第五十二話 暗雲
前回までのあらすじ!
人斬り侍とドラゴン嬢の心の器はお猪口程度の大きさだ!
後方から、橙色の砲弾の空を切る音が飛来する。
いくつも、いくつも。
「うひぃ!」
『わあ、わああああっ!」
焦げ付く空の臭い。
ここまでは想定内だ。竜の背に乗り、砲門を五十門備えた軍用飛空挺を相手に立ち回ってんだ。集中砲火を浴びるくらいは当然だろう。
だが――。
『ひゃぅ!』
銀竜シルバースノウリリィが巨大な全身を空でねじり、錐揉み状態となって前方から放たれた砲弾を躱した。
白銀の翼を羽ばたかせ、リリィが念話で叫ぶ。
『左方三発直撃します!』
「背中向けろィ!」
リリィが前方に飛びながら左方へと身を倒した。
両足の五指でしっかと鱗をつかみ、おれは菊一文字則宗で迫り来る橙色の砲弾を――。
「イァ! ぐっ! かぁっ!」
――斬って落とす。
ふらつき後方に流れた足に力を込め、再び五指で鱗をつかむ。
「危ねえ……!」
糞ったれ。一発ならばともかく、連続では腕がびりびり痺れやがる。
三発目に至っては、斬ったというより刃で防いだといった具合に近い。それでもおれが吹っ飛ばされたり空に投げ出されたりしないのは、ひとえに菊一文字則宗の斬れ味のおかげだろう。
こいつがなまくらだったら、おれはすでに投げ出されて空の星になっている。それ以前に刃を砕かれて全身木っ端微塵か。考えたくもねえや。
長い首を下げ、急降下で砲弾を躱しながらリリィが早口に囁く。
『どうしましょう?』
「こりゃあ、全部墜とすってのはちょいと難しいねェ」
まずった。見誤っていた。
たかがリザードマン族のちっぽけな集落を焼くために、まさか、軍用飛空挺が三隻も出てくるとは。
一隻の船底に潜り込み、斬撃疾ばしでぶった斬ってやるつもりだったのだが、潜り込もうとすると他の二隻が旋回しながら砲弾を飛ばしてきやがる。
だが、考えてみりゃ当然だ。
アラドニアは“謎の飛空挺墜とし”を追っているのだ。一隻では前回同様に墜とされる恐れがある。
じゃあどうするよ? いっそ三隻投入しちまえよって話だ。たぶんな。
リザードマン族の集落があった岩山すれすれを飛ぶリリィへと、軍用飛空挺三隻が上空を旋回しながら砲弾の雨を降らせる。
「だぁ、糞!」
『く……!』
雷轟のような爆発音。破壊粉砕され、飛び散る岩石。
三隻分の着弾で、山岳はすでにその形を変え、木々は燃え上がっている。渓谷に至っては絶壁が崩れて埋まっちまった。
リリィはじぐざぐに飛びながら長い首を上げ、急上昇する。
「とんずらするかい……?」
『塩の仇はもういいのですか?』
「つってもおめ――ッイァ!」
菊一文字則宗の刃で真っ二つに割れた砲弾が、おれとリリィを避けるように左右に流れて落下してゆく。
「この弾幕じゃあなァ……」
身を屈める。
おれの頭のあった部分を橙色の砲弾が空を灼きながら通り過ぎていった。むろんこうしている間にも、上から下から三隻分の砲弾が横殴りの雨のように降ってきやがる。リリィが古竜種でなけりゃ、おれたちゃとっくに肉片だ。
墜とすのは少々骨だが、逃げるのはリリィの飛行速度がありゃあ、それほど難しくはないだろう――が、どうにも癪だ。
「アラドニアには軍用飛空挺は何隻あんだ?」
『さあ。時折ルナイス山脈に迷い込んできていた旅人の噂では、およそ三〇〇隻とのことでしたが。それももう何年も前のことです。今は増えているのではないかと』
「ああ……」
うんざりだ。眩暈がした。
斬撃疾ばしを放つにはどうしても集中力を高めるための溜めが要る。刃が蚤ほどずれただけでも発生させられねえ。
だがこうして複数の軍用飛空挺に囲まれた日にゃあ、そのための時間はおろか、必殺の有効射程圏内に留まることもできやしねえときたもんだ。
遠くから撃ったところで、せいぜい突風が吹く程度のもんで。
「んん。なんか曇ってきたねェ。雨降ってきたらヤダし帰ろうか」
『素直に尻尾巻いて撤退って言ってもいいと思いますよ』
リリィが全身を左右に揺らして砲弾を避け、くすくす笑った。
「……死んでもヤダね」
いや、しかし――。
空、さっきまで晴れていたのに、なんだこの分厚い雲は。
山の天気は変わりやすいといっても、上空でさえ風は穏やかなもんだ。それが今や黒雲に覆われ、宵闇を過ぎて夜の闇が訪れたかのようだ。
灰色雲ではない。見事なまでの黒雲。
「どうにも肌がちりちりしやがる……」
向けられた殺気ではない。こんな感覚はかつて味わったこともない。
『……? わたしは何も感じませんが。目立った魔素反応もありません』
「そうかい。取り越し苦労なら――」
そう呟いた直後のことだった。
耳をつんざく雷轟が響き、雷光が周囲を光の渦へと沈めたのは。
「――ッ!?」
『~~っ!』
地震で大地が揺れるがごとく、空が激しく震動し、リリィが急激に失速した。大あわてで白銀の翼を広げ、飛び交う砲弾のことも忘れて体勢を立て直す。
だが、砲弾はなぜか止んでいた。
おれたちが同時に振り返ると、空には炎上しているアラドニアの軍用飛空挺が浮かんでいた。
甲板には炎が宿り、黒煙が立ち上り、徐々に高度を下げている。
ありゃあ、堕ちるな――。
「……なんだぁ? 雷にでも打たれたかぁ?」
だが、こいつは好機だ。
一隻減りゃあ、勝ったも同然。
「行くぞ、リリィ! 一気に片付けてやらぁ!」
『オキタ、斜め後方遙か上空に何者かがいます』
「――?」
振り返って視線を上げたおれの視界に、そいつはいた。
「なんだィ、ありゃあ……」
翼の生えた白馬に乗って光り輝く剣を天高く掲げている、白き衣をまとった長い黒髪の女だった。
ドラ子の雑感
わあ、空飛ぶお馬さんだ。
…………ぅじゅる……。




