第九十九話 追走
前回までのあらすじ!
修道女が墓まで持って行く秘密GETだぜ!
白銀の翼が空をつかむ。
一回、二回。そのたび、おれとメルをのせた銀竜シルバースノウリリィの巨体は勢いを増して上昇してゆく。
メルの表情は厳しい。引き結ばれた唇に鋭く燃える赤い瞳は、ただ前方だけを睨み付けている。
「メル、鱗の隙間に指を入れてつかんでろ。振り落とされなさんなよ」
「わかった!」
こいつにとっての家族ってやつがなんなのか、おれには痛いほどわかる。時代とともに失ってきたものだからだ。
おれはメルの赤髪に手を置いた。
「心配すんな。取り戻してやらァな」
「……うん」
ずいぶんと素直だ。また罵倒されると思ったんだがな。
ちらりと少女を盗み見る。
妙なことを考えてなきゃいいが……。
「リリィ。地上を視認できる程度の高度を保て。方角は――かっ、面倒だ。小教会付近で見た知識への干渉を許す。やれ」
『承知いたしました。オキタの知識を同期します。…………同期完了。加速します』
「ああ」
直後に襲い来る、身体が押さえつけられるかのような加速。ブーツを脱がなかったおれは、メルとともにリリィの鱗にしがみつく。
耳もとで鳴る風が、徐々に凶悪さを増してゆく。こうなっちまえば風の音で、もう念話以外は通じない。
ぐんと、さらに速度が増した。轟々と大気が流れる。前方から後方へ。
「……ッ」
危なっかしく揺らぐメルの背中に手を回し、おれは少女をリリィの背へと押しつける。メルは赤髪を暴風に揺らしながらも、前方をキッと睨み付けている。
空と森の隙間を、銀竜シルバースノウリリィが滑るように飛翔する。銀竜の巻き起こす大風に、森の木々が悲鳴を上げてしなり、緑の葉が波のように散っている。
『前方、木々の隙間に馬車を発見。小教会での轍の痕跡と一致します』
「距離ィ!」
『会話終了から数えて三つで追いつくよう、調整します』
いつでも捉えられるということだ。
「だめだ。高度を下げろ。念のため、おまえの姿は見せねえ。おれが先行するから、人化してからメルと追って来い」
『了解。盟約を締結しました』
リリィが高度と速度を徐々に下げてゆく。
その腹が木々の先端に触れる頃、おれはメルの背中を押さえていた手を放してリリィの背中を蹴った。
投げ出された肉体が空中で回転し、おれは大木の枝へとブーツで着地、そのままの勢いを殺さずに次の枝へと飛び移り、空を駆けながら大地へと着地して走り出す。
轍の先に、大型の馬車――!
まぬけなことに、馬を歩かせてやがる。無理もねえ。リリィにとっちゃわずか一瞬の距離とはいえ、馬じゃ一刻はかかる。
逃げおおせたと、思っているだろう?
足音を殺して藪を走り、おれは腰の菊一文字則宗を抜いた。
闇討ち暗殺はお手の物だ。散々っぱら、あの時代にやらかし、そして防いできたことだ。
馬車と併走しながら追い越し、二頭の馬を興奮させないよう、藪に身を潜める。
そうして通りかかったときに跳躍、御者席へと音もなく着地する。
「――ッ!?」
御者の男と視線が合った。迷うことなく、おれは男の喉を狙って菊一文字則宗の切っ先を撫でる。
「よう、人攫い。殺させてくれよ」
パシュっと赤い飛沫が散った。
「悪党なんだろ? おまえさん」
「……か……は……っ!?」
最初に声を奪い、踏み込みながら反す刀で左胸を貫いて命を奪う。
先ほどとは比べものにならねえ量の血飛沫が馬車を汚した。
一人。
馬は手綱を引くものが死んだことに、まだ気づいていない。
おれは静かに息を吐き、手綱を引いた。小気味よく響いていた蹄の音が乱れ、徐々に速度を落としてゆく。
やがて馬車は完全に動きを停めた。
客車の幌を開けて、男が眠そうな顔で首を出す。
「おい、どうして馬車を停め――」
言葉は最後まで続かない。なぜならその首は、すでに足もとに転がっているからだ。
二人。
隠密行動はここまでだ。
念のため、馬が恐慌状態に陥っても馬車が走り出さぬよう、おれは手綱を切り、客車の中へと飛び込もうとして――。
「――ッ!」
とっさに上体を反らした。
槍だ。槍の穂先が、おれの胸を貫かんとして突き出された。
驚いたね。幌をめくりもせず、よくもまあ正確に心の臓を狙えるものだと。ま、幌の合わせ目を狙ってみたってところだろうが。
御者席から飛び降り様に、馬の尻を叩いた。二頭の馬が客車を置き去りにして森を走り出す。
槍男が客車から飛び出してきたのはそのときだ。
「せぃッ!」
痩せ細り、手足の長い長身の男だった。
おれは菊一文字則宗で穂先を逸らし、素早く男の正中へと斬り込む。
三に――。
「――ッ!?」
だが、直前に聞いた幌を裂く音に、とっさに斬撃の軌道を変えて空を斬り上げた。
鳴り響く金属音――!
菊一と短刀が弾けて火花が散った。
客車の屋根。幌を裂いて飛び出してきたのは、二振りの短刀を持つ小男だ。そいつは器用に空中で後方回転すると、槍男の隣に両足で着地した。
「ふつう防ぐかなぁ、今の。驚いたなあ、兄ちゃん」
「驚いたなあ、弟よぉ」
槍の痩せ男が短刀の小男を兄と呼んだ。
臭え兄弟だった。強い鉄さび臭に混じって、何日も身体を洗っていねえ人間の、凝り固まった垢の臭いがしていた。だが、そいつは問題じゃあない。
おれが脅威に感じたのは、殺り慣れている人間独特のニオイだ。おそらく何十、何百と殺してきている。その手の仕事に従事する、同類ってやつだ。
我知らず、歪な笑みが浮かぶ。
「見なよ、兄ちゃん。笑ってるよ、この人。気味悪いねえ。うふふふ」
「笑っているなあ、弟よぉ。気味の悪い笑みだぁ。ひっひっひ」
髪は伸ばしっぱなしで手入れもなく、風体は薄汚えぼろをまとった物乞いだが、槍といい短刀といい、得物だけはずいぶんとご立派だ。
おれの菊一文字則宗ほどじゃあねえがなァ。
「そうだ兄ちゃん。名前を聞こう。墓標に刻んであげなくちゃねえ。うふふふふ」
「そうだなあ、弟よぉ」
やれやれ、小芝居をまだ続けるかィ。
割り込んでみるか。
「だけど僕らにお墓を建てている時間なんて――」
「おまえさんたち、もう一人いるよなァ? 婆さんの腹を突き刺したやつだ。会話で気を惹いている間に、何かしかけようとしているんじゃあねえかい?」
たとえば。
客車の下から足もとへと滑り来た影を、おれは菊一文字則宗の刃で迎え撃つ。
「ゼィァ!」
「――ッ!」
が、刃が刃とかち合った瞬間、おれはそのあまりの重さに弾き上げられ、無様に空高くへと投げ出されていた。
ドラ子の雑感
人質さえいなかったら馬車ごと踏みつぶして差し上げますのに。




