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第八十七話 真打ち

前回までのあらすじ!


へなちょこティルスが人斬り侍に因縁を吹っ掛けてきたぞ!

 ティルスが腰から一対の短剣を引き抜き、自信なさげな表情で呟いた。


「あ、あの……、みなさん……も、もう少し、下がって……」


 二〇〇近くの天狗らが一斉に羽根を広げて空へと舞い上がり、おれたちから距離を取るように後退した。なんのこっちゃわからねえおれは、ただ黙ってそれを見送る。

 視界の隅で、爺天狗が頭を抱えて膝を折るのが見えた。


「それ見たことかぁぁ~~~ッ! 貴様らがさっさとそやつを殺らんからぁぁぁぁッ!!」


 よほど訝しげな表情をしていたのか、ティルスがおれを見て苦笑いを浮かべた。


「す、す、すみません。(じい)の言うことは、その、あまり気にしないで……」

「あぁ、まあ。耳障りな風の音程度にしか思っちゃいねえよ」

「あ、ありがとう……ございます……。で、では、いきます――」


 ティルスが震える手で左右一対の短剣をおれへと向ける。

 おれは大あわてで片手を前に出した。


「待て待て待て待て!」

「……はい? え、え? ぼ、僕、何か間違えましたか……?」


 ティルスが悲壮感漂う涙目を見開き、おれに問いかけてきた。

 おれはこめかみに指を当て、頭痛を堪えるようにうつむく。


 どこから説明すればいいか。ティルスは武器を持つ両手どころか、足までぷるぷる震わせてやがる。他の天狗と違ってティルスの瞳には明確な怯えの色が見えるし、殺気もろくすっぽ放っちゃいない。

 武器だって直剣ではなく、大根でも切ろうってな包丁に近え長さしかない二振一対の短剣だ。腕はおれに負けず劣らず細く、顔色は黑竜病もかくやってほどに白い。


 おれが言うのもなんだが、生命力ってもんがまるで感じられねえ。どう見たって非戦闘員。ただの牢番――それも若輩の見習いってところだ。

 こんなもん、斬るまでもなく殴るだけでくたばっちまうだろうが。


「あのなァ、ティルスよぅ――」

「やめッ、やめてくれぃぃぃッ!」


 おれが異議を唱えようとした瞬間、爺天狗が大あわてでおれとティルスの間に落っこちてきた。膝を折って両手をつき、先ほどまでの表情が嘘であるかのように弱々しい顔でおれを見上げている。


「野蛮なる腐れ人間よッ、後生じゃあッ!! このものは見逃してはくれぬかぁぁぁッ!!」

「………………声でけえよ」


 おれは耳の穴をかっぽじって、うんざりした顔をしかめてみせた。


(じじい)じゃねえんだ。ちゃんと聞こえてるさ」


 あぁ、だがなんとなくわかってきた。

 天狗どもが、ティルスが舞い降りた瞬間に後退したこと。爺のこの態度。ついでに言えば、おれが鳥と勘違いしてリリィをけしかけちまったときに怒り狂っていた爺。

 おそらく爺は己の身を案じて怒り狂ったわけじゃあない。ティルスだ。ティルスをさらっちまったおれとリリィに腹を立てた。

 つまり――。

 おれはティルスを指さす。


「おまえさん、やんごとなき身分のお方ってやつかィ」

「え、ええ。はい。い、いちおう……?」


 はっきりしねえなァ。


「ごぉりゃあッ、ティルスゥゥゥ! 余計なことを喋るでないわぁぁぁッ!!」


 爺天狗が叫ぶと、ティルスが「ひぃ」と声を漏らして数歩後退した。


「し、しかし爺、こ、このままでは、戦士たちが……オ、オキタさんが、刃を反していなかったら、も、もう取り返しがつかないほどの……」

「そのようなことを、我らが主であるおぬしが考える必要などないわぁッ!!」


 雷轟のごとく、怒声が噴火口に反響した。

 ……主に対する態度じゃあねえなァ。ああ、そこらへんはおれとリリィもか。


「そ、それでも、ぼぼ、僕が戦えば――」

やかましいわ(じゃかあっしゃあ)ッ!! しゃしゃり出るでない小僧がッ!! おどれはでぇ~んとかまえておればええんじゃあッ!!」

「で、でも――」


 そのまま何やら二人してごちゃごちゃ言い合いを始めたので、おれは菊一文字則宗を鞘へと収めた。


「……帰っていいかィ?」

「おうおう、さっさと地獄まで去ね! 野蛮なる腐れ人間めがッ!!」


 おれが爺に尋ねると、爺はおれに一瞥すらくれることなくそう吐き捨て、またティルスとの言い合いに戻った。

 隙だらけの後頭部に一発入れてから去ろうかと迷ったおれに、ティルスが声を張る。


「お、お待ちを! 僕と手合わせを願いますっ!」


 埒もねえと思ったか、ティルスは強引に爺を片手で押しのけると、おぼつかねえ足取りでおれの歩き出そうとしていた方向に回り込んだ。

 爺が顔面を真っ赤に染め、再び口を大きく開く。

 おれはとっさに両耳を塞いだ。


「ごおぅりゃあぁぁぁッ、ティィィルスゥゥゥゥゥゥッ!! おぬしは何度言えば――ッ」

「――退けぬッ!!」


 だが、凛とした瑞々しい声で、ティルスがぴしゃりと言い放つ。

 顔つきが変わった。


「退けないよ、爺。退けないんだ。ここには倒れた戦士らがいる。彼らの何名かは絶命していよう。誤解であったとはいえ、発端の非はあちらにある。僕は王として、もはや彼を黙って去らせるわけにはいかなくなった」

「む……ぅ……、……し、しかし……」

「下がって。僕なら平気だから」


 会話を切るように言い放つと、爺天狗は肩を落としてすごすごと後退した。

 嫌いじゃねえ。嫌いじゃねえぜ、そういうのはな。実力が伴ってりゃの話だが。

 わずかばかりの逡巡の後、おれはため息をついて菊一文字則宗を抜刀した。手首をひねって刃を反し――……思い悩んでもう一度反した。

 一対の短剣をかまえたティルスの喉が、大きく動く。


「……ほ、誇りを守ってくれて、か、感謝、します……」

「おう」

「ぼ、僕がもし貴方に敗れて死んでしまったら――」


 長く息を吐き、ティルスが脱力する。

 顔を上げ、人懐っこい笑みを浮かべて。


「そのときはハルピア族の未来を貴方に託します。――我ら常闇の眷属を統べし、新たなる()()()()オキタよ」

「――ッ!?」


 その言葉を発した直後、おれはティルスの姿を見失っていた。

 刃の冷たい感触が首筋を通り抜け、直後に灼けつくような痛みと、嗅ぎ慣れた鉄の臭いが散った。

 ぱっと血の花が開く。


「……っ」


 通り抜け様に斬られた。このおれが。

 見誤った。とっさに首を倒したゆえ、傷は深くない。決して深くはないが、死合に時間をかければいずれ死に至る傷だ。

 この出血量ではそれほど長くは保たない。

 驚いた。殺気も怒気もなく、これほどの斬撃を出すやつは江戸にだっていなかった。


 おれは命を流出させ続ける首筋の傷を押さえることさえせず、菊一文字則宗の切っ先を斜め前方へと向けて、天然理心流平晴眼のかまえを取る。

 かつてダークエルフの娘ライラの抜かした妄言を、なぜティルスが知っていたのか。そんな疑問は一瞬にして霧散していた。


ドラ子の雑感


あれ、なんか牢の前に人が。

……おひさしぶりじゃないですか、クソビッチさん。

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