表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めぐり逢う月と暁  作者: 我亦恋
前世編
PR
12/30

5 宴の夜

それから数日が過ぎた。


 会えば言葉は交わす。


 けれど。


 どこか一歩離れたまま。


 月乃には、その理由が分からなかった。





『姫様』



 ある日の朝。



 蛍が部屋へ入ってくる。



『本日の宴の支度を』



「もうそんな日?」



 月乃は思わず顔を上げた。



 右大臣家で開かれる大きな宴。



 都から多くの貴族が集まる。



 そして。



 月乃はそこで琴を披露することになっていた。



「緊張する……」



『今さらですか』



 蛍が小さく笑う。



 月乃は唇を尖らせた。



「だって失敗したら恥ずかしいし」



『姫様が失敗する姿は想像できません』



「そうかな?」



 そんなやり取りをしながらも。



 月乃の心は別のことを考えていた。



(暁人もいるのかな)



 そう思った自分に気づいて、


月乃は慌てて視線を逸らした。



やがて宴の刻が訪れた。





右大臣家の宴は、華やかだった。



 笑い声。


 酒の香。


 琴の音。



 その中で、月乃は琴を弾いていた。



 指はいつも通り動くはずなのに、どこか落ち着かない。



(暁人)



 気づけば、そのことばかり考えている。



 来ているのか。


 どこにいるのか。



 音の向こうを探してしまう。



 琴の音が、最後の一音で静かに消えた。



 余韻が、広間に残る。



 そして次の瞬間。



 拍手が起こった。



「見事なものだ」


「噂に違わぬ腕前だ」



 称賛の声が広がる。



 月乃は琴から手を離し、静かに頭を下げた。



「ありがとうございます」



 その声は落ち着いているはずなのに、どこか遠い。





 しばらくして、人の輪が少しずつ緩んだ頃。



「いやはや、先ほどの琴は素晴らしかった」



 酔った男が近づいてくる。



 身分は低くない。


 だからこそ、周囲も止めない。



「さすが右大臣家の姫君」



 距離が近い。



 月乃は一歩、下がろうとする。



 その瞬間だった。



「……失礼いたします」



 静かな声。



 次の瞬間、男と月乃の間に影が入る。





「誰だ!」



 男が振り向く。



 そこにいたのは暁人だった。



 表情は変わらない。



 ただ、視線だけが少し冷えている。



『姫様に御用でしょうか』



 静かな声。



「何の真似だ、貴様」



 男が苛立つ。



 暁人は一瞬だけ視線を落とし、それから言った。



『姫様、朝臣様がお呼びです』



 ぴたりと空気が止まる。





 月乃は瞬きをする。



「兄上が?」



 暁人は一度だけ頷く。



『至急とのことでしたので』



 嘘。



 でも、誰もそれを即座には否定できない。





「待て、まだ話は──」



 男が言いかけた瞬間。



 暁人は静かに一歩だけ近づく。



 圧ではない。


 ただ“終わり”の距離だった。



『朝臣様をお待たせするわけには参りませんので』



 その一言で、場が切り替わる。



 男は言葉を飲み込んだ。





 暁人はそのまま月乃の横へ。



 少しだけ距離を取って、歩き出す。



「……暁人」



 月乃が小さく呼ぶ。



『はい』



「兄上、本当に?」



 一瞬。



 暁人の足がわずかに止まる。



 そして、静かに答える。



『……お呼びかどうかは、後ほどご確認ください』



 それは答えになっていない答えだった。





 月乃はその横顔を見る。



 胸の奥が、少しだけ騒がしい。



(兄上呼んでない、よね)



 でも同時に。



(でも、来た)



 その事実だけが、はっきり残った。





 暁人は何も言わず、月乃を宴の外へ導く。



 背後ではまだ、宴の音が続いている。



 けれどもう、月乃には遠かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ