13 来世で、もう一度
輿は静かに都の道を進んでいた。
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窓の外には、見慣れた景色が流れていく。
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月乃は何度も目を閉じた。
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屋敷を出る時は平気だったはずなのに。
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離れるほどに、胸が痛む。
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父上。
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兄上。
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蛍。
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そして――暁人。
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思い出したくないのに、次々と浮かんでくる。
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昨夜の言葉が耳に残っていた。
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『次こそは』
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『貴女を、迎えに参ります』
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月乃は小さく目を伏せる。
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来世など、本当にあるのだろうか。
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そんなものを願わなければならないほど。
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自分たちは遠かったのだろうか。
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その時だった。
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風が吹く。
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輿の簾がふわりと揺れた。
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月乃は何気なく空を見上げる。
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先ほどまで晴れていた空の端に。
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いつの間にか、灰色の雲が滲んでいた。
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『姫様?』
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女房の声に、月乃は首を振る。
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「何でもないわ」
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そう答えて微笑む。
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けれど胸の奥に、小さな不安だけが残った。
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遠くで、かすかに風が鳴った。
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輿は進む。
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空はまだ明るかった。
けれど、風は少しずつ強くなっていた。
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『雨になるかもしれませんな』
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誰かの声が聞こえる。
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月乃は簾の向こうを見た。
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灰色の雲は、先ほどよりもずっと近くまで来ている。
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胸騒ぎがした。
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理由などない。
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ただ、どうしてだろう。
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急に。
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会いたくなった。
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(暁人)
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心の中で名前を呼ぶ。
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返事などあるはずがない。
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それでも。
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昨夜の姿が、鮮やかによみがえる。
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不意に。
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遠くで雷が鳴った。
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低く。
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空の奥を震わせるような音だった。
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女房たちがざわつく。
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『急ぎましょう』
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『この辺りは道も悪くなります』
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風がさらに強く吹いた。
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木々が揺れる。
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空が暗くなる。
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まるで昼とは思えないほどに。
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そして。
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大粒の雨が落ちた。
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一粒。
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また一粒。
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やがてそれは激しい雨へと変わる。
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雷鳴が響いた。
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誰かの悲鳴。
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馬のいななき。
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慌ただしい声。
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輿が大きく揺れる。
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月乃は思わず手をついた。
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何が起きているのか分からない。
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ただ。
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激しい雨音だけが耳を満たしていた。
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その瞬間。
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眩い光が空を裂いた。
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世界が白く染まる。
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音が消える。
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痛みも。
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恐怖も。
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何もかもが遠くなっていく。
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不思議だった。
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最後に思い浮かんだのは。
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父上でも。
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兄上でもなく。
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月明かりの下で微笑んだ、一人の人だった。
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(暁人)
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――迎えに来て。
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来世で。
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もう一度。
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◇
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月乃の意識は、静かに途切れた。




