表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/128

第九十八話 秘密

前回までのあらすじ!


メルの教会が何者かに襲われていたぞ!

 リリィに背負われたままのメルが、目を剥く。


「……な、何? なんだよ、これ……」


 リリィは状況を見るや否やメルをその場に下ろし、おれの目を一瞥してから己の指先を噛み潰した。

 ぐじゅりと潰れた肉の隙間から、銀竜の血液(エリクシル)が流れ出す。

 リリィの背中から飛び降りて駆けつけたメルが、腹を串刺しにされた老婆の姿を見て頭を抱え息を呑んだ。


「シスター・グランデ……?」


 無論、言葉はない。老婆はすでに死んでいる。

 メルが後ずさり、腰を抜かし、悲鳴を上げる。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!? なんで!? なんでぇぇーーーーーーーっ!?」


 メルにかまっている余裕はない。

 おれは老婆の顎を持ち上げ、喉に埋まった舌を指先で挟んで引いた。すぐさまリリィが潰れた人差し指をつっこむ。


「どうだ?」

「どうにか……」


 リリィが老婆の口から人差し指を引き抜くと同時、老婆の腹部からしゅうしゅうと白い煙のようなものが立ち上り始めた。

 おれは一息ついて、老婆の顎と舌から手をどけた。


 命は戻る。だが、しばらく話は聞けないだろう。

 視線をめぐらせると、メルは腰を抜かしたまま、がちがちと歯を鳴らしていた。

 そりゃそうだ。こんな状況、そうそう理解できるもんじゃあない。


「メル。おい、メル。この教会には何人いた?」

「……なん……で……どうして……」


 目の焦点が合ってやがらねえ。

 おれは平手でメルの頬を打った。渇いた音が礼拝堂で反響する。


「呆けてる場合か、おい! てめえは騎士になるんだろうがよ!」

「あ……う……」

「しっかりしろィ! グランデってのか? そこの老婆は、子らがさらわれたと言ったぞ」

「――っ!?」


 メルが突然おれを押しのけて立ち上がり、リリフレイアの彫像奥にあった扉へと駆け込んでいった。だが、十も数えぬうちに戻ってきて。


「いない! 弟も妹もいない! なんで!? クソ! クソ!」


 赤い髪を振り、同じ色の瞳に涙を溜めて、大いに取り乱しながら。

 そのまま小教会を飛び出していこうとしたメルの背中を、リリィがつかんで止めた。


「放せ! 助けなきゃ――」

「どこへ向かったかもわからないのに? 方角がわかっても馬だったらどうするおつもりですか? いくら走っても追いつけませんよ」


 憎しみに瞳を歪めて、メルがリリィを睨む。


「黙って座ってろとでも言うつもりかッ!!」

「そうじゃねえ。そうじゃねえよ。おれとリリィならば追いつけるって言ってんだ。馬だろうが軍用飛空挺だろうがなァ」


 肩で荒い息をしながら、メルがおれに強い視線を向けた。


「ならばわたしを運んでくれ! なんでもする! 金なら、今はなくてもいつか必ず払う! おまえだけの騎士になれというなら、この場で誓う!」

「そんなもん欲しかねえ」

「だったら身体でもなんでも好きにしてくれてかまわない!」


 おれは額を押さえてうつむく。深いため息が出た。


「阿呆。てめえにどれだけの価値があると思ってんだ、まったく」


 メルがぐしゃぐしゃの面をおれへと向けた。


「だって、わたしには他に何も――」

「条件は一つ。おまえさんがこれから見るものを、生涯誰にも語らずに黙っていることだ」


 メルが訝しげな表情をした。苛立ちが限界にきている。

 だが、これは、これだけはおれたちが譲っちゃいけねえ部分だ。


「いいか、メル? おれたちにとってこの条件こそが最も重要なことだ。おまえがこれから見るもの、味わうものを誰にも語るな。拷問されても、伴侶となるものを見つけても、たとえ信奉する女神リリフレイアが現れ尋ねたとしてもだ。決して語るな。墓場まで持って行ってもらう」

「もしもそれを破ったときは?」


 おれは意図して殺気を放つ。


「――斬る。知ったもの全員を皆殺しにする」


 冷たく重く濃度を増した空気を感じ取ったか、メルの喉が大きく動いた。だが次の瞬間には勢いよく赤髪を左右に振って、メルは己の右手を左胸に重ねた。


「誓う。おまえは笑うかもしれないが、これは騎士の誓いだ。もしもその誓いを破ったときには、わたしは自らの剣でこの心臓を貫く。我が主、戦女神リリフレイアの名にかけて」


 リリィが眉の高さを変えて目を丸くした。無論、おれもだ。

 切腹だ。こんな地の果てまで来て、よもや己以外にも切腹を語る莫迦がいようとは。


 少し笑って。少し懐かしんで。

 少し、こいつを気に入った。


「いいだろう。――リリィ!」

「承知しております」


 立ち上がり、小教会の扉をくぐったおれとリリィに続いて、メルが外へと出てきた。

 彼女の前でリリィは光の粒子を飛ばす。


「――っ!?」


 半信半疑ではあっただろうが、古竜であることはすでに語った。だが、その先は語ってはいない。

 光の粒子は再びリリィへと収束し、彼女の姿を輝く白銀に染めてゆく。

 絶滅したはずの希少種。肉体に万能薬たるエリクシルを宿した銀竜。古竜種という範疇においても類い希なる生命力を放つ、美しき銀色の肉体。

 陽光さえも跳ね返す、銀竜シルバースノウリリィの姿へと。


「そ……んな……。……銀竜……族……。……絶滅したはずじゃ……」

「これがおれたちの秘密だ。人間はエリクシルや財を求めて銀竜を手中に収めたがる。おまえさんがそんなくだらねえ人間の一人じゃあないことを願ってるぜ」


 だが、メルの瞳は変化した。強欲だ。本来であるならば望むべくもない欲が映った。

 そうして、メルはその言葉を口にする。


「だったら、シスター・グランデは? もしかして……」

「あ? ああ……。まあ、治ってんだろ。もし帰ってきてまだくたばったままだったら、強めに左胸を叩け。そうすりゃ目を覚ますはずだ」


 それはたしかに欲だった。だが、まっすぐな欲だ。それ以上を望むべくもない、欲。

 メル・ヤルハナは笑って。


「ありがとう。約束するよ。このことは誰にも話さない」


 だからおれも釣られて笑っちまった。毒気を抜かれて笑っちまったのさ。


「あいよ。じゃ、背中にのんな。馬程度なら、リリィがちょいと跳ねるだけですぐに追いつくぜ」

「頼む!」


 メルが恐る恐る銀竜シルバースノウリリィの尾に足をかけ、その背中へとゆっくり上がってゆく。


『変わった子ですね』

「まったくだ」


 気持ちいいくらいの莫迦だ。この小娘は。

 おれはリリィの首を一撫でして、いつものように彼女の背中に跳び乗った。


「行け!」

『はいっ!』


 そうして銀竜は大きな翼を広げ、勢いよく青空へと舞い上がる。


ドラ子の雑感


リリフレイア神殿の結界はザルなのかなー。

それとも結界内の人が……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ