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第七話 渦の綻び

 会津武士は卑怯なことはしない……。

 自虐的な笑みを浮かべながら一人歩く平馬。

 これから行うことは卑怯以外の何ものでもない。自分のやりたいことをする、心に従う――。これができないから今の自分があった。 

 経済の混乱、物価の高騰。庶民の生活は厳しい。ましてや地方ではなおさらである。会津での暮らしで十分に理解している。そんな自分が、金品を申し受けに出向く。場合によっては――。

 意図せず、足は北に続く街道を進む。

(……このまま)

 いずれの道を選んでも心が痛む。だた、このまま歩き続けたときの痛みの方がはるかに小さい。下を向き、一歩一歩踏み進める自らの足先を見つめる平馬。ほどなく、人影とすれ違った。

 足音が止まる。それに気づかず歩き続ける平馬。背中越しに声が聞こえた。

「竹」

 足が止まり、ふと我に返る平馬。

「虎……」

 口にした平馬が振り返る。その視線の先で、男が編み笠を外した。

「清四郎!」

 言い放った平馬は、猛然と駆け出した。清四郎の襟口を両手で握りしめ、持ち上げようとする平馬。

「柚羽はどうした!?」

「落ち着け!」

 声を絞る清四郎。平馬は両手を放すと、平馬は尻から崩れ落ちた。

「気持ちは分かるが、ひとまず落ち着け」

 息を切らしながら言葉を発する清四郎。袴についた土や埃を払いながら立ち上がると、二人は街道を外れ、近くを流れる川の土手に座りこんだ。

「……柚羽のことで報せはあったか?」

「神谷様からは何も……」

「なら、何しに来た」

 平馬の棘のある言葉。清四郎は、わずかに眉をしかめながら、懐から書状を取り出して平馬に渡した。ゆっくりと書状を開き、目を通す平馬。

「幕府が浪士隊討伐の軍の編成を始めたらしい。まもなく周辺諸藩に出兵命令が出されるとのことだ。数日以内に軍勢が押し寄せるだろう」

 清四郎の話を尻目に黙々と書状に目を通す平馬。読み終えると書状を握りしめ、清四郎に顔を向けた。

「だったら、俺はお役御免だろう?」

 突然の平馬の言葉に虚を突かれた清四郎。平馬は続けた。

「浪士隊は会津には向かわない。幕府による討伐も明らか。神谷様が仰っていた目的は達成された。当然だろう? なのに、なぜ俺がこの場に留まらなくてはならない!?」

「お前、まさかそのつもりでこんな所に……?」

 清四郎が平馬に尋ねると、平馬はこれまでのいきさつをゆっくりと話し始めた。

「なるほど。生真面目なお前が思い悩むのも無理はない……」

「俺はどうすれば……」

 頭を抱えて下を向く平馬。これを見ながら清四郎が続けた。

「気持ちは分かるが、指示があるまで会津に戻ることはできないぞ。神谷様のことだ。お前に告げた目的だけでなく、もっと深い意図がおありになるはず。それを成し遂げる前に勝手な振る舞いをしては、かえってお前の立場が悪くなる」

 言い終えた清四郎は、平馬の肩に軽く手を置いて、さらに続けた。

「俺からも神谷様にお伺いを立ててみる。その結果が分かるまで、もう少し我慢してくれ」

 言い終えた清四郎は、平馬の肩に置いた手を自らの懐に入れた。

「今日の赴きの用だが、ちょうど良かったな」

 清四郎は懐から物を取り出すと、うつむく平馬の面前に示した。この気配を感じた平馬が顔を上げる。

「20両ある」

 驚く平馬は言葉に詰まった。

「労をねぎらうために神谷様が用立ててくれた金だ。これを持っていけ」

 清四郎は平馬の手を取り、差し出した金を握らせた。

「血判を押した手前、ここで金子(きんす)を得られなければ、立場がなくなるだろう。お前のために、という神谷様の想いには反するが、これで押し込みなんてことをする必要もなくなるだろう?」

 ふと、平馬の視線が鋭くなる。

(血判……だと?)

 平馬は顔を向けたが、すでに清四郎は立ち上がっていた。清四郎が見下ろしながら平馬に告げた。

「柚羽殿のことは、何かあれば必ず伝える。それまでお前は目の前のことに専念しろ。勝手なことをするなよ」

 言い終えた清四郎は、その場を去って街道を北へと歩いて行った。清四郎の背中を見送った平馬は、左の親指に視線を移した。

 しばらくして、平馬は来た道を戻っていった。



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