067 修善寺
土曜日の朝、俺は始発に近い新幹線に揺られていた。
三島駅で降り、あらかじめ予約していたレンタカーに乗り込む。カーナビに従って狩野川沿いの道を走ること小一時間、修善寺の温泉街に到着した。
川のせせらぎが心地よく響く中、まずは弘法大師ゆかりの修禅寺へ参拝する。石段を上り、本堂で手を合わせる。
(ダンジョンで危ない目にあいませんようにお願いします)
参拝を終え、古い家並みが続く門前町をぶらぶらと歩く。土産物屋の軒先には、わさび漬けや温泉まんじゅうが並び、どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきた。
「お? わさびソフトクリーム?」
茶屋の店先に出ていたのぼりに思わず目を留め、迷わず注文してしまう。
でてきたのは、真っ白なミルクソフトに、鮮やかな緑色のわさびが添えられた一品だった。見るからにつんと鼻を刺激する見た目に、少しだけ身構える。
わさびとソフトクリームを木のスプーンで一口すくって頬張ると、まずミルクの濃厚な甘みが舌に広がった。その直後、鼻の奥に、わさび特有のつんとした辛味が駆け抜けていく。しかし、嫌な辛さではない。すっと鼻に抜けたあとは、爽やかな清涼感だけが残り、ソフトクリームの甘みがまた追いかけてくる。
「おお、これは面白い……甘さと辛さが癖になるな」
気づけば夢中でスプーンを動かしていた。わさびの風味がアクセントになって、ただのソフトクリームよりも後を引く美味しさだ。
ソフトクリームを食べ終え、川沿いを歩いていくと、あちこちに手湯が設けられているのが目に入った。湧き出る温泉に手を浸すと、じんわりとした温かさが指先からほどけていく。歩き疲れた体には、ちょうどいい休憩だった。手湯を巡りながら、独鈷の湯や虎渓橋といった名所も、順に眺めて回る。
◆◆◆◆◆
門前町の一角で、「伊豆半島ジオパークミュージアム ジオリア」と書かれた、看板を見つける。
「ジオパーク?……なんだ?」
少し気になって、看板の先へと向かう。
ミュージアムには、伊豆半島の地形模型や、火山活動の仕組みを解説したパネルがずらりと並んでいた。受付に座っていた、ジオパークのロゴ入りベストを着た年配のスタッフが、笑顔で声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。観光ですか?」
「ええ、観光でちょっと。ジオパークって、よく看板で見かけますけど、具体的には何なんです?」
「簡単に言うと、ユネスコが認定した貴重な地質や地形がある場所のことなんですよ。伊豆半島は、もともと遠い南の海にあった火山島が、プレートの動きで日本列島に衝突してできた土地なんです」
スタッフが壁の模型を指し示しながら、嬉々として説明を続ける。
「本州にぶつかる前は、伊豆半島は海底火山だったんですよ。それが長い年月をかけて本州にめり込んで、今の形になりました。だから伊豆には、火山由来の地形がたくさん残っているんです」
「へえ……温泉も、そのおかげってことですか」
「その通り! 修善寺温泉もそうですし、天城山系も、海岸沿いの奇岩も、ぜんぶ火山活動の名残なんですよ」
卓上に置かれたパンフレットを一部手に取る。表紙には、お椀を伏せたような特徴的な山の写真が載っていた。
「これは?」
「大室山ですね。四千年ほど前の噴火でできた、スコリア丘という火山地形です。きれいな円錐形が、丸ごと残っているのが珍しいんですよ。リフトで登れて、頂上からの眺めが素晴らしいです。近くには小室山という、もう少し古い火山もありますよ」
「スコリア丘……全部、火山でできた山なんですね」
「そうなんです。伊豆半島は狭いエリアの中に、たくさんの火山地形がぎゅっと詰まっている、世界的にも珍しい場所なんです」
スタッフの話しぶりには、ちょっとした誇らしさがにじんでいた。
「せっかくなので、よかったら足を延ばしてみてください。城ヶ崎海岸の柱状節理も見応えがありますし、堂ヶ島の洞窟クルーズも人気ですよ」
「ありがとうございます。時間があれば回ってみます」
パンフレットを鞄にしまい、案内所をあとにする。
◆◆◆◆◆
門前町をぶらぶら歩いていたら、そろそろ昼時だ。
古い蕎麦屋ののれんをくぐる。
「修善寺といえば、蕎麦だよな」
席に着くと、店員さんが生わさびと小さな鮫皮のおろし板を運んできてくれた。目の前で自分ですりおろすスタイルらしい。
わさびをおろし板にあて、円を描くようにすりおろしていく。つんとした香りが、ふわりと立ちのぼった。すりたてのわさびは、市販のチューブとはまるで違う、瑞々しい香りがする。
やがて運ばれてきたのは、艶やかな蕎麦と、しっかりとしたつゆ、そしてサクサクに揚がったエビの天ぷらだ。
「いただきます!」
まずは蕎麦に、すりたてのわさびをたっぷりと乗せる。つゆにくぐらせて、一気にすすり上げる。
ずるずるっと喉を通る瞬間、蕎麦の香ばしい風味と、わさびのつんとした辛味が一気に押し寄せてくる。すりたてのわさびは、辛さの奥にほのかな甘みと旨味があり、つゆの出汁の香りと溶け合って、何とも言えない清涼感を生み出していた。
「これが本物のわさびか……全然違うな」
続いて、エビの天ぷら。まずは塩をふって箸をのばす。
かぶりつくと、ぷりっと弾力のある海老の身から甘みがじゅわっと口に広がり、サクサクの軽やかな衣との食感のコントラストがたまらない。
天つゆに軽くくぐらせて食べると、出汁の旨味が衣に染み込み、また違った味わいになる。蕎麦とわさび、天ぷらを交互に味わいながら、あっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
満ち足りた腹を抱え、蕎麦屋を後にする。
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