12 入内の日
「私は……」
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月乃の声が震える。
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「入内なんて、したくない……」
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その瞬間。
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暁人の表情が揺れた。
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◇
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言ってはいけない言葉だった。
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けれど、もう止められない。
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「あなたの傍にいたい」
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「ずっと……」
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◇
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暁人がゆっくり目を閉じる。
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その顔は、先ほどよりもずっと苦しそうだった。
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同じ願いを抱いているのに。
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それでも、それは許されない。
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『……逃げられません』
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低い声。
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『右大臣家も、姫様も』
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『もう、止まれないのです』
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月乃は唇を噛む。
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分かっている。
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分かっているから、苦しい。
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◇
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「……ずっと一緒にいようって」
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ぽつりと零れる。
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「昔、約束したのに」
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暁人の目が揺れる。
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それは忘れていない目だった。
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忘れられるはずがなかった。
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◇
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『……覚えております』
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静かな声。
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『あの日の言葉は、一度も』
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言いかけて、暁人は言葉を飲み込む。
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守れなかったことを、誰よりも分かっていたから。
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月乃は涙をこらえながら笑う。
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「守れなかったね」
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沈黙。
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夜風だけが二人の間を通り抜ける。
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◇
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やがて、暁人が小さく息を吐いた。
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そして静かに言う。
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『……私は』
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言葉が少し震える。
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『あの時、思っておりました』
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『姫様は、いずれ東宮へ入られる方だと』
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『だからせめて』
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暁人は目を伏せる。
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『お傍にいられる“その時だけ”で良いと』
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月乃の胸が痛む。
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それは諦めであり、優しさであり、
最初から決まっていた別れだった。
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暁人はゆっくり月乃を見る。
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その目は、どこまでも優しくて。
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どこまでも残酷だった。
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『……もし』
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掠れる声。
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『来世というものがあるなら』
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◇
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月乃の涙が零れる。
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暁人は続けた。
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『次こそは』
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言葉を一度切る。
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それでも、逃げなかった。
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◇
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『貴女を、迎えに参ります』
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◇
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月乃は泣きながら頷く。
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今世ではもう終わる。
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だからせめて。
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その先に救いを置くしかなかった。
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「……ええ」
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「来世で……また会いましょう」
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夜は静かだった。
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その約束だけが、
二人の最後の居場所だった。
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入内の日の朝は、驚くほどよく晴れていた。
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空は高く、雲ひとつない。
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昨夜のことなど、まるで夢だったかのような青空だった。
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屋敷の中は朝早くから慌ただしい。
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女房たちが行き交い、
庭には見送りの者たちが集まっていた。
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誰もが祝いの顔をしている。
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今日という日が、右大臣家にとって誇らしい日だからだ。
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月乃は支度を終え、静かに庭へ出た。
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幾重にも重ねられた衣は重く、
歩くたびに裾が揺れる。
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幼い頃から見慣れた庭が、今日は少し違って見えた。
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もう、気軽に戻ってこられる場所ではなくなる。
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◇
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『月乃』
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呼ばれて振り向く。
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父上だった。
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その隣には兄上もいる。
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◇
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『支度は整ったか』
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「はい」
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月乃が答えると、父上は満足そうに頷いた。
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『そうか』
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それだけだった。
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父上らしい言葉だった。
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けれど。
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その目の奥に、娘を送り出す父親の寂しさが見えた気がした。
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◇
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『東宮妃になっても、お前は私の娘だ』
『それだけは忘れるな』
月乃は一瞬目を見開く。
「……はい」
小さく頷くと、父上はそれ以上何も言わなかった。
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けれど、その言葉だけで十分だった。
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◇
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少しだけ沈黙が落ちる。
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その空気を和らげるように、朝臣が小さく息を吐いた。
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『こうしていると、まだ実感が湧かないな』
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月乃は兄上を見る。
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「兄上も?」
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『ああ』
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朝臣は苦笑した。
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『明日もお前がふらりと私の部屋へ来そうな気がする』
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月乃は兄上を見る。
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兄上は昔から変わらない。
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いつも少し呆れた顔で、
それでも見守ってくれていた。
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◇
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「兄上」
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『何だ』
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「今まで、ありがとう」
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◇
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一瞬だけ。
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朝臣の表情が止まる。
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それから困ったように笑った。
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『そんなことを言うな』
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『まるで二度と会えぬようではないか』
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◇
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月乃も笑う。
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「そうね」
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そう言いながら。
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なぜか、もう二度と戻れない気がしていた。
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◇
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出立の刻が近づく。
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女房が静かに声をかけた。
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『お時間です』
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◇
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月乃はゆっくり頷く。
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そして最後にもう一度だけ、屋敷を見渡した。
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庭。
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渡殿。
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琴を弾いた御簾の向こう。
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月明かりの落ちる庭。
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幼い頃から過ごした場所。
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姿はない。
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探してはいけない。
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そう分かっているのに。
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どうしても視線が向いてしまった。
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◇
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月乃は小さく息を吐く。
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昨夜、言いたいことは全部伝えた。
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だからもう振り返らない。
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そう決めたはずだった。
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◇
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けれど胸の奥では、今もあの声が響いている。
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『次こそは』
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『貴女を、迎えに参ります』
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◇
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月乃はそっと目を閉じる。
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そして微笑んだ。
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「……待っています」
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誰にも聞こえないほど小さな声だった。
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◇
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やがて輿が動き出す。
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晴れ渡った空の下。
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月乃は、生まれ育った屋敷を後にした。
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その先に待つ運命を、まだ誰も知らないまま。




