王
戴冠式からひと月が過ぎ、王宮もようやく落ち着いてきた。式典やら国外からの賓客への対応やらも全て終わり、新国王を中心とした体制への移行も恙無く完了した。
国王となったオレの側近として、父である宰相の補佐として、ウィリアムはこの数ヶ月を忙しく過ごしてきた。意地でも毎日家には帰っていたが、休みは殆どなく、日に日に荒んでどす黒いオーラを撒き散らしていた。それが今日は、やたらと爽やかな笑顔を浮かべ、足取りまで軽くオレの執務室へとやって来た。
「陛下、明日より纏まった休みを頂きますので、一応ご挨拶に伺いました」
「ああ、そうだったな。ノエリアに宜しく伝えてくれ。大事な時期に夫を借りっ放しで済まなかったと」
ノエリアは結婚から1年も経たずに第一子である男の子を生み、それから毎年のように出産して現在第五子を妊娠中だ。公爵家が子だくさんなのは喜ばしいことだが、妹のためには、もう少し控えてやれと言いたいところだ。
公爵家の子ども達は皆愛らしく、とても可愛がられている。孫と遊ぶためにウィリアムに爵位を譲りたい現公爵と、ノエリアとの時間を確保するためにまだ爵位を継ぎたくないウィリアムとの間で熱戦が繰り広げられているそうだ。そのうち家族団欒のために宰相・宰相補佐を辞めると言い出しかねないほど、公爵父子は家族を溺愛している。
筆頭公爵家がこの調子なので、他の貴族達もそれに倣って家族を大切にしている。我が国は概ね平和だ。
翻って隣国はあまり国内が安定していないらしい。その原因の一つとなっているのがスノウだと、隣国では専らの噂だ。我儘放題、贅沢三昧で顰蹙を買うだけならまだしも、キール王子の側近達と不適切な距離で仲良くしているのだとか。
そのせいでキール王子との仲も上手くいっていないらしい。その情報を裏付けるように、オレの戴冠式に出席したキール王子はスノウを伴っていなかった。自分の義兄の戴冠式でさえ連れて来てもらえないのだ、聞いている以上にキール王子とスノウの夫婦仲は険悪なのだろう。
「予定日はもう少し先だったか?」
「再来月です。その頃にはまた、長期休暇を頂きます」
「考えておくが、お前はいい加減節度というものを身につけたらどうだ?」
「とっくに身につけておりますが、愛する妻の前でだけ発揮されないのです」
「……そうか」
頑張れノエリア。力不足な兄を許してくれ。
まあ、ウィリアムはノエリアへの片思いが長過ぎて、悟りを開いていると思われていたからな。父である公爵ですら、
「愚息は下手をすると一生ど──く身だと思っていたのに、結婚するなりポコポコ子を孕ませて……」
とか言っていたからな。ついでに言うと、結婚するなり、の部分には若干語弊がある。婚約から結婚まで1ヶ月という、王族の結婚としては異例の速さで事を進めたお陰で、ウィリアム達の長男は早産だったかな?程度の認識で済んでいるのだ。
「では陛下、長期休暇の件、くれぐれも宜しくお願いします」
何度も念を押しながらウィリアムが退出し、オレは残っていた書類に手を延した。隣国の情勢を報せる報告書だ。
あまりにもスノウが王子妃として相応しくないので、キール王子の側妃として小国の第一王女が迎えられるらしい。以前まだノエリアとキール王子が婚約していた時に、幼いからとノエリアの身代わりにするのを断念した王女だ。
隣国では、国を繁栄に導く第一王女はスノウではなかったとの見方が多勢になってきている。だが託宣の王女がスノウである可能性も捨て切れないので、離婚は認めず、新たな第一王女を迎える事にしたのだろう。
小国の第一王女には気の毒だが、かの王女も託宣の王女ではない。本物はノエリアなのだから。
ノエリアがキール王子に嫁いでいれば、その才覚で隣国を繁栄に導いたことだろう。だがそれは、我が国にとってはあまり歓迎出来ない事態だ。だからこそ、オレはノエリアとキール王子の婚約を潰したのだ。決してノエリア可愛さだけが理由ではなく、オレはオレが将来治める国のために、スノウを姉、ノエリアを妹へと家系図を書き換えたのだ。
だが、それは誰も知らなくて良い事だ。
オレは報告書を読み終わると、次の書類を捲る。
スノウの非常識振りに手を焼いている隣国の王妃が、スノウとキール王子の婚姻を無かったことにしようと画策しているようだ。間違ってもスノウが出戻って来ないよう、手を回さなければ。
基本的に人の良いノエリアとウィリアムは、オレの事を公平で公正な男だと思っている。だが実際のオレは、お気に入りの妹のためならば、気に入らない妹を犠牲にするのも厭わない。だがこれも、ノエリアとウィリアムは知らなくて良い事だ。




