第九十三話 撃剣師範
前回までのあらすじ!
人斬り侍が潔癖シスターにひどく罵倒されたぞ!
むしろご褒美だ!
だが赤髪の少女はおれの内心など余所に、両手で木剣を引き、その先端を地面で擦りながら走り来た。
逆袈裟。斬り上げだ。
おれはリリィの膝に後頭部を預けたまま、右足の裏で木剣の先端が地面を離れたときを狙って受け止める。枯れた木の葉がパッと舞った。
ブーツの裏から衝撃が足を駆け上がってきたが、大したこたぁない。
「――なっ!?」
「やめときなって」
太刀筋は素人。足運び共々、世辞にも鋭いとは言えねえ。
少女は顔を真っ赤にすると、今度は木剣を両手で天高く持ち上げた。
「この――ッ!! 騎士を愚弄するか!」
上段。兜割り。
「あらよっと」
またしても右の足裏を上げ、おれの頭部を目掛けて落ちてきた木剣を受け止める。
ぱしん、と軽い音が平和な森に響いた。
そのまま左足を持ち上げて両脚を少女の木剣に絡め、細腕から奪い取ってぽいっと投げ捨てる。
「ほい」
「……ッ」
木剣は正座するリリィの遙か高くを超え、弧を描いて枯れ葉の大地にぽとりと落ちた。
「おまえさん、才能ねえなァ。その程度の半端な腕で剣なんざ他人に向けるんじゃあねえよ。剣ってのぁ、手にした瞬間から殺されたって文句は言えねえもんだ。だいたい騎士になりてえっつったって、レアルガルドにいる騎士なんざ、どいつもこいつもへっぽこ――」
「オキタ。子供を相手に言い過ぎです」
リリィにたしなめられて、おれは以後の言葉を呑む。
少女は声もなく、涙を溜めた瞳を見開いていた。
いけねえ。つい新撰組で撃剣師範をしていた頃の癖が出ちまった。アリッサと年端も変わらねえ餓鬼女を相手にだ。
深呼吸をして、頭を真っ新にする。
「ああ、えっと……お、おまえさん。心配しなさんな。悪さはしねえよ。一眠りすりゃあ、おれたちは森から出てくからよ、おまえさんも木の実でも拾ってとっとと帰りな」
心地良い風が流れる。木の葉のざわめきが耳に優しい。
そうしてしばらく。
「……ぅ、ぅぅ……」
血色の良い下唇が突然ぷりっと出たと思ったら、赤髪の少女が膝を折ってぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「ううう……っ、うああああああああああん!」
「え~……」
自分から斬りかかってきといて受け流しただけで泣くかね。
「こんな、こんな屈辱……っ!! わああああぁぁぁぁぁぁ……!」
そうして炎のような赤い瞳を鋭くして、おれを睨む。
負けん気だけは立派なもんだ。
「こんなんじゃ騎士になれないぃぃぃぃ~~~……っ!! また試験に落ちるぅぅ……! おまえのせいだぁぁぁあ~~~…………っ!!」
「ええ~……」
涙と鼻水垂らしながら何言い出した、こいつ!?
おれは膝を借りたままのリリィに視線を向けた。
「……めんどくせえ。もう行くかね?」
でっけえ胸の向こう側から覗き込むように、リリィが眉間に皺を寄せる。
「放っていくのですか、これ?」
「これってゆうなあ! ぅわあああああぁぁぁぁぁん……!」
泣いてる癖に文句だけは一人前だ。
それにしてもリリィのやつ。いつもなら素直に「そうしますか」とか言い出す癖に、どういう心境の変化だ。
おれは深いため息をついて、リリィの膝から起き上がった。ざんばら髪を掻きながら、仕方なく少女に尋ねる。
「あ~……、なんだ。おまえさん、なんでそんなに騎士になりてえのよ? 騎士ってのぁ、戦って敵を殺すもんだぜ。殺しはあんまり良くねえよ~?」
リリィの表情はあえて見ないようにした。
そりゃあおれだって、どの口がほざくと思っちまうようなことを口走ってるからな。
「……ぅ、ぅぅ、ぐすっ……、だっで……、……田舎には、小さな妹たちがいて……、ぅ……ぅ……、……父さんいなぐで……、わだじが稼が――」
おれは両手を前に出し、冷静に首を左右に振った。
「あ、もういいわ。重い」
「ぅわあああぁぁぁん……っ、ひどいぃぃ……!」
リリィからの視線が突き刺さるようで痛ぇ。
要するにあれだろ。リリフレイア神殿のシスターやってるだけじゃあ、大した金にゃならねえってことだろ。
「……殺しが……怖いのなんで……、……わが、わがってる……。……だ、だがらせめて……、正しいことで剣を振るえる……神殿騎士にっでぇぇぇ……!」
正しいも何も。おれがレアルガルドで見てきた騎士ってのぁ、どいつもこいつもどうしようもねえ無頼漢ばっかりだったがねェ。
ま、それはおれも例に漏れずだが。
「リリフレイアは、世界の調律を主とするアリアーナとは違い、悪と見なしたものを滅する教義です。オキタとも通じる部分があるのでは?」
「なんで乗り気なの、おまえさん」
リリィがおれの耳に唇を近づけて囁く。
「……恩を売っておけば、アラドニア戦や黑竜戦で神殿を動かせるかもしれません……」
「……つってもおめえ、うまくしたとしてもこいつは一介の騎士に過ぎんぜ……」
到底、この鼻垂れ娘がリリフレイア神殿を動かすほどの大人物になれるとは思えねえ。
あ~あ~、人を汚物扱いしやがった癖に、てめえの顔がどろっどろじゃねえかよ。
リリィが少し難しい顔をした後、もう一度おれの耳に口を近づけた。
「……オキタには見えないと思いますが、この子、人間なのにハイエルフ並みの量の魔素を発しています。すでに精霊も見えているのでは……」
「……そうなの……?」
「……オキタが多少なり剣術を指南してあげれば、そのうち化けるかも……」
魔術と剣か。合わさればたしかに強え。
軍用飛空挺で殺り合った風使いの刺剣魔術兵や、あとはゲイ……? うん? あ~……ゲイ伯爵? なんか忘れたが、ちょび髭男色野郎も相当に厄介だった。
こいつが、あんな使い手になるかぁ?
「ぅぐぅ……ぅぅ……っ」
すげえ泣いてる。へたれだ。
指南ねェ。嫌だねェ。気が進まないねェ。
「あ~、あの、おまえさん?」
呼びかけると、ごしごし涙を擦ってから少女はキッとおれを睨んだ。
「なんだ、汚物! 気安く声をかけるなっ! 死ね!」
斬ってやろうか。
一瞬わき上がった殺意の炎を深呼吸で鎮火させ、可能な限り優しく尋ねる。
「名前は?」
「貴様に名乗る名などないわ! 汚らわしい男め!」
リリィが困ったような表情でもう一度尋ねた。
「お名前をお教えいただけませんか?」
「メ、メルだっ。メル・ヤルハナ」
なぜこたえた。おれじゃだめなのかィ。
「そうかィ。おれはオキタでこっちはリリィだ」
「以後お見知りおきを。メルさん」
リリィがにっこり微笑み、銀髪を揺らしながら静かに頭を下げた。静謐としたリリィの雰囲気に流されるように、メルが口籠もりながらもこたえる。
「う、うん、わかった」
「ときにメルさん。神殿騎士への昇格試験というのは剣術のみなのですか?」
「剣術と教義の筆記だ。それがどうしたっ」
まるでリリィには気後れしているかのように素直だなァ、こいつ。リリィに秘められた大量の魔素を感じ取ってるのかもしれねえな。
おれはため息交じりに尋ねる。
「そいつぁ、いつだィ?」
「貴様は喋るな! 十日後だ!」
ぶった斬るぞ!
じゃなくて、や、無理だこれ。間に合わねえや。
ドラ子の雑感
こ、この子……オキタ差別がすごい……!
浮気の心配はなさそう♪




