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めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
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13/32

6 高まる評判

廊下は静かだった。



 宴のざわめきは、もう遠い。



 灯りだけが、ゆらゆらと二人の影を揺らしている。





 月乃は何度か口を開きかけて、やめた。



(……ありがとう)



 本当は最初に言うつもりだった。



 けれど。



 うまく言葉にならない。



「暁人」



『はい』



 すぐに返る声。



 それだけなのに、少し安心する。



「……さっきの人、怖かった」



 思わず本音が零れた。



 暁人は少しだけ黙る。



『……申し訳ございません』



「だから、暁人が謝ることじゃないって」



 月乃は首を振った。



 もしあのままだったら。



 そう考えるだけで、少しだけ胸がざわつく。



『ですが、姫様に近づけたのは事実です』



 静かな声だった。



 月乃は思わず顔を上げる。



「でも」



 言葉を探す。



 そして。



「来てくれた」



 それが一番しっくりきた。



 暁人は何も言わない。



 けれど。



 その沈黙が、なぜか否定には思えなかった。





 しばらく二人で歩く。



 夜風が少し冷たい。



 それなのに。



 さっきまで感じていた怖さは、もうほとんど残っていなかった。



 胸の奥に残っているのは。



(来てくれた)



 ただその事実だけ。



 何度も思い返してしまう。



 それがどうしてなのか、自分でもよく分からない。



 月乃は小さく息を吐いた。



「……暁人」



『はい』



 今度は少しだけ返事が遅かった。



 けれど、ちゃんと返ってくる。



「ありがとう」



 ようやく言えた。



 暁人は答えない。



 ただ。



 その横顔が、いつもより少しだけ柔らかく見えた気がした。



 気のせいだったのかもしれない。



 それでも。


 月乃は少しだけ嬉しかった。






月乃はまだ知らなかった。


あの夜の琴が、思っていた以上に人々の心へ残っていたことを。



宴が終わってから。


 屋敷の空気が少し変わった。



 最初に気づいたのは蛍だった。



『最近、お客様が増えましたね』



「そう?」



 月乃は首を傾げる。



 確かに。



 父上のもとを訪れる貴族は増えた気がする。



 けれど、それが何を意味するのかまでは分からなかった。





 ある日のことだった。



 月乃が琴の稽古を終えると、父上に呼ばれる。



 珍しいことだった。



『月乃』



 父上は穏やかな表情をしている。



『先日の宴での演奏、見事だった』



「ありがとうございます」



 月乃は頭を下げた。



 褒められるのは嬉しい。



 けれど、それだけでは終わらなかった。



『内裏で琴を披露してほしいとの話が来ている』



「……え?」



 思わず顔を上げる。



 内裏。



 帝がおわす場所。



 自分とは遠い世界だと思っていた。



『都でも評判になっているそうだ』



 父上の声は静かだった。



 だが、その目は満足そうだった。





 部屋へ戻っても、実感は湧かなかった。



「内裏……」



 呟く。



 蛍が少し笑った。



『姫様らしいですね』



「だって急すぎるもの」



 月乃は膝を抱える。



 ただ琴を弾いていただけだ。



 好きだから。



 聴いてほしい人がいたから。



 それだけだったのに。



 いつの間にか、自分の知らないところまで話が広がっている。





 その数日後。



 廊下を歩いていると、女房たちの声が聞こえた。



『やはり東宮様の――』



『まだ決まった話では……』



 ひそひそとした声。



 月乃が近づくと、慌てて口を閉じる。



「何の話?」



『いえ、その……』



 誰も答えない。



 かえって気になる。





 その日の夜。



 月乃は蛍に尋ねた。



「最近、みんな変じゃない?」



 蛍は少し困ったように笑う。



『変、ですか』



「何か隠してる」



 蛍はしばらく黙った。



 そして静かに言う。



『姫様の評判が高まっているのです』



「評判?」



『宴での琴もございますし……』



 そこで一度言葉を切る。



『姫様は、とても良いご縁に恵まれるだろうと』



「ご縁?」



 意味が分からず首を傾げる。



 蛍はそれ以上説明しなかった。



 けれど。



 その表情だけが、なぜか少し寂しそうに見えた。

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