表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜×侍  作者: ぽんこつ少尉@『転ショタ3巻/コミカライズ3巻発売中』
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/128

第九十四話 狂気の狭間

前回までのあらすじ!


汚いとか気持ち悪いとか、人に向けて言っちゃだめなんだぞ!

 おれの持った生木の枝が空を切る。


「右、右、左、下、下、上、右、上――」


 少女の握る木剣がそれを迎え撃つ。

 なんとも気の抜ける音が、静かな森に響き続けていた。


「上、上、上――」

「あぅだ!」


 ひん曲がった細い生木が、メルとかいう小娘の赤い髪を打つ。

 木が木を弾く音とは異なる鈍い音が響き、木剣を取り落としたメルが両手で頭を押さえて尻餅をついた。

 おれは枝を右肩に置いて、ため息交じりに呟く。


「莫迦が。何があっても剣は手放すな。死合だったら今ので死んでるぜ、おまえさん」

「う、うるさいっ」


 おれが手を差し伸べると――、


「ひ……っ」


 奇妙な悲鳴を喉から漏らして、メル・ヤルハナが尻を引きずりながら後ずさりをした。


「さ、触るな! き、き、気持ちの悪い男め!」

「ならさっさと立てよぅ」


 慣れねえ。こいつの言葉はやけにおれの心を抉りやがる。


「言われなくてもわかってる!」


 険しい顔をして、メルが立ち上がった。

 リリィはどこ吹く風だ。大樹の根に寝そべって、ぼ~っと眠そうな目でこっちを眺めている。


「隙あり!」


 そっちに視線を向けた瞬間、メルが木剣でおれの胴を薙いだ。むろん、枝で叩き落としてやったが。


「阿呆ンだら。隙を見つけたら叫んでねえで、黙って斬れ」

「な!? 卑怯な――! そのように卑劣なこと、騎士の風上にも置けない行為だぞ!」

「……そうかィ。できねえなら不意打ちなんざやめとけ」


 ふいにもなってねえし。

 しばらく黙って。木の打ち合う軽い音だけが響く。

 多少の打ち合いを演じて剣に対する勘を植え付け、それから少女の身体を打つ。メルは険しい表情で何度でも立ち上がる。


 才能はねえ。口も悪い。処女(おぼこ)を拗らせ男にゃ辛辣。剣筋は偏屈なほどに愚直。ついでに言やぁ、頭もあまり切れなさそうだ。

 直情型。何度打ちのめされても、同じ動作を繰り返しちまう。虚を衝く変則的な動きをしてやろうってな頭はねえ。


「だああっ!」

「ほいっと」


 突き出された木剣を枝で弾き、修道服に包まれた足を掬って払う。


「ぅだっ!?」


 顔面から転けたメルが、素早い動作で走って木剣を拾い上げ、すぐさまおれへとその切っ先を向けた。


 こういうやつは案外多い。知ってる限り、ほとんどのやつぁ長生きできなかった。学ぶまでに時間がかかっちまうのさ。稀に生き延びてお座敷剣法の師範に収まっちまうやつもいたが、そんなもんは実戦経験豊富な新撰組から見りゃ、運が良かっただけだ。大概にして、敵は成長なんざ待っちゃくれねえ。

 騎士なんぞになるのぁ、おすすめできねえなァ。


 木剣を枝で弾き、去なし、叩き込む。すべて片腕、それも利き腕ではないほうでだ。

 どれくらいそうしていただろう。やがて汗だくのメルは大の字になって、傷だらけの顔を修道服の袖で拭っていた。


「……くそッ! くそッ!」

「おまえさん、実戦だったら百回は死んだぜ」


 控えめに言って、だ。その気になりゃ同じ時間で十倍は殺せる。


「わかってるッ!」


 苛々苛々。表情に出ちまってら。

 おれは枝を投げ捨てて、仰向けで目を隠しているメルの隣に腰を下ろした。


「メル」

「気安く呼ぶな!」


 あ~あ~。威勢はいいが、声が震えちまってる。

 泣いてやがるよ。


「おまえさん、剣術は好きかい?」

「別に! 生きるための手段だ!」

生活(たつき)の道かィ」


 肩で荒い息をしながら、メルが瞳を覆った腕をずらし、おれを睨んだ。


「何が言いたい」

「さっきから、おまえさんの顔がつらそうでねェ。いやね、おれなんぞ、てめえより強えやつと出遭ったら、笑っちまうんだよな」

「……意味がわからん。気持ち悪い」

「斬られても、ぶん殴られても、その痛みってのぁ生きてるからこそ感じられるもんで、殺すの殺されるのは別にしても嬉しくなっちまうのさ。ああ、こいつはどんな人生を歩んで来やがったんだろう、とか、てめえと比べてなァ」


 ああ、支離滅裂だ。何が言いてえのか、自分でもわかんなくなってきちまった。

 だが、どうやらよほど疲れたらしい。珍しくメルは茶々を入れずに聞いている。


「おれぁ剣しか知らねえ男だ。他の生き方はできねえ。だからてめえの剣術の成長が楽しくて仕方ねえ。おれを育ててくれんのぁ強敵だ。やつらがいるから死に近づき、生を感じることができる。そんなふうに考えりゃ、与えられた痛みにさえ感謝したくなっちまう」

「……」


 わずかな逡巡。おれは頬を掻き、視線を逸らせながら呟く。


「メルよぅ。おめえも剣で生きると決めたなら、もっと剣術を楽しめよ。てめえの力がまったく及ばねえ強敵の存在ってやつに感謝しろ。圧倒的な力の奔流に押し流されても笑え。苦しそうな面じゃあ、生活(たつき)の道も地獄道になっちまわァな」


 らしくねえ。てめえの腹の底にあるもんを口に出して他人に語っちまうなんざ、恥知らずのすることだ。


「最初は強がりでもかまわねえよ。だが人間ってのぁ笑ってさえいれりゃ、存外に冷静になれるもんだ。頭ぁ冷えたら今度は考えろ」


 我知らず、くくっと喉から餓鬼のような悪戯な笑いが漏れちまった。


「てめえの剣術で強敵(こいつ)をどう驚かせてやろうかってな。死合ってる真っ最中にそんなことを考えるのが、たまらなく楽しくなってくる。そしてその考えこそが、てめえ独自(だけ)の唯一無二の剣筋になる。必殺剣の誕生だ」


 三段突きも斬撃疾ばしも、そうやって生まれてきた技だ。

 やがて涙が涸れたか、メルが上体をむくりと起こした。


「狂ってる……。命がかかっているのに、そんなこと……ッ」

「そうだよ? 剣の道ってのぁ、剣に焦がれ剣に狂ったやつだけが生き残るんだ。いつだって善が勝つわけじゃねえ。もちろん悪でもねえ。そいつが理解できねえなら、剣術で生きようなんざ考えるもんじゃあない。生半(なまなか)に手ぇ出しゃあ、早晩、剣術に憑き殺されるだけだ」


 赤い瞳をさらに充血させ、ごしごしと袖で擦って。


「……ふん、もういい。もう沢山だ。そんなの子供の戯れ言じゃないか。ただの屁理屈だ」


 木剣を拾い上げ、杖のように剣先を地面に刺して立ち上がる。

 おれは肩をすくめた。


「……違えねえや……」


 他人の覚悟や心をへし折るってのぁ、人を斬るより苦手だ。あまり気分のいいもんじゃあない。

 肩を落としたメルがおれたちに背中を向けて歩き出した。修道服のスカートを揺らし、ゆっくりと、足を引きずりながら。

 日はもう暮れかけている。遊戯のお開きにゃあ、ちょうどいい時分だ。


 当然、旅立ちにもな。


 リリィに目配せをすると、リリィは困ったような表情でメルを指さした。視線で追ったおれは、心底驚いた。

 暮れゆく夕陽の中、木剣を肩に担いだどろどろのメルが、挑戦的な笑みをおれに向けていやがったのさ。


「でも、明日は笑ってやる!」

「お、おお……」


 正気かよ。今の話を聞いても、まだやろうってのかい。

 ……どうやら旅立ちは延期らしい。



ドラ子の雑感


痛みに感謝とな……?

あぶのーまるなお話なの……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ