008 本日の刺身とだし巻き卵
魔法を購入した後、スマホのマップを頼りに歩き、なんとか無事に目当ての居酒屋に到着した。
道に迷ったとはいえ、結果的にあの黒いテントで魔法を買うことができたのだから、怪我の功名、むしろ迷って大正解だったと言える。
ガララララ。
「いらっしゃい!」
扉を開けると、大将の元気で張りのある声が店内に響き渡った。
「どうも」
「こちらにどうぞ」
促されるまま、前回と同じようにカウンター席に腰を下ろす。
「せんべろセットを一つ。ビールで」
「はいよ!」
ここのせんべろセットは本当に優秀だ。ドリンク二杯に、小鉢が二つ、焼き鳥が二本ついて千円ぽっきりなのだからたまらない。
少しして、「お待ち!」と一杯目の生ビール、小鉢に入ったモツ煮と冷奴が置かれた。
まずは、キンキンに冷えたビールからだ。ゴクゴクと喉を鳴らして呷ると、炭酸の刺激と麦の苦味が、一日のダンジョン探索の疲れを綺麗に洗い流すように胃の腑へと落ちていく。
「ふう……っ」
思わず、心底リラックスした深い息が漏れた。
続いて、湯気を立てるモツ煮に箸を伸ばす。トロトロに煮込まれた豚モツは、噛むたびにジュワリと濃厚な味噌のコクと脂の甘みが口いっぱいに広がる。味がしみしみのこんにゃくと大根が、これまた良い仕事をしているのだ。
口の中がこってりとしたところで、今度は冷奴をすくう。白く滑らかな豆腐に、鰹節とおろし生姜、そして醤油がサッと絡み、さっぱりとした清涼感で口内をリセットしてくれる。完璧な布陣だ。
モツ煮をツマミにちびちびとやりながら、カウンターに置かれたメニューに視線を落とす。
(どうしようかな、もう少し何か食べたいなあ。何を頼もうか……)
焼き鳥に揚げ物、だし巻き卵、たこぶつ、ニンニク丸揚げ……。手書きのメニューとにらめっこしながら悩む。
モツ煮と冷奴の小鉢がちょうど空になった絶妙なタイミングで、こんがりと焼かれた焼き鳥が二本運ばれてきた。今日はモモとネギまが一本ずつだ。
「大将、本日の刺身とだし巻き卵を追加で」
「あいよ!」
注文を受けながら、大将がニカッと人懐っこい笑顔を向けてきた。
「お客さん、探索者になるって言ってたけど、その様子なら大丈夫みたいだね」
「ええ、おかげさまで」
少し照れくさく笑い返しつつ、熱々の焼き鳥に齧り付く。
モモのプリッとした弾力から溢れる熱々の肉汁に、甘辛く焦げたタレの香ばしさが重なる。
ネギまは、間に挟まれたネギがとろりとしていて、鶏の脂を吸ってたまらない甘さだ。そこにすかさずビールの残りを流し込み、至福の瞬間を噛み締める。
あっという間に、一杯目のビールと二本の焼き鳥が胃の中に消えていった。
「お待ちどうさま! 刺身とだし巻き、あと二杯目のビールね!」
テンポ良く目の前に並べられたのは、なみなみと注がれた黄金色のグラスと、色鮮やかな刺身の盛り合わせ、そして湯気と共にほんのりと出汁の香りを漂わせる、だし巻き卵。
まずは刺身からだ。今日のおすすめだというカンパチは、角がピンと立っていて新鮮そのもの。ちょこんとワサビを乗せ、醤油に軽く潜らせて口に入れる。コリッとした小気味良い歯ごたえの直後、上質な脂の甘みが舌の上でとろけていく。ツンと鼻を抜けるワサビの刺激を、冷たい二杯目のビールで勢いよく追いかける。美味い、美味すぎる。
次はだし巻き卵。箸を入れると、じゅわっと出汁が滲み出てくる。フーフーと息を吹きかけてから一口かじれば、ふわっふわの柔らかな食感と共に、卵の優しい甘さと出汁の旨味が口の中で爆発した。添えられた大根おろしを乗せて少し醤油を垂らせば、また違った味わいになり、ビールを飲むピッチが恐ろしいほど進んでしまう。
ふと店内の短冊メニューを見回す。今までせんべろセットと安い小鉢ぐらいしか注文しなかったけど、こんな美味しいメニューがあるとは。
次来たときに何を注文しようか思いを巡らせながら、最高の刺身とだし巻き卵をつまみにビールを飲むのであった。
失業して途方に暮れてい頃が嘘みたいに、俺は幸福感に包まれながら最高の晩酌を心ゆくまで堪能したのだった。
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