046 おかげ横丁
お腹がいっぱいになったので腹ごなしを兼ねて、みちひらきの神様として知られる猿田彦神社へと向かった。
静かな境内で手を合わせ、これからのダンジョン探索で迷わず正しい道へ進めるようにと祈願する。
心地よい散歩を終え、再び賑やかなおかげ横丁へと戻ってきた。
通りを歩いていると、香ばしい匂いと『へんば餅』の看板が目に留まった。甘いものは別腹、ということで一つ購入し、食べ歩きを楽しむことにする。
両面にこんがりと丸い焼き目がついた、平べったいお餅。素朴で香ばしい匂いが漂ってくる。
一口かじると、焼き目の部分はサクッと香ばしく、生地全体は驚くほどもっちりとした柔らかな弾力があった。そして中からは、なめらかで口当たりの良いこし餡がたっぷりと溢れ出してくる。
赤福の繊細な甘さとはまた違う、焼きの香ばしさと餅のしっかりとした食感が合わさった美味しさ。素朴でありながら、いくらでも食べられそうな味わいだ。
餅を頬張りながら歩いていると、横丁の中央にある太鼓櫓のほうから「ドン、ドン!」と腹の底に響くような重低音が聞こえてきた。
太鼓の演奏だ。法被姿の打ち手たちが、全身のバネを使って巨大な和太鼓を叩いている。力強く勇ましいリズムと、空気を震わせる躍動感あふれる音の波に、俺は思わず足を止めて聴き入ってしまった。
素晴らしい余韻を感じながらさらに路地を進むと、一軒の酒蔵の前に出た。店先の看板には『伊勢拾萬』とある。
木の温もりを感じるカウンターでは、観光客たちが立ち飲みスタイルで楽しそうに小さなグラスを傾けていた。いわゆる角打ちというやつだ。ああいう粋な飲み方、一度やってみたかったんだよな。
俺は誘惑に抗えずに暖簾をくぐり、カウンターの隅へと陣取った。
まず注文したのは『【生】純米大吟醸』。火入れをしていない生酒特有の、マスカットのように華やかでフルーティーな吟醸香がふわりと鼻腔を抜ける。雑味の一切ない透き通った甘みが舌の上を滑り、驚くほど軽やかに喉の奥へと消えていった。
続いて注文したのは『しぼりたて生原酒』。こちらは水を加えていない分アルコール度数が高く、ガツンとしたパンチのある力強い飲み口だ。とろりとした濃密な米の旨味と深いコクがダイレクトに伝わり、喉を通る時の熱い感覚がたまらなく美味い。
ほろ酔い気分でおかげ横丁をさらに散策し、夕暮れ時の少しノスタルジックな雰囲気を楽しんでいるうちに、少し早いが夕食の時間になった。
選んだのは、老舗の肉料理店『牛拾』だ。
瓦屋根に黒光りする重厚な木造の造り。歴史と風格をひしひしと感じさせる立派な外観を前に、俺は思わず足を止めた。
「いかにも高そうだな」
おっさん一人で入るには少しばかりハードルが高い佇まいにビビりつつも、せっかく伊勢まで来たのだ。ここで引き下がるわけにはいかない。俺は少しだけ気合を入れ入店した。
落ち着いた和の空間に通され、メニューを開く。少し迷った末に、伊勢肉のモモとウデを使った『拾吉鍋(牛鍋)』を注文した。合わせるお酒は、先ほどの伊勢拾萬で造られている銘柄の冷酒『おかげさん』を一合だ。
まずは『おかげさん』をちびりちびりとやりながら待っていると、目の前のコンロに黒光りする鉄鍋がセットされた。
グツグツと煮立つ濃い色の割り下の中で、美しい赤身とサシの入った伊勢肉が徐々に色を変えていく。甘辛い醤油とザラメが焦げる、暴力的なまでに芳ばしい香りが立ち上り、一気に胃袋が掴まれる。
絶妙な火加減になったところを見計らい、肉を一枚引き上げて溶き卵にたっぷりと絡め、口へ運ぶ。
「うまいっ、そして柔らかいっ」
赤身の旨味がぎっしりと詰まったモモ肉と、適度な脂の甘みが乗ったウデ肉。どちらも驚くほど柔らかく、噛み締めるたびに濃厚な肉汁と、割り下のコク深い甘辛さが一体となって口の中で爆発する。そこにまろやかな卵がねっとりと絡みつき、すき焼きならではの至高の味わいへと昇華させていた。
そこに冷酒をキューッと流し込む。
スッキリとした端正な辛口の日本酒が、口の中の濃厚な肉の脂と甘さを綺麗に、リセットしてくれる。そしてまたすぐに次の肉が食べたくなる。
ネギや豆腐といった脇役たちも、伊勢肉の旨味がたっぷりと溶け出した割り下を吸い込み、最高の酒の肴になってくれた。
極上の肉と酒を堪能し、すっかり心身ともに満たされた俺は、お会計を済ませて外へ出た。
夜の帳が下り、昼間の賑わいが嘘のように静まり返った伊勢の街並みを、俺はゆっくりと歩き出した。
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