052 暴れ牛の肩バラ肉
水曜日――。
地下9階の草原は、風が吹くたびに背の低い草が波のように揺れていた。今日の目的は、今週末の「ご当地グルメフェスティバル」に向けて、あのBBQ店の店員さんが欲しがっていたダンジョン産の牛肉を仕入れることだ。
「物欲センサーかしら、なかなか暴れ牛が出ないわね」
リサが肩をすくめ、剣の柄を指先で弄ぶ。
「金曜日から仕込みをしたいから、期限は明日の閉店まで。時間はまだある、焦らずいこう……って、言ってるそばから一頭来たぞ!」
地響きを立てて、白黒の暴れ牛が突進してくる。俺は右手を前に突き出し、狙いを定めた。
「火の矢!」
放たれた炎の矢が眉間に突き刺さり、牛が悲鳴を上げて足を止める。その一瞬の隙を、リサは逃さなかった。
「もらったーーー!」
踏み込みと同時に振り下ろされた鋼鉄の剣が、首筋を正確に捉える。暴れ牛は短く呻き、次の瞬間には光の粒子となって霧散した。
「やったー! お肉ドロップ!」
光が消えた後に残されたのは、ゴールドと、きれいにラッピングされたずっしりと重い生肉のブロックだった。リサが駆け寄り、目を輝かせて拾い上げる。
「えっと、どれどれ……。お、暴れ牛の肩バラ肉だって! 部位もばっちりね!」
ラベルを確認して満面の笑みを浮かべたリサだったが、すぐに首を傾げた。
「……でも、テレビで見るような霜降り肉じゃないわね」
俺も受け取り、断面をじっくりと観察する。きれいな赤身がぎっしりと締まっている。
「ラノベだと、ダンジョンで落ちる牛肉といえば霜降り肉って相場が決まっているんだが……」
伊勢で食べた、あの見事なサシの入った伊勢牛が頭をよぎる。比べてしまうと、どうにも心許ない。
「これで美味しいBBQが焼けるのかしら?」
「うーん……まあ、ダンジョン産だし、まずいってことはないと思うけど……」
不安そうなリサの顔を見て、俺は少し考えてから口を開いた。
「今度のイベントは結構な規模だし、店側としても材料は多いに越したことはないはずだ。これだけじゃ到底足りないから、もう少し数を確保していこう」
「了解! 牛狩りよーーー!!」
不安を闘志に変えたリサの背中を追いかけ、俺たちはさらなる牛肉を求めて、再び草原を駆け巡るのだった。
木曜日、夜――。
「店員さん、頑張って集めてみたのですが、この肉で大丈夫ですか?」
水曜日と木曜日、二日がかりで地下9階の草原から持ち帰ったダンジョン肉を、カウンターにずらりと並べる。暴れ牛の肩バラ肉に胸肉、ワイルドボアの肩バラ肉にあばら肉。俺たちにできる精一杯だ。
店員さんが肉を一つずつ手に取る。ラベルを読み、断面を真剣に観察する。その目つきは、一切の妥協を許さない職人のものだった。
ゴクリ。
俺もリサも、ツバを飲み込んで見守ることしかできない。カウンターの奥で、冷蔵庫のコンプレッサーがブゥンと唸る音だけが聞こえていた。
店員さんのチェックが終わる。
「いやー、最高のお肉ですよ」
「え!? いいんですか? テレビで見るような霜降りのお肉じゃないけど」
「ああー、詳しく言ってなかったですね。すいません。BBQは低温で長時間、燻製して肉を柔らかくするんで、サシはあんまり関係ないんですよ。むしろ、サシがない方が脂でクドくならなくて本場の味を再現できますね」
「ほっ、そうだったんですね。よかった」
張り詰めていた息が、一気に抜ける。隣のリサも、ほっとした笑顔を浮かべていた。
「お肉を調達していただいたお礼に、何かごちそうしたいんですが、今日はもう食材が……」
店員さんが申し訳なさそうに厨房を振り返る。
「いえいえ、俺たちも閉店ギリギリに来ましたので、お構いなく。ご当地グルメフェス、楽しみにしますね」
「食べに行くわ!」
「ええ、頂いた肉で最高のBBQを作ってお待ちしてますね」
そう言って、店員さんが右手を差し出してくる。
俺はその手をがっしりと握り返した。分厚くて大きい、職人いやピットマスターの手だった。
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ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。




