071 静岡おでん
温泉を出て、駅前の商店街を歩いていると、看板に「静岡おでん」と書かれた小さな店が目に留まった。
「そういえば、静岡おでんを食べてなかったな。軽く一杯だけやっていくか」
列車の時間までは、まだ余裕がある。
暖簾をくぐり、カウンター席に腰を下ろした。
「いらっしゃい」
目の前には、黒々とした汁をたたえた大きな鍋が置かれている。独特の黒い出汁から、牛すじと出汁の濃厚な香りが、湯気とともにふわりと立ちのぼっていた。
「ビールと、おでんセットをお願いします」
「あいよ」
ほどなくして、よく冷えたビールと、串が刺さったおでんが運ばれてきた。
黒はんぺん、牛すじ、大根、卵、すじ鉾、なると。どれもこの黒い出汁にじっくりと浸かって、いい感じの色に染まっている。
「これが静岡流か」
まずはビールを一口。きりっと冷えた液体が喉を滑り落ち、炭酸の刺激が心地よく弾ける。歩き疲れた体に、冷たさがじんわりと染み渡った。
さっそく、黒はんぺんにだし粉と青のりを、たっぷりとまぶし頬張る。
黒い出汁がしみ込んで、しっとりと濃厚な味わいをまとっている。かじると、ふわふわとした身の食感の中に、魚のすり身らしい弾力が感じられた。噛むたびに、出汁の旨味と魚の風味がにじみ出てくる。そこへ、だし粉の鰹の香ばしさと、青のりの磯の香りが重なり、味に奥行きを加えていた。
「ほう……静岡の黒はんぺんって、こういう味なんだな」
続いて、牛すじ。箸で持ち上げると、とろけるように崩れそうなほど柔らかい。口に運ぶと、濃厚な出汁の旨味と、牛すじ特有のとろりとしたゼラチン質の食感が、口いっぱいに広がった。だし粉をまぶすと、鰹の香ばしさが脂のコクに絡みついて、これまた違った味わいに変わる。
「これは、ビールが進むやつだ……」
次に、大根に箸を入れる。黒い出汁にじっくりと煮込まれた大根は、箸を入れただけでほろりと崩れるほど柔らかい。口に含むと、じゅわっと染み込んだ濃厚な出汁の旨味があふれ出し、大根本来の瑞々しさと溶け合っていった。
卵は、黄身まで出汁の色がほんのりと染み込んでいる。かじると、とろりとした黄身と、しっかりとした白身の食感が同時に押し寄せてきた。出汁の塩気が、卵のまろやかさを引き立てている。
すじ鉾は、練り物特有の弾力のある歯ごたえが心地いい。噛むたびに、出汁の染み込んだ旨味とともに、ぷりっとした食感が楽しめた。
ラーメンでは飾りのなるとも、静岡おでんでは四番打者に据えても十分だ。かじると、ほんのりとした甘みと、すり身らしい柔らかな弾力が感じられた。
だし粉と青のりを、おでん全体にたっぷりとまぶしながら、一本ずつ味わっていく。黒い出汁は見た目こそ濃厚そうだが、口に含むと意外にもすっきりとしていて、くどさは感じない。鰹と昆布の旨味が、じんわりと舌に広がっていった。
「静岡おでん、クセになる味だな……」
ビールをあおり、串をまた一本。気づけば皿はすっかり空になっていた。
「ごちそうさまでした」
満腹になった俺は勘定を済ませ、店をあとにする。おでんの出汁の余韻を感じながら、俺は帰路に着いた。
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