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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
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18/32

11 月明かりの告白

月乃は、数歩手前で足を止めた。


 その人は、まるで最初から待っていたみたいに、静かに立っていた。


 しばらく、どちらも口を開かなかった。


 風だけが、静かに庭を渡っていく。


 先に目を逸らしたのは、暁人だった。


「……お休みになられていないのですか」


 いつもの落ち着いた声。


 でも、どこか少しだけ苦しそうだった。


「眠れなくて」


 月乃は小さく答える。


 本当は、あなたに会いたかった。


 そう言いたいのに、喉が詰まる。


「明日は、お早いのでしょう」


「……ええ」


 会話が途切れる。


 以前なら、こんな沈黙は苦しくなかった。


 でも今は。


 互いに言えないことばかりが増えてしまった。


 月乃はそっと暁人を見る。


 月明かりの下の横顔は、静かで。


 いつも通りで。


 だから余計に苦しかった。


「……どうして避けるの」


 気づけば、口にしていた。


 暁人の肩がわずかに揺れる。


「避けてなど」


「避けてるわ」


 月乃の声が少し震える。


「最近、全然来てくれない。兄上のところへ行っても、会えなくて。ずっと、私だけ――」


 そこまで言って、月乃は唇を噛む。


 暁人は答えない。


 沈黙だけが落ちる。


 その静けさが、逆に答えだった。


「……姫様は」


 低い声。


「もう、明日には入内なさるお方です」


 その言葉に、胸が痛む。


 またそれだ。


 正しいことばかり言う。


 でも、聞きたいのはそんなことじゃない。


「そんな話をしているんじゃない……!」


 月乃の声が初めて乱れる。


 暁人が目を見開いた。


「私は、ただ……」


 言葉が止まらない。


「どうして、急に遠くへ行ってしまったのか知りたかっただけなのに……」


 月乃の目から、涙が落ちる。


 暁人はしばらく動かなかった。


 けれど、次の瞬間、苦しそうに目を伏せる。


「……姫様」


 低い声だった。


「どうか、お許しください」


「何を」


 月乃は涙を拭うことも忘れて問い返す。


「私は」


 言葉が途切れる。


 今までなら飲み込めたはずの言葉だった。


「姫様が幸せになられることだけを願わなければならない。……そう思っておりました」


 月乃の胸が締めつけられる。


 やっぱり。


 また遠ざける。


「それならどうして」


 震える声が漏れる。


「どうして、あの時助けてくれたの! どうして琴を聴いてくれたの! どうして、……そんな顔をするの」


 暁人が息を呑む。


「そんな顔をするなら……」


 涙がこぼれる。


「そんな顔をするなら、優しくしないで!」


 もう隠せなかった。


 苦しい。


 離れていくのが。


 明日で終わってしまうのが。


「……これ以上、お傍にいたら」


 声がかすかに揺れる。


「離せなくなる」


 月乃の呼吸が止まる。


 初めてだった。


 暁人が、自分の感情を隠しきれなかったのは。


 静かな夜だった。


 遠くで風が鳴っている。


 なのに、胸の奥だけがやけに騒がしい。


 暁人は目を伏せたまま続ける。


「私は、お傍にいて良い人間ではない」


 言葉は冷静だった。


 けれど、その冷静さの下で、何かが必死に堪えられていた。


 月乃は暁人を見る。


 ずっと知りたかった。


 どうして離れていくのか。


「……そんなの」


 声が震える。


「そんなの、今さらだわ」


 暁人がゆっくり顔を上げる。


「私は、入内が決まってから気づいたの。会えないだけで苦しくて。避けられるのが嫌で。ずっと、あなたのことばかり――」


 言葉が途切れる。


 喉が詰まる。


「……好きだったの」


 静かな声だった。


 けれど、その一言で、夜の空気が変わる。


 暁人の表情が揺れる。


 息を呑み、目を閉じる。


「……遅いのです」


 掠れた声。


 責めてはいない。


 ただ、それ以上どうにもならない痛みだけがあった。


「私は、ずっと――」


 そこで言葉が止まる。


 暁人は一度、強く目を閉じる。


 抑えていたものが、限界を越えかけていた。


「……幼い頃から、お慕いしておりました」


 月乃の息が止まる。


 ずっと欲しかった答え。


 それなのに、今は苦しいだけだった。


 夜風が庭を渡る。


 月明かりの下で、二人は動けないまま立っている。


 言葉を重ねるほどに、もう戻れない場所へ沈んでいくのが分かっていた。


 それでも、今だけは。


 引き返せない。


 ただ、ここにある感情だけが本物だった。

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