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009 イノシシ

翌日。俺はさっそくダンジョンの地下4階へと足を踏み入れた。


階段を下りるにつれて、ひんやりとした空気が一段と濃くなる気がする。薄暗い石造りの通路は静まり返っており、他の探索者の気配はまったく感じられない。


昨日までいた地下3階ですら人がまばらだったのだから、現時点でこのダンジョンで、この深さまで潜っているソロ探索者は、おそらく俺くらいのものだろう。




事前情報によると、地下4階に出現するモンスターは『イノシシ』だ。


地下2階の突撃ウサギと似た突進型のモンスターだが、重量とスピード、そしてなにより鋭い牙による一撃には、細心の注意を払わなければならないらしい。




警戒を怠らず、木の盾とウルフソードを構えたまま、入り組んだ通路を慎重に進んでいく。


すると、前方から「フンッ、フンッ」という荒い鼻息が聞こえてきた。


通路の先、薄明かりの中に浮かび上がったのは、丸太のような太い胴体と、口元から反り返る二本の凶悪な牙を持つ巨大なイノシシだった。俺と目が合った瞬間、イノシシの小さな目が血走る。




『ブヒィィィンッ!』


鼓膜をつんざくような甲高い鳴き声と共に、後脚で固い石の床を蹴り飛ばし、猛烈な勢いでこちらへ突進してきた。


「速い……!」


地下2階のウサギとは比べ物にならない迫力だ。もしこの突進を正面からまともに受け止めれば、いくらステータスが高くても、衝撃で吹き飛ばされてしまうかもしれない。


俺は重心を落として盾とウルフソードを構え直した。


イノシシの巨体が迫る。鼻息の熱さが届きそうな距離。


「今だっ!」


闘牛士のごとく、俺は左へギリギリのタイミングで飛びイノシシを躱した。俺のいた空間を、イノシシの巨体が猛スピードで駆け抜けていく。


勢い余って止まれないイノシシの無防備な横っ腹が、俺の目の前を通り過ぎる瞬間、力いっぱいウルフソードを一閃した。


ザグゥッ!!


刀身に埋め込まれたオオカミの牙が、イノシシの分厚い毛皮と肉を紙切れのように容易く切り裂いた。


『ブギィィィィィィッ!!』




断末魔を上げて床を転げ回ったイノシシは、そのまま光の粒子となって四散した。あとに残されたのは、チャリン、チャリンと硬質な音を立てて転がるゴールドだけだ。


「ふぅ……」


一つ息を吐いてウルフソードを下ろす。床に落ちたゴールドをウインドウの『所持金』に吸い込ませる。全部で7枚。1匹700円の稼ぎだ。


俺は手元の剣を見つめ直し、満足げに呟いた。


「さすが、ウルフソードといったところか。俺以外には、そんなに探索していないっぽいし、当分人目を気にせず探索できるな」






さらに奥へ進むと、ほどなくして二体目のイノシシが姿を現した。俺と目が合うなり、咆哮を上げて一直線に突進してくる。


「それじゃ、魔法を使ってみるか」


迫り来る巨体に向けて、俺は右手の人差し指をスッと向けた。昨日テントで買った魔法。その力を試す時だ。


「火の矢(ファイアーアロー)!」


指先から眩い光が走ったかと思うと、一本の燃え盛る矢が射出された。それは空気を焦がしながら真っ直ぐに飛んでいき、突進してくるイノシシの眉間に深々と突き刺さった。


『ブギィィィィィッ!!』


矢は瞬時に燃え広がり、イノシシを激しい火だるまへと変えた。断末魔の悲鳴を上げながら、イノシシはもんどり打って床に倒れ伏し、あっけなく光の粒子となって消滅する。




あとに残されたのは、チャリンと転がる7枚のゴールド。

そして――スーパーの精肉コーナーにあるような、白い発泡スチロールの食品トレーに乗せられ、丁寧にラップと『イノシシ肉(バラ肉)』と印刷されたラベルまで貼られている肉のパックだった。謎の親切設計だ。


「おお! 二体目で肉がドロップ、運がいい」


俺は思わず声を弾ませた。ラノベやゲームでよくあるモンスター肉のドロップだ。鮮度が落ちないように、すかさずウインドウの『道具』へと肉の塊を収納する。


「ふふふ、今日はこいつで1杯やるか」


焼肉、生姜焼き、ポークソテー、照り焼き、想像しただけでヨダレが出る。




それにしても――。


「一番弱いだろう火の矢で、この威力か……」


俺は自分の右手を見つめた。剣で斬りつけるのとは違い、離れた場所から一方的に致命傷を与えられる魔法の恩恵は計り知れない。


魔法の威力に気を良くした俺は、さらにダンジョンの奥へと歩を進めた。






やがて、通路の先の開けた場所で三体目のイノシシと遭遇する。


「今度は一段階上の魔法を試してみるか……炎の矢(フレアアロー)!」


さっきと同じように人差し指を突き出し、呪文を唱える。

その瞬間、指先から放たれたのは「矢」と呼ぶにはあまりにも巨大で、激しく渦を巻く炎の塊だった。

轟音と共に激しい炎の矢がイノシシを襲う。


悲鳴を上げる間すらなかった。一瞬にしてイノシシの巨体は燃え上がり、完全に跡形もなく消し去ってしまった。あとにチャリンと7枚のゴールドだけを残して。




「すごい威力……ん!?」


その規格外の破壊力に息を呑んだ直後だった。

ガクンッ、と急に膝から力が抜け、俺はたまらずその場に片膝をついた。


「なんだ……力が、抜ける……」


肉体的な疲労ではない。気力というか、精神の根幹を構成するエネルギーのようなものが、ごっそりと削り取られたようなひどい脱力感。頭の芯がぐわんぐわんと揺れる不快感だ。


「これが、MPが減るって感覚か……? 結構キツイな。炎の矢は、まだ早いか」




荒い息を吐きながら、冷や汗を拭う。

威力は桁違いだが、それに比例して消費するMPも凄まじいらしい。調子に乗って連発すれば、モンスターにやられる前に自分が気絶してしまいそうだ。


初体験の急激なMP消費に面食らい、俺はしばらくその場で息を整えた。


とはいえ、魔法の威力と注意点が分かったのは大きな収穫だ。息を整えた俺は体を起こして、再びイノシシ狩りを続けるのだった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もしよろしければ、『ブックマーク』と『★評価』をしていただけると、ものすごく嬉しいです。

これからも頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!


ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。

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