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でも。
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少しだけ落ち着かない。
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夜。
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月奈はベッドの上で膝を抱えた。
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考えなきゃいけないことはたくさんある。
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前世のこと。
月乃のこと。
暁人のこと。
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思い出した記憶はどれも鮮明だった。
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御簾越しに会った穏やかな時間。
月明かりの下で交わした約束。
入内前夜。
互いの想いを伝え合ったこと。
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暁人は月乃が好きだった。
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それはもう疑いようがない。
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けれど。
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『ずっと好きだった』
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昨夜の言葉を思い出す。
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あれは。
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暁人の言葉だったのだろうか。
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それとも。
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朔夜自身の言葉だったのだろうか。
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考えても答えは出ない。
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月奈は枕に顔を埋めた。
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分からない。
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本当に分からない。
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ただ。
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もっと分からないことがあった。
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東雲先輩のことを考えると。
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胸が苦しくなる。
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それは前からだ。
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白昼夢を見るようになってから。
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目が離せなくなった。
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気づけば探していた。
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あれは。
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暁人を重ねていたからだろうか。
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それとも。
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東雲朔夜だからだろうか。
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「……」
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答えはまだ出ない。
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けれど。
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もう知らなかった頃には戻れない。
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ふと時計を見る。
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22時を過ぎていた。
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明日は学校だ。
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そう思った瞬間。
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胸が少しだけ騒いだ。
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学校へ行けば。
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東雲先輩に会う。
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その事実を意識しただけで落ち着かなくなる。
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どういう顔をして会えばいいんだろう。
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答えは出ないまま。
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月奈は小さく息を吐いた。




