第百三話 家族 ~第四部完~
前回までのあらすじ!
人斬り侍が珍しくまじめに人の道を説いたぞ!
事ここに至り、ようやく冷静に考えることができたのだろう。
不安げな表情で森を早足に歩くメルに、おれは呟く。
「心配すんな。リリィのエリクシルの効能はおれが保証する。弟も妹も、婆さんも生きてる」
「え……。あ、うん。そうだな」
やけに素直になっちまったもんだ。だが、それでも不安は拭いきれねえって面をしてやがる。
おれは一つため息をついた。
「おれぁ黑竜病だ」
「え……?」
まぬけな返事をして、メルが初めて立ち止まった。
「リリィのエリクシルがなきゃ、すでに明日の朝日も拝めねえくれえの侵蝕らしい。体内じゃエリクシルの効能と黑竜の瘴気が今もせめぎ合ってやがる」
「え、え? やけに痩せこけてるし、死体みたいに顔色の悪いやつだと思ってたけど……だ、大丈夫なのか? 剣なんて振って……」
疑いもせずに信じちまった小娘に、おれぁ苦い表情でざんばら髪を掻いた。
「言っただろうがよ。リリィのエリクシルは効能抜群だってな」
「そっか。そうだな。うん。大陸最凶の病ってされてる黑竜病の侵蝕でも止められるなら、あんな傷くらいは治るよな」
おれは確信を持ってうなずく。
「ああ。だからおまえさんは怪我の心配なんぞするより、いざ顔を見たときに何を話すべきかを考えとけ。婆さんはともかく、餓鬼はよっぽど怖かったろうからな」
「うん。そうする」
おれたちは再び歩き出す。
さわ、さわと、木々が揺れている。先ほどまで静まりかえっていた小鳥の声が、森にはすでに響いていた。
「結局、この一件はなんだったんかねェ」
犯人一味を全員殺しちまった以上、真実は闇の奥ってやつだろうが。
何気なく呟いた言葉に、メルがため息を返してきた。
「想像はついてる」
こいつぁ意外な言葉だ。
「聞かせてくれるかい?」
「別にかまわないが、どうにもならないことだぞ」
「そいつを判断すんのぁ、おれだ。それも、聞いてからな」
メルが少し難しい顔をして赤い眉をひそめた。
「この付近じゃ珍しくもないことだけど、魔素含有量の多い子供が最近よくさらわれているらしい。高値で売れるんだ。たぶん、あの槍男やおまえが斬った四人は、野盗か野良の猟兵団ってとこだ」
野盗に猟兵ときたか。こいつぁ悪人の臭いがぷんぷんするねェ。
だが、しょせんは小物。おれは欲しいのは、その背後にふんぞり返ってやがるでっけえ首だ。
「なるほどな。末端も末端、それどころか使い捨てってことかい」
「ああ。魔術も使えないようなやつらだからな。使い捨ては間違いない」
魔術を使えないから使い捨て? 妙に引っかかりやがる。
ざわ、ざわ、血管の中で血がざわめいている。
まるで、そう。魔術を至上とするあの国が関わっているかのような言い草だ。
「雇い主は誰だ? 魔素含有量の多い餓鬼をさらって何をしようとしているんだい?」
「誰っていうか、国だな。アラドニアさ」
ざわり、と全身が粟立ち、歪な笑みがこぼれちまった。
そうか。やっぱりそうかよ。
つくづく、つくづくだ!
信じられるか? こいつぁもう運命としか思えねえ。アラドニアってのぁ、まったくもって、どこまでも目障りだ。
おれは内心を圧し殺し、静かに尋ねる。
「目的は?」
「そこまでは知らないよ。わたしたちは――ああ、おまえが助けてくれた弟や妹のことでもあるんだけど、もともとリスタっていう小国にいたんだが、その国がアラドニアに支配されたときに戦災孤児になっちまったんだ」
メルがふいに立ち止まった。おれは少し歩いて振り返る。
「すまない。弟や妹には思い出させたくない話だから、立ち話でいいか?」
「かまわねえよ。じっくり聞かせてくれや」
おれは手頃な倒木に腰を下ろした。
「……隣、いいか?」
「あ? ああ、かまわねえが……」
これまでの関係からじゃ考えられねえことだが、メルがおれの隣に寄り添うように腰を下ろす。
「よっと」
てっきり前に立ったまま話し始めるかと思ったんだが、どうやら本当におれに対する警戒は解けたようだ。
餓鬼に懐かれるってえのは、なんだか妙な気分だ。悪かねえが、どうにもしっくりこねえ。
「小国リスタがアラドニアに支配されたときに家族を失ったわたしは、アラドニアが設置した孤児院に放り込まれた。弟や妹とはそこで初めて会ったんだ」
「血のつながりはなかったのかィ?」
そういや、やけに似てねえ兄妹だった。
そもそも肌の色、瞳の色、髪の色からして違う。
「バァ~カ、そんなのどうだっていいだろ。大した問題じゃない」
「悪ィ。他意はねえんだ」
おれにとっちゃ、家族は新撰組とリリィだ。気持ちはよくわかるさ。
「わかってるよ。だけどその孤児院は異常だった。魔素含有量の少ない子供が次々に消えていくんだ。毎月一人か二人ずつな。で、稀にいる含有量の多いやつも年に一人か二人、消える。結局のところ、そこでは誰も大人にはなれない」
「成長待たず、か。里子に出された、もしくは奴隷や兵士として売られたってわけじゃあねえのかい。魔力至上主義なら含有量の多い餓鬼は高く売れるが、その分出荷もそう多くはねえはずだ」
我ながらひでえ言い様だ。
だがメルは気にした様子もなく、首を左右に振った。
「わたしも最初はそう思ってた。あの孤児院はアラドニアの息のかかった政治の場だったから。でも、違ったんだ。ある日、含有量の多い兄と姉が二人同時に消えた。その日の夜、兄だけが戻ってきたんだ。首にひどい怪我を負った状態で、窓からだ」
「首?」
「ああ。手で強く押さえてないと血が噴き出すほどだった」
……相当だ。
そいつはたぶん、己はもう助からねえことを知っての行動だろう。
「きな臭えな」
「兄はわたしに言った。今すぐ逃げろって」
「なぜおまえさんに?」
「孤児院でわたしが一番年上になったからだと思う。次の出荷はわたしだった。あとは魔素の含有量かな。わたしは飛び抜けて多かったらしいから。とにかく兄は言った。含有量の多い弟妹だけでいいから、リスタを捨てて南へ下れって。アラドニアの支配地域から今すぐに出ろって」
ふいにメルの声が揺れた。
赤い瞳を隠すように、メルがうつむく。太ももの上で握りしめた拳に、ぽたぽたと雫が落ちている。
「どうしてそんなことを言ったのかはわからない。理由を聞く前に兄は力つきてしまったから。感情を見せない院長よりも兄を信頼していたわたしは、その日の夜が明ける前に幼い兄妹を連れてリリフレイア神殿領域を目指して逃げ出した。魔素含有量の少ない十七人の弟妹を孤児院に置き去りにして、五人で逃げた。……五人だぞ。五人もいたんだっ」
そして今は二人しかいない。
十七人を置き去りにしたという余計な情報を口にしたのは、こいつが今もそのことで罪悪感に囚われているからだ。
見かけによらず、ずいぶんと……。
「アラドニアの魔術兵は執拗に追いかけてきた。剣を使えたら、魔法や魔術を使えたらって、毎日思いながら身を隠し、幼い弟妹を背負って夜を徹して歩き通した。リリフレイア神殿に保護されたのは、それからしばらくしてのことさ」
おれぁメルの涙を見ねえようにして、思考を感情から論理へと切り替える。
「結界内の人さらいねェ。偶然にしちゃあ、できすぎてるなァ」
ま、こんながばがばの結界じゃあ、気休め程度にしかならんわけだ。せめて迷いの森のハイエルフみてえな結界がありゃあ別だろうが。
メルがキッと強い視線を前に向けて立ち上がる。
「だからわたしは、一分でも一秒でも早く騎士にならなければならない。力がなければ誰も救えない」
「……明日の試験、せいぜい頑張れよ」
話は終わりのようだ。
おれも立ち上がり、羽織の腰についた木くずを軽く払った。
「あたりまえだ。今度は誰の手も借りず、わたしが弟妹を護る番だ」
おれはメルを見て瞳を細める。眩いものでも見るかのように。
……護っていたさ、おまえさんは。これまでも。立派によ。
心の声が聞こえたわけでもあるまいに、メルがふいに頬を染めて、胸の前で両手の指を絡めた。
「だから、えっと、あ~……うまく言えないんだけど……その、な……。剣を教えてくれたおまえには、これでも感謝してんだ。……態度、悪いけど……。もちろん、火精って新しい力をくれたリリィにもだ……」
ンなもん、とっくの昔に伝わってるよ、莫迦娘が。
おれは唇を尖らせて吐き捨てたやった。
「大事ことは口に出すな、阿呆。これだから異国人ってのぁ美徳がねえ」
「なんだおまえ? 照れてんのか?」
「照れてんのぁ、おまえさんのほうだろうがよ。どう見てもな」
「あはは、そうかもな!」
素直に認めるなってんだよ。
おれは取り返しのつかないほどに殺し、殺し、殺してきたが、メルは必死扱いて護り、護り、護ってきた。今になって、そいつが少しうらやましい。
今さら、後戻りなんぞできやしねえってのによ。
「帰るぞ。腹ぁ減った。おまえんとこの婆さんの料理ってのぁ、うめえんだろうな」
「おう。最高だ」
さぁ~て、食ったらアラドニア狩りの始まりだ。
ドラ子の雑感
遅い……。遅すぎる……。
ま、ま、まさか……!




