第百四話 楽園
前回までのあらすじ!
人斬り侍とドラ子、様々な想いを背負って決戦の地へ。
おれは思わず言葉をこぼした。
「なんだい、こりゃあ……」
目の前には奇っ怪な景色が広がっていた。
街ゆく馬車はまあわかる。大型のものもだ。だが、いくつものそれらに混じって稀にわけのわかんねえもんが走ってやがる。
鉄と木のようなものでできた車輪付きの四角い絡繰りだ。そいつに人間がのって、石畳の街並みを走っている。それも、なかなかの速度だ。
「オキタ、危ないですよ」
「うおっと」
かと思えば地面に引かれた鉄の二本線に沿って、長え筺形の乗りもんが大量の人間を乗っけて通り過ぎたりもしている。
建造物も見るからに木製ではなく、さりとて日本家屋のように砂を固めて造られたってもんでもねえ。一軒一軒やたらと背が高く、つるっつるの壁面を持つ岩のようだ。入口からは何人もの人間が出入りしている。
江戸で言やぁ、長屋ってところだろう。ただし、どうやったかは不明だが、横じゃあなく縦に積まれた集合住宅だ。
道行く人も大概多い。気をつけてねえと肩がぶつかっちまいそうなほどにだ。
立ち止まったままのおれとリリィを追い抜いて、まるで祭の日のような数の人々が追い抜いてゆく。
「あの四角いのは魔導機関自走車ですね。魔素を魔導機関を通して熱気に変換し、それをエネルギーとして推進します。長くていっぱい人が乗っているほうは魔導機関列車と呼ばれるものです」
もはや言葉もねえ。まるで別世界に来ちまったみてえだ。
「魔導機関列車は公共の交通機関、庶民の足ですね」
「……江戸で言やぁ、籠か……」
「魔導機関自走車のほうは個人所有だと思われます。おそらくアラドニアでも一握りの貴族階級、爵位持ちのものなのでしょうけれど」
貴族。たしか優れた魔術師が爵位をもらえると言っていたか。
「あ~……なんつったか、影の魔女ルシアを連れてたゲイ伯爵みてえなやつらかィ?」
リリィが眉をひそめて首を傾げた。
陽光を浴びて光沢を放つ銀色の長い髪がさらりと流れる。
「……? ゲイル伯爵では?」
「それだ。ちょび髭」
「ゲイルですね。おそらく魔導機関自走車にのっている人間は、彼に近い相当な魔術の使い手であると想定されます。もっとも、どちらの技術も軍用飛空挺には遠く及びません」
言われてみりゃ、それもそうか。
すっかり見慣れちまったが、鉄塊が空を飛んでるんだから、あきれたもんだ。
街並みを見回す。
どいつもこいつもこれまでレアルガルド大陸でおれが見てきた質素な服装じゃあなく、色はもちろんのこと形状も千差万別のものをまとっている。
出逢った当初にリリィが着ていたわんぴぃすとやらも、ここじゃあ大して珍しくもねえ。男は当然として、女まで足なんざ丸出しだ。ひでえのになると胸もとまで大きく開けてやがる。
とはいえ、ちょくちょく道行くやつらがリリィに視線を向けているあたり、着物はここでも形状的にかなり珍しい部類みてえだが。
リリフレイア神殿領域を出て三日――。
アラドニア支配地域に入って以降、おれはリリィに竜化することを禁じた。
さすがに三〇〇隻もの軍用飛空挺を抱える敵の支配地域を空で行くにゃあ、ちょいと力不足は否めねえ。
ここから先は徒歩での移動になる。そう思っていた。
そして踏み込んだのが軍事国家アラドニアの最南端、リスタの街だった。数年前まで小国だった、つまりはメル・ヤルハナの故郷だ。
「聞いていた話とずいぶん違うねェ」
「アラドニアに支配されたことで、急速に魔導技術が発展したのでしょう」
華やかだ。そして人が生き生きとしている。どいつもこいつも迷いなく前へ歩いているのさ。目的を見失うことなく、前に。
だから気が重くなる。心が閉じそうになる。
「なあ、リリィよう」
「はい」
「ここにいるやつらは、みぃ~んなアラドニア本国から植民されてきたやつらなのかねえ?」
「どうでしょうか。中には小国リスタの民もいるかもしれませんが……」
若え男女が笑っている。立ち止まり、笑って話している。そして連れ立って歩く。
身なりのきっちりした男は魔導機関列車に乗り込み、小さな餓鬼を連れた女は魔導機関列車から降りる。時折、魔導機関自走車が馬車を追い抜いて石畳を行く。
どれくらい、そんな光景を眺めていただろうか。
魔導機関列車から数十人もの若い男女が降りてきた。どいつもこいつも同じ服装をしている。おもしろくもねえ、全身濃紺の服装だ。
「学生ですね。若い魔導技術者を育てる教育を一括して行っている場が学校で、彼らはそれを学ぶ学生です」
「寺子屋か……。どこの世界にもあるもんだなァ……」
戦いを知らねえ目だ。どいつもこいつも何が楽しいのか笑っていやがる。
立ち止まったままのおれたちを避けて、川の流れのように学生たちが去ってゆく。
「オキタ? 迷ってますか?」
その質問の意図するところがわからねえほど愚鈍じゃあない。だが、おれは生憎と質問のこたえを持ち合わせちゃいなかった。
軍事国家アラドニアは、諸外国にとっては紛う事なき悪だった。土地を灼き、人を灼き、国を支配し、植民する。だが、この魔導技術とやらは人々を幸せに導くものなのかもしれない。
笑顔。笑顔。笑顔。
だが、おれは知っている。魔導技術の裏にあるものが何かを。ダークエルフのライラが涙ながらに語ったアラドニアの真実を。
おれがこれからしようとしていることは、こいつをぶっ壊すことだ。魔導技術が停止すれば、おそらく混乱は避けられまい。国防を失って今後魔物の襲来があるかもしれねえし、隣国から攻められることもあるだろう。
だが、魔導技術を失ったこいつらは、それに対処できない。
いいのか、本当に?
おれがしようとしていることは、これまで他国を蹂躙してきたアラドニア魔術兵の行動と何も変わらねえ。
悪とはなんだ? 平穏を奪うものか? ならば、もしもおれがすべての悪を討ち、それでも最後まで一人立っているのだとしたら、誰が彼らから平穏を奪ったおれを討つ?
悪はなくならない。
ぞっとした。心が冷え込んでいくのを感じた。この街が幸福に満ちていればいるほど、寒気を感じていた。
……ああ、凍えちまいそうだ……。
いっそアラドニアの民が圧政に苦しめられていたならば、こんなことは思うまいに。
「…………リリィ。…………奪えるのか、おれは……? この平穏を……」
「卑怯な言い方をさせていただけるなら、わたしはあなたの意志に従うだけです。やめるも、やめないも、ご随意に。シルバースノウリリィは地獄の果てまでお供いたします」
冷たい返しだ。思わず鼻で笑っちまった。
「ただ――」
ふいにぬくもりが手に染み込んできた。リリィがおれの右手を、両の掌で包み込んでくれていた。
「――すべてを見ましょう、オキタ。あなたはこの国のすべてを見るべきです。幸も不幸も」
「見る?」
魔導機関列車が停車し、再び人々の乗降が始まる。
「あなたの目ですべてをたしかめてください。その上で判断してください。この平穏は壊されるべきものなのか、そうではないのか。何が起ころうとも後悔だけはしないように」
そいつは太陽のように暖かな手だった。
おれは冷えた手でリリィの手を握り返す。
「……リリィ、すまねえ。しばらく手ぇ――」
「仰せのままに」
そうしておれたちは歩き出す。人混みを掻き分けるように石畳の道を歩き、飛空挺の離発着場へと向けて。
繋いだ手だけは、放さぬよう――。
ドラ子の雑感
予想外の景観……。
オキタ……大丈夫かしら……。




