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竜×侍  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第四章

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第百一話 曇りなき剣

前回までのあらすじ!


人斬り侍、激オコ。

 森の木々の隙間を抜け、メルを連れて疾走する。

 全力ではない。だが、決して遅くはない速度で走っちゃいるが、どうにかついてきてはいる。おれが避けて走るような小枝を、そのまま突っ切っているからだ。そうしなければついていけないと、わかっているのだろう。

 ほっかむりのような修道女の()()()とやらを被っちゃいるが、もう頬は小傷で血塗れだ。


「おい、おまえ! 方角はわかるのか!?」

「五感を研ぎ澄ませ。視覚だけじゃあねえ。嗅覚も聴覚もだ」

「五感?」


 少し躊躇い、おれは呟く。


「やつは無傷だが、血を浴びせておいた」


 大兄ちゃんとやらの血だ。


「ふざけるな! 犬じゃあるまいし、わかるわけないだろ、そんなの!」

「わかるさ。そいつがわからなかったやつらは、みんなあの時代に命を終えたからな」


 メルが眉をひそめた。


「あの時代……?」

「なんでもねえよ。いいから黙ってついてこい。無駄口で呼吸を乱すな」


 正直なところ、うまくは説明できねえ。本当に血の臭いを追っているのか、それとも嗅覚とは別の第六感というやつなのか。

 とにかく、鼻から入る空気が頭ン中を直接刺激しやがるこそばゆい感覚だ。メルの頬から染み出す血の臭いには、不思議とそれがねえ。


「草を踏んだ痕跡もないじゃないか!」

「心配すんな。そのうち見える」


 枯れ葉を巻き上げ草を踏みつぶし、藪を飛び越えて走る。メルはどたばたと藪を蹴散らしながらも遅れはしない。


「ほうらな」

「……」


 今度はメルも疑わなかった。

 おれたちの足もとには踏み潰された草の道が続いている。左手後方から伸び、正面向こうへと続く足跡だ。


 おそらく追跡を逃れるため、足跡の残らぬ地を選んで右へ左へ進路を変えたといったところか。だが、その小細工が仇となった。

 おれたちはまっすぐに最短距離を駆けてきたのだから。

 メルが食いしばった歯から声を漏らす。


「見えた、背中!」


 追いついて斬るのは容易い。だが、こいつはおれの獲物じゃあない。


「貸し二つだぜ、メル」


 おれは身を低くして、全力疾走へと切り替える。一陣の風となり、降り積もった枯れ葉を高く舞上げ、一気に距離を詰めてゆく。


「~~っ!?」


 足音に気がついたのだろう。痩せ男が首だけで振り返った。

 おれはその視界から消失するように、地を蹴って高く跳躍する。大樹の幹を蹴り、枝に跳び乗り、前方回転をしながら痩せ男を追い抜いて、枯れ葉の大地でブーツを滑らせる。

 突如進行方向におれの姿を視認した痩せ男が、たたらを踏んでその足を止めた。


「な――ッ!?」

「いよぅ。そんなにあわててどうしたね?」


 槍の穂先をおれに向け、歯がみする。

 その背後からは、リリィにもらった剣を抜いたメルが迫っていることに気がついちゃいない。


「まだお互い、話が終わってなかったろうによ。ま、ゆっくりしていけや」


 おれはへらへら笑いながら、菊一文字則宗をすらりと抜き放つ。

 むろん、やつの気を惹くためだ。正直なところ、メルの腕じゃこの手の稼業をこなしてきたやつを相手にするにゃ、ちょいとどころか気が遠くなるほど足りてねえ。


 あと三十歩――。


 メルが瞳を血走らせ、歯を剥き出しにして、刃を肩越しに引いた。

 おれはメルの足音を消すため、声を少しばかり張る。


 残り二十歩――。


「おまえさんだってよぉ、あのまぬけども――兄ちゃんたちの仇をとりてえんじゃねえのかぃ?」

「く――!」


 十歩――。


「それによ、おれもまだ、てめえらが何者なのか、なんの目的で餓鬼なんざさらったのかも聞けてねえしなァ」


 そのままメルが痩せ男の首に刃を振りゃあ、目的は達成だ。……そう、達成できるはずだった。

 だが、メルはおれの予想を遙かに超えたお人好しの阿呆だった。


「こっちを見ろッ!! この人殺しがッ!!」


 足を止めて叫びやがったのさ。

 そのまま後ろからばっさりいきゃあいいものを、叫びやがった。おれは口をあんぐりと開けた。

 あきれたね。あきれるほどの騎士道ってやつだ。


「リリフレイア神殿騎士見習いメル・ヤルハナが正義の名において、鉄槌を下す! ――わあああああああっ!!」


 メルの振るった剣が、痩せ男の槍に受け止められた。

 メルと痩せ男を中心に枯れ葉が舞い上がる。

 つくづく莫迦な娘だ。他に言いようもねえ。勝ちの目をてめえで捨てやがった。


「よくもわたしの弟や妹を傷つけてくれたなッ!!」


 だが、だからなのだろう。おれが腹の底から、こいつを気に入っちまったのは。

 おれの剣はどう言い繕っても薄汚れた闇だ。だが、メルは。メルの振るう剣は、曇りなき光だった。そいつぁおれが時代に呑まれて失ってきた、弱くて強いものだ。

 気合いの声とともに、メルが次々と打ち込む。


「おおっ!」


 愚直に、おれが教えた剣術を。だが、痩せ男はおれの存在に警戒しながらも、槍でそいつを捌く。長年培い、扱ってきたであろう手練れの技で。


 ぶつかり合う剣と槍。技と力。

 火花が散り、金属音が響き、血と汗が玉となって弾け飛ぶ。


 メルの剣を、おれは美しいと感じていた。ちょうど小教会で見た、あの戦女神リリフレイアの彫像のように。

 凛々しく、一片の迷いもなく――。

 だからおれは血迷った。メルと痩せ男が互いに弾けて下がった瞬間に、世迷い言を吐いちまったのさ。


「よぅ、槍の。その娘にゃおれが剣術を叩き込んだ。そいつを殺すことができりゃ、この場は見逃してやってもいいぜ」


 賭けた。賭けてみたくなった。未熟も未熟なメル・ヤルハナという娘に。

 その言葉に最初に反応したのは、誰あろう痩せ男ではなくメル自身だった。


 言葉こそなかったが、驚くべきことに両手を揃えておれに頭を下げたんだ。深々とな。

 おれぁ面食らったね。阿呆のように口を開けて、目を見開いちまった。

 だがそれは一瞬の出来事で、次の瞬間にはもうメルは痩せ男へと剣を向けている。


「悪かねえ条件だろ。どうするね。それとも、おれとこいつを同時に相手するかい?」


 おれが菊一文字則宗を鞘へと滑らせると同時、痩せ男が汗だらけの面を歪めて卑屈に笑った。


「うふ、うふふふ。……い、いいのかい?」

「武士に二言はねえ。好きにしな」


 分の悪い賭さ。

 だが、剣での戦いは、何も技術がすべてじゃあない。むろん力や速さといったものもあるが、稀にそういったものをすべて凌駕してしまうものがある。


「わたしを見ろ! 賊めッ!!」


 メルが両手で柄を握って叩き込んだ一撃。火花と轟音。そいつを槍の持ち手で受け止めた痩せ男の身体が、大きく体勢を崩してよろめいた。


「ぐおっ!?」


 気迫だ――。

 さぞや驚いただろう。こんな年端もいかぬ娘からくる一撃の重さじゃあねえはずだ。

 よろけ、体勢を立て直した痩せ男へと、二度目の薙ぎ払いが襲いかかった。凄まじい轟音を響かせて、痩せ男の足が宙へと浮かぶ。


 片鱗はあった。森での疾走時からだ。

 メルはもうあの時点で己の肉体性能を超越した精神でおれについてきていた。平常時じゃ、どう足掻いたって振り切られていただろうによ。


「ぐッ、このガキッ! ハィッ!」


 着地と同時、痩せ男から薙ぎ払われた槍の穂先がメルの腹部を掠めた。避けた修道服から白い肌と赤い筋が引かれる。


「――ッ!? まだまだぁぁッ!!」


 踏み込み、突き出す。痩せ男はそいつを下がってあっさりと躱し、剣の届かぬ槍の間合いからメルの首へと向けて槍を突いた。


「くたばれガキぃッ!」

「~~ッ!」


 傾けて直撃を避けたメルの首筋から、血飛沫が弾け飛ぶ。


「うふふ……」


 そこだ!

 だが、気迫に満ちたメルは少々の傷程度では怯みもしねえ。

 痛みなど感じてもいないのだろう。恐れることなくむしろ深く踏み込み、身体を回転させながら痩せ男の胴体へと刃を薙ぎ払う。

 轟音、響く――!

 持ち手を支点にして取り回し、そいつをかろうじて受け止めた痩せ男の身体が、大きく吹っ飛んだ。その手から槍が弾け飛び、無様に枯れ葉の大地を転がる。


「かあっ!? げほっ、ぐぇ……! こ、こんな、こんな馬鹿な……っ」

「フーッ、フーッ!」


 メルは獣のような息で、剣先で地面を引っ掻きながら、かろうじて両足から着地した痩せ男へと歩み寄る。


「……殺してやる……ッ」



ドラ子の雑感


身体の傷は癒せても、精神的外傷は癒せない……。

つらい……。

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