070 うずわめし
恐竜のオブジェを後にし、伊東市内へと車を走らせる。
「さて、昼飯はどこにするかな」
海沿いの道をのんびり流していると、『うずわめし』と書かれた、のぼり旗が目に入った。
「うずわめし……初めて聞くな」
気になって、駐車場に車を停める。木造の古い店構えに、年季の入った暖簾がかかっている。
「いらっしゃい」
カウンター越しに迎えてくれたのは、明るい笑顔の大将だった。壁のお品書きを見上げると、「うずわめし定食」の文字が真っ先に目に飛び込んでくる。
「うずわめし定食、お願いします」
「あいよ」
しばらく待つと、うずわめし定食が運ばれてきた。
「うずわって、何の魚ですか?」
「このあたりで獲れるムロアジのことだよ。伊東じゃ昔から、うずわって呼ばれてるんだよ」
炊きたての白飯と、なめろうのように、うずわと青唐辛子を一緒に叩いたものが、皿にたっぷりと塗りたくられている。磯の香りと薬味の爽やかな香りがふわりと漂う。
まずはそのまま一口。
ねっとりとした身の食感が、箸を通してはっきりと伝わってくる。醤油にちょんとつけて口に運ぶと、まず、うずわの特有の濃厚な旨味が広がり、続いて薬味の青唐辛子の辛味が追いかけてきた。
続いてご飯と一緒にかき込むと、醤油の染み込んだ米粒と、ねっとりとした身の旨味が渾然一体となり、箸が止まらなくなった。
「これは、うまいな……」
最後は店主に勧められた、出汁茶漬けに仕立ててみる。
別皿の薬味と熱々の出汁を注ぐと、ふわりと立ちのぼる湯気とともに、香ばしい出汁の香りが鼻をくすぐった。ひと口すすると、濃厚だった身の味わいが、出汁のやさしさでふわりとほどけていく。さらさらと喉を通る食感に変わり、今までとはまったく違う顔を見せてくれた。
「同じ皿で、三度美味しいとはな」
あっという間に皿を空にし、満足して店をあとにする。
そこから海沿いの道を北上し、熱海駅前でレンタカーを返却した。
熱海駅から歩いてすぐの場所に、「熱海駅前温泉浴場」という、こぢんまりとした公衆浴場を見つけた。年季の入った暖簾がレトロな哀愁を誘う。
「ひとっ風呂浴びていくか」
時間は、まだ余裕がある。券売機で入浴券を買い、のれんをくぐった。
脱衣所で荷物を預け、ガラス戸を開けると、湯気に包まれた浴場が広がっていた。年配の常連客が数人、のんびりと湯に浸かっている。地元の人々に長く愛されてきた場所らしい、落ち着いた雰囲気だ。
かけ湯をしてから、ゆっくりと湯船に足を浸す。
熱海の温泉は、塩化物泉と呼ばれる泉質だという。脱衣所に貼られた分析表に目をやると、海に近い土地ならではの、塩分を多く含んだ温泉であることが記されていた。
肩まで体を沈めると、じんわりとした塩気を帯びたお湯が、肌にまとわりつくように包み込んでくる。単純温泉のようなさらりとした肌触りとは違い、どこか濃密な存在感のある湯だ。
「おお、これは……体の温まり方が違うな」
塩化物泉は、肌の表面に薄い塩の膜を作り、汗の蒸発を防いでくれるのだという。そのおかげか、湯船から出たあとも、湯冷めしにくく、芯からぽかぽかとした熱が長く続くらしい。
効能書きには、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、打ち身、くじき、慢性消化器病、冷え性、疲労回復、健康増進といった文字がずらりと並んでいた。
(ダンジョン探索者にも、ありがたい効能ばかりだな)
肩や腰に、じんわりと熱が染み込んでいく。筋肉の奥に残っていた張りが、お湯に溶けてほどけていくような感覚だった。
窓の外からは、熱海の町並みと、その向こうに広がる相模灘がちらりと見える。潮の香りを含んだ湯気が、浴場の中をゆったりと漂っていた。
「はぁ……こういう、地元に根付いた温泉もいいもんだな」
修善寺の宿の温泉とはまた違う、侘び寂びのある湯を、俺はしばらくの間、静かに堪能し続けた。
十分に温まったところで湯から上がる。火照った体に外の空気が心地よく感じられる。
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