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第五十三話 天秤の聖女

前回までのあらすじ!


あの馬、うまそうだ。

うまだけに。


※批判は受け付けます。

 分厚い黒雲と、ふいに轟々と流れ始めた風。


『オキタ、軍用飛空挺の砲門が――』


 雷の直撃により、操舵不能に陥った一隻を除く二隻分の砲門が、二手に分けられた。片側はもちろんおれとリリィ、もう一方は。

 臓腑に響く音。風を切り、橙色の砲弾が羽馬に乗った女へと迫る。

 一方でおれの駆る銀竜シルバースノウリリィも身を翻し、迫り来る砲弾の射線を切り始めた。


「何もんだァ?」


 おれたちは迫り来る砲弾を躱しながら、視線を上げた。

 おれを騎乗させたリリィよりも遙か上空で、羽馬に乗った女は巧みな手綱捌きで砲弾を躱している。

 女の目がいいのか、それとも羽馬の能力が高いのか。

 まるで空に舞い上がったひとひらの羽根だ。


「やるねェ」

『わたしのほうが速いですっ』

「……そういうことじゃなくてよ」


 女は手綱を捌きながらも、こちらに視線を向けている。

 視線に悪意はない。今のところは、だ。

 ただ、戸惑っているように見える。おれたちと同じで。


「敵じゃあねえな」


 もっとも、敵だとしても剣を一本持っただけの女だ。大した脅威にはならねえ。さっきの雷をあの女が起こしたなら別だが、リリィは魔素反応はなかったと言っていた。ならば偶然起こった自然現象なんだろうよ。


『だとよいのですが……』

「おまえさん、あの女が何者か知っているのかい?」

『いえ、直接の面識は。ただ、心当たりがあるだけです。――っと』


 橙色の砲弾がリリィの尾を掠めて、数枚の鱗を吹き飛ばした。

 白銀の翼で風を切り、リリィがほんの少し前まで渓谷だった岩山低空を、速力を上げて飛ぶ。


「話はあとだ。とりあえず飛空挺を墜とす。幸い一隻は女と羽馬が引きつけてくれてる。今が好機だ」

『わかりました』


 背後から砲弾の着弾音が迫ると、今度は長い首を持ち上げて急上昇をした。

 翼で空をつかみ、虚空を掻いて、流線型となって錐揉み状態で砲弾を躱しながら上昇を続けるリリィが、念話を飛ばしてきた。


『準備はいいですか!? そろそろ行きます!』

「いつでも」


 おれは菊一文字則宗を納刀し、瞳を閉じる。

 この間、無力。砲弾斬りは行えない。だが、リリィは言った。準備をしろと。おれはその言葉を信じている。


 息を吸う。息を吐く。


 かつての新撰組(仲間)の言葉と同様に。背中を任せるに迷いはない。


 息を吸う。息を吐く。


 耳もとで砲弾が空を切る音がしたが、もはや気にもならない。すべては意識の外だ。


 息を吸う。


 ごうん、ごうん。大魔導機関(エンジン)のいななきが重く臓腑に響く。


『オキタ、船底に取り付きましたッ!』


 瞳をかっ開き、おれはガギィと歯を食いしばった。

 左手親指で菊一文字則宗の鍔を弾き上げ、右手で柄を握って息を止め。


 抜刀――!


「カアアアアァァァァッ!!」


 一閃。


 斬撃疾ばし。

 轟と四方八方に暴風が巻き起こり、今度はリリィが歯を食いしばった。


『~~~~~~ッ!!』


 巨大な白銀の翼が折れ曲がり、斬撃疾ばしの反動に耐えきれずにリリィが体勢を崩して落下する中、おれたちは見る。

 中央から真っ二つに裂け、軍用飛空挺が爆発炎上してゆく様を。


 何者の攻撃をも寄せ付けぬはずの分厚い鋼鉄の装甲を斬り裂き、人類の叡智たる大魔導機関(エンジン)を両断し、山をも砕く砲門を備えた甲板をも貫いて、斬撃は突風となって黒雲の中央を割って青空を覗かせる。


『……くっ!』


 落下中に何度も横転し、リリィが地面間際となってようやく白銀の翼で虚空をつかむ。


「うひぃ、危ねえ」

『申し訳ありません! 前回より高度がなかったため、立て直すのがぎりぎりになってしまいました!』

「いや、よく耐えてくれた」


 おれはリリィのなめらかな首筋を、掌で軽く撫でる。


『ん……、はい……』

「おい、変な声出すな」

『うぅ~、出ちゃいました……』


 斬った軍用飛空挺は小爆発を繰り返しながら切断部を徐々にずらし、そこからアラドニアの兵らがばらばらと大地に吸い込まれるかのように空へと投げ出されている。


『オキタ、もう一隻はどうしますか?』

「う~ん……」


 女と羽馬を狙っていたもう一隻は、旗色が悪いと見たか砲撃しながら北方へと舵を切っている。

 おれは肩で息をしながら呼吸を整える。


「……悪ィ。……追っても墜とせるかどうかわかんねえや……」


 斬撃疾ばしは精神、体力ともに凄まじく消耗する。一度放てばしばらくの間はどうしても休息が必要となってしまう。

 こんな有様で三〇〇隻を越えるアラドニアの軍用飛空挺を全部墜とそうってんだから、我ながら阿呆臭え話だ。


『わかりました。南方へと離脱しま――』


 リリィの念話が途切れた瞬間――。

 再び周囲を雷光が覆った。直後、凄まじい雷轟の音が響き、空間を激しく震動させた。


『~~ッ!?』

「か――っ!?」


 おれは顔をしかめてとっさに耳を塞いだ。

 全身の知覚が閉ざされるような感覚。鼓膜が破れそうなほどに震え、視界すら歪む。


「はぁ……はぁ……。なんだぁ……?」

『オキタ!』


 リリィの鼻先の方向へと視線を向ける。


「あぁ? おいおい……」


 北方の空。去りゆくアラドニアの軍用飛空挺が炎上していた。

 ……偶然。自然現象。そんな都合のいい話が二度もあるかよ。


『魔素反応はやはりありませんでした。ですが、現象におぼえがあります。レアルガルド大陸の人間たちの間では、“神の奇跡”と呼ばれているものです』

「神ィ? なんだそりゃ、胡散臭え」


 だが、おれの視線は自然と遙か上空、羽馬に乗る女へと向けられていた。

 女は長い黒髪を片手で押さえて、依然としてこちらに視線を向けている。


『おそらくですが、あの服装は天秤の神アリアーナ神殿の聖女ではないかと』

「神に、聖女ねェ……」


 女は――。

 手綱を引いて、ゆっくりと羽馬の鼻先をこちらに向けた。そうして空を駆け、おれたちへと近づいてきた。


「そこの竜騎士様。少しお話をするお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「かまわねえよ。ついでに、おれは騎士でも兵士でもねえ。侍だ。あんたたちふうに言うなら、竜騎侍ってとこかねェ」


 女が柔らかな微笑みを浮かべた。そうして、泉のごとく透き通った声で囁く。


「……あなたたちは何者ですか?」


 光り輝く剣を抜き身のままに。



ドラ子の雑感


う、う、浮気のにおいがする……。

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