第百話 殺意
前回までのあらすじ!
とんでもない膂力で人斬り侍を吹っ飛ばした敵がいるぞ!
舌打ちをしながら木の幹を蹴り、藪の中へと姿を眩ませる。
一合打ち合っただけで両腕が痺れてやがる。菊一文字則宗でなければ、刃ごと足の骨を砕かれていたかもしれねえ。
「大兄ちゃんでも仕留め損なうなんて、本当に強いなあ。うふふふふ」
「隠れてないで出ておいでよぉ。僕らと遊ぼうよぉ。御者とそこの生首のことは、別に怒ってなんていないよぉ。ひっひ! だって彼らは兄弟じゃないからねえ。ひっひっひ!」
藪の中へと突き込まれた槍の穂先を躱し、かろうじて追撃の短刀を弾く。
「~~ッのやろ!」
緑の葉が派手に散った瞬間、地を這うように、大兄ちゃんとかいう大曲剣の使い手が藪へと滑り込んできた。
「――ッ!」
「ゼァッ!」
舌打ちをして、おれはそいつの頭を飛び越える。
白刃の煌めきとともに藪は一瞬にして刈り取られ、凄まじい勢いで幹や枝が一気に飛び散った。
中肉中背。だがその膂力は、男性体のイグニスベルに匹敵するほどのとんでもねえ化けもんだ。
おれは空中で身をひねり、大兄ちゃんの背中へと刃を突き立てようとして――いつの間にか脇腹に迫っていた槍の穂先をブーツの裏で蹴り払った。
槍を持つ痩せ男が、にたりと笑みを浮かべる。
「ひひ!」
「く……ッ」
背後からの圧力に羽織を翻し、小男が繰り出した二振りの短刀を菊一文字則宗でまとめて弾く。直後に薙ぎ払われた大曲剣を菊一文字則宗で受け流し、続く追撃をかいくぐってどうにか距離を取る。
危ねえ。三位一体。すべての動き、すべての言動までもが連携へと繋がっていやがる。
「うふふ」
「ひひひ」
「……」
だが、そうとわかれば。
三人を視界に捉えた状態で、正中眼のかまえを取って呼吸を整えた。
「おまえさんたち、何者だい? なんの目的で餓鬼をさらった? どう見てもありゃあ身代金の取れる施設じゃあねえだろうによ」
「うふふふ」
「ひひひ」
「……」
大兄ちゃん以外はにやにやしているだけだ。その大兄ちゃんとやらも、気合いの声以外はろくすっぽ喋りゃしねえ。
「ま、いいか」
おれにゃ関係ねえ話だ。こいつらは悪。こたえはいつだって単純だ。
右手に菊一文字則宗を持ち、左手で腰から鞘を引き抜く。
二刀流。非力なおれにゃあまり益のある型とは言えねえが、こうも敵が多いんじゃあそうも言ってられねえ。
はてさて、馬車の中も気になる。これだけの動きがあって、餓鬼どもが逃げ出すことはおろか様子を覗くこともねえときたもんだ。
縛られているだけならば、それでいいが……。
殺して連れ出す意味なんざねえだろうが、それでもやはりあまりいい兆候とは思えねえ。リリィの到着を待たずに早めに決着をつけたほうが良さそうだ。
「ハイィ!」
莫迦正直におれの胸部中央へと突き出された槍を肩を下げて躱し、菊一文字則宗を横薙ぎに払う。
「ひひ!」
だが、刃が首へと届く寸前に身を入れた小男が短刀を交叉させてそいつを防いだ。
おれは左手に持った鞘を持ち上げ――小男でもなく痩せ男でもなく、視線を向けぬままに己の足もとへと力一杯に突き刺した。
「イァッ!」
「がぁっ!?」
肉の感触。
大兄ちゃんとやらが鞘尻に背を突かれ、馬に踏まれた蛙みてえに這いつくばっている。大曲剣は、おれのブーツの下だ。
さしもの怪力も、地を這う以上は上からの圧力に弱い。しょせんは人間。イグニスベルほどの打たれ強さがあるわけでもねえだろうしな。
「何度も、何度も。よくもまあ同じことを繰り返したもんだ。あきれるぜ」
槍、短刀、大曲剣。槍、短刀、大曲剣。
決めはいつだって大曲剣だ。ま、槍は単純な直線軌道、短刀じゃ掠めたところで命までは奪えねえとくりゃあ、殺傷力の高い大曲剣が切り札になるのは至極当然のこと。
おれが歪んだ笑みを浮かべると同時、対照的に小男と痩せ男が目を見開いた。
「見せすぎだよ、おまえさんたち」
よほど自信があったのだろう。三位一体で幾人も屠ってきたのだろう。莫迦が。戸惑いやがった。冷静に考えりゃ、危機でもなんでもねえのにな。
大兄ちゃんとやらを突いたのは鞘だ。殺傷力などないに等しい。右手の菊一文字則宗は短刀に押さえられ、槍の痩せ男は自由だったはずだ。
だが、呑まれた。こいつらはおれの殺意に呑まれたんだ。鈍くせえことにな。
だから――。
「イァッ!」
だから死んだ。
羽織を翻し、槍男を右後ろ回し蹴りで突き放しながら右手に持った刀で大兄ちゃんとやらの頸部を掻き斬る。そのまま回転を利用し、左手に持った鞘を小男の首へと叩きつけた。ごぎり、と骨の音がした直後、足もとの大兄ちゃんの首がごろりと転がる。
遅れて、首を真後ろに向けた短刀の小男が力なく大地に倒れ伏した。
四人――。
おれは森の大地ですら吸いきれないほどの血溜まりを、ブーツで歩く。痩せ男へと向かってだ。
やつは現実を受け止めきれなかったのか、おれを凝視したまま突っ立っていた。手にした槍をかまえる様子もねえ。
「選べ。話せば見逃すが、話さねえならおまえさんに用はねえ」
ぴちゃり、ぴちゃり。
血溜まりを歩いて。槍の間合いを越え、刀の間合いまで。
「あ……あ……、に、兄ちゃんたち……、こ、こんな……」
こいつを生かしたのは、餓鬼どもが馬車にいなかった場合のことを考えてだ。ここに至るまでの一刻と少し、その間に誰かに餓鬼どもを引き渡していたとしたら、捜すのはちょいと骨だ。
「なんでえ。屑の分際で兄弟の死がそんなに堪えたのかい」
「あ、あたりまえだろ! ずっと一緒だったんだっ!」
おれは目を剥き、顔を近づけ、外連味たっぷりに言い放つ。
「そいつぁ偶然だねェ。おれぁ、おまえらがさらった餓鬼の姉ちゃんに頼まれたのさ。弟と妹を取り返してくれってなァ? かははははっ!」
笑顔を真顔に戻し、おれは菊一文字則宗の刃を静かに男の首へとあてがった。冷たい刃が皮膚を一枚斬り裂いて、赤い雫を肌に這わせる。
「餓鬼は無事か?」
「い、い、生きてる! こ、殺してはいない!」
痩せ男の視線を追って、おれは馬車へと歩み寄った。
話せば逃がすなどという約束は、最初から守るつもりはない。だが、まだ殺しはしない。斬るのは餓鬼どもが馬車の中にいると、この目で確認してからだ。
おれは幌を片手で払い、中を覗き込んだ。
「……ッ」
ギリっと奥歯が鳴った。抑え切れぬ殺意が、己から漏れたのがわかった。
仰向けに目を閉じて寝そべる二つの小さな身体。たしかに胸は上下しているが、逃がさぬためか手足は曲がらない方向に曲げられていた。
「てめえら……」
顔面はでこぼこで身体からは血が染み出し、服がどす黒く変色していた。
よほど恐ろしかったのか、幌の中からは小便の臭いがした。
どちらも十はいかない年齢だろう。メルとは瞳の色も髪の色も肌の色でさえも異なっていたが、このときのおれにとっちゃあ、そんなことはもう些事でしかなかった。
ざわり、と皮膚が粟立った。
殺す……ッ!
菊一文字則宗の柄が軋んだ。おれは振り返って幌を払い除け、目を見張る。
「糞ッ!」
痩せ男の姿が消えていた。
おれとしたことが、餓鬼の惨状に気を取られて痩せ男の気配が遠ざかったことに気がつかなかった。
「まぬけめ!」
木造の客車を殴りつける。
二つの気配がようやく追いついてきたのは、そのときだった。
客車後方の幌を開けて、赤髪の少女が飛び込んできた。メルだ。そうして凄惨な惨状を見て、獰猛な獣のような声でうなった。
「――うううううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~ッ!!」
凄まじい形相で、顔を怒りに染めて、メルは歯を食いしばる。
横から飛び込んできたリリィがメルを押しのけて、噛み潰した指をすぐさま餓鬼どもの口内へと差し込んだ。
命は助かるだろう。だが、もはやそんな問題じゃあねえ。
おれは己の感情を圧し殺し、必要最小限の言葉をメルへと呟いていた。
「四人殺った。だが、一人逃げた。どうする?」
「……殺すッ! 殺すッ! 殺す殺す殺す殺すッ! 追ってわたしが殺してやるッ!!」
赤眼に涙を溜め、怒りの表情でメルが立ち上がる。
「リリィ、ここを頼む」
「承知しました。ご武運を。メルも」
メルは獣のように呼吸を荒げたまま、返事をしなかった。
もはや何も聞こえていないのだろう。
おれはメルを連れて客車から飛び出した。
ドラ子の雑感
怖いくらい怒ってる。
こういうときのオキタって、冷血なのか熱血なのかわからない……。




