第八十六話 戦士
前回までのあらすじ!
人斬り侍が嬲り殺されちゃう!
直剣の横薙ぎを上体を反らすことでやり過ごし、迫り来た天狗の顎を蹴り上げる。
「がぐ……ッ」
だがとどめを刺す暇なんざない。すぐさま振り下ろされた別の直剣を刃で受け流し、大地を手をついて体勢を立て直しながら走り出す。
前方から来るやつは叩く。後方から来るやつに追いつかれぬように逃げ回りながら。
我ながら無様。無駄な足掻きだ。
「ごぉりぃやあぁぁぁッ!! おどれら、たった一人の人間ごときを相手に、ンなぁ~にをしとるかぁぁッ!!」
遠いところから爺天狗の怒号が響いている。
そのまま頭の血管がぷつりといくことを願ってやまない。
側方から飛び込んできた天狗の側頭部を薙ぎ払い、そいつの羽根をつかんで背後から追いすがる集団へと投げつける。
「ぎぁ!」
「くお!?」
ぶん投げられた天狗が数体を巻き込んで転がった。
空を飛ぶ一族だけあって、さほども重量がないのは助かる。もっとも、無駄にでっけえ尻や胸をして飛んでるリリィのようなやつもいるが。
わずかできた隙におれは息を吐ききり、限界まで胸を膨らませて新たな空気を吸った。
血の臭いの少ねえ戦場には、少々新鮮みすらおぼえる。
左右から同時に迫った天狗を両手に持った鞘と刃で弾き上げ、下方から潜り込んできたやつの顔面を溶岩の大地へと叩き下ろす。
続いて左手から迫った天狗の喉へと、鞘尻を突き出し――わずか迷って軌道を上方へと修正した。
喉ではなく顎を貫かれた天狗が顔を跳ね上げ、勢いのままに背中から大地に落ちて転がった。
「あ……が……っ」
喉なんざ突いたら殺しちまう。
そいつの顔面を駆け抜け様に蹴りながら、おれは左手方向に向かう。とにかく走る。足を止めるときが、命の止まるときだ。背後から迫る恐ろしい数の集団に呑まれた日にゃあ、やつらが戦士ではなくただの棒きれを持っただけの餓鬼だったとしても、おれは肉片にされちまうだろう。
十本同時に振り下ろされる剣は、いくらなんでも避けきれねえ。
「こンの不甲斐ない腑抜けどもがぁぁぁぁ!! 我が輩の若き頃であればそのような小鼠一匹など――ッむぎぃぃぃっ!!」
爺天狗が地団駄を踏みながら叫んでいる。
ざまぁねえなァ、おい。
いっそあそこまで駆け上がって、おれが直々にぶん殴ってやりてえところだが、あの高さじゃさすがに無理だ。
左手の鞘で直剣の突きを弾き、右手に持った刃の峰で横っ腹を薙ぎ払う。
ぱん、と肉の弾ける音がして、天狗が吹っ飛んでゆく。その背後から袈裟懸けに下ろされた直剣を低くかいくぐり、峰で足を払う。背後から追いすがってきた天狗の振り下ろしを鞘で受け止め、反撃はせずに前へ脱した。
息継ぎの時間が徐々に減ってきている。
どうやら天狗どもも、おれの動きの法則性に気づいたらしい。莫迦正直に背後から追ってくるのではなく、徐々に処刑場である噴火口全域に散開し始めている。
息を――ッ!
「くぉ!」
側方から頭へと叩き下ろされた直剣の斬撃を足運びのみで躱し、身体をねじりながら胴体部に刃の峰を返す。
鈍い音がして倒れ込んだ天狗が転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
何体仕留めたか、もはやおぼえていない。記憶に気を割くための余裕がなくなってきた。
右手斜め後方からの刃を峰で弾き、前方からの別の刃を鞘で受け流して、柄尻でこめかみを殴りつける。骨の音が響き、鈍い感触が手に伝わる。
「――このッ」
続いて突き出された刃を首を倒して躱した瞬間、肩口を灼けるような痛みが走った。
「……ッ」
思わず舌打ちが出た。一張羅を掠られた。
おれは鞘尻を一本突きの要領で放ち、反撃に天狗の眉間を貫く。
そうしてようやく、囲まれていることに気がついた。足を止めたおれの耳には、爺天狗の高笑いが響いていた。
もはや呼吸を止めている余裕すらなく、おれは肩で息をしながら刃を去なし、返す刀で黒の羽根を散らす。
背中に痛みが走った。
振り返りながら鞘を薙ぎ払う。ぶん、と空を斬った。
「……っ」
狙った天狗はすでに後退済みだ。
空振ったのさ。初めてな。この処刑場でおれが振った剣が、初めて空を斬った。
鈍っている。身体の動きが。あたりまえだ。どれだけ走ったと思ってやがる。冷え切った火口に転がっている天狗どもの数も、すでに四十は超えている。
食いもんから得た栄養も、肉体の大部分を占める水分も、とうの昔に枯れた。
だが、だがなァ――。
「なんなのだ、おまえは……」
「……刃を反したまま死ぬつもりか!」
「愚弄しているのか、我らを……ッ」
「なぜ笑っている……?」
天狗どもの足も止まっていた。やつらが足を止めた理由は、もちろん疲労じゃあない。おれは識っている。識っているのさ。
天狗どもがおれに向けた目には、おぼえがある――。
あの時代。濁流に呑まれて失われたあの時代に見た、いくつもの瞳。
「どうして、そのように笑える……ッ」
「おまえは死を恐れぬのか!」
純粋なる恐怖ではない。明確なる敵意ですらない。こいつらはアラドニア魔術兵のように、おれに対して恐怖を感じてはいない。
畏怖だ。敬意と畏れの入り交じったもの。おれがリザードマン族のギーや、騎竜王ラドに抱いたのと同じ感情だ。
「刃を反せ、人間ッ!」
「我らと向き合え!」
このような殺し方はもったいない。そう思われた。認められた。戦士である、と。
なるほど。腕はさておき、こいつらもまた爺天狗の抜かした通り、心意気は立派な戦士だ。
「――断る」
「なぜだ」
火口の縁では、爺天狗が狂ったように喚き散らしている。
「貴様ら、ンなぁぁ~にをしておるかぁぁぁっ! さっさとそやつを殺せぃぃ!」
だが、命令をきくものはおろか、そちらに視線を向けるものさえいない。ただただ、鞘と刀をかまえるおれを取り囲んでいるだけだ。
おかげさまで呼吸がずいぶんと楽になった。
「おれぁ、おれが悪党だと決めたやつ以外は斬らねえと誓った。ま、当たり所が悪くてくたばっちまうやつもたまにゃあいるが、そいつぁ勘弁だ」
四十も転がってりゃ、そりゃあ中には運の悪いやつもいるだろう。
爺天狗が未だ喚き散らす中、目の前の天狗が顔をわずかにしかめた。
「……大した悪党だ」
「違えねえ。さあ、おかげさまでゆっくりと休ませてもらった。続きを始めようや。……おれがくたばるまで、なァ?」
歪んだ笑みを浮かべた瞬間、天狗たちが一斉に一歩退いた。
「……?」
戸惑うおれと、天狗どもの距離が開く。
頭上から下りてきた風に空を見上げると、一体の天狗がふわりと目の前に下りてきた。
「つ、続きは……、ぼ、ぼ、僕が一人で……お相手……します……」
「あン? おまえさんが?」
それは爺天狗の横で小さくなっていた牢番――濃紺色の髪と瞳、そして羽根を持った青年ティルスだった。
ドラ子の雑感
そうだっ、オキタの座ってたところに頭を置いてご飯の時間までお昼寝しよう。
まだ温かい気がする……!




