↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
45/56

045 伊勢神宮

土曜日。


最寄り駅から電車を乗り継ぎ、名古屋駅を経由して近鉄特急に揺られること数時間。俺は目的地である三重県の伊勢市へと到着した。


「あー着いたー。お? 流石、伊勢市、駅前に鳥居がある。鳥居をくぐってそのまま進めばいいのかな?」


俺と同じく伊勢神宮にお参りに来ただろう観光客の後ろについて歩いて行く。


お伊勢参りは古くから『外宮先祭』とされ、外宮から内宮へ参拝する習わしがある。

と、前で歩いていた観光客が連れの人に話していた。






外宮参道を進むとやがて街中なのに緑豊かな森が見えてくる。


まずは伊勢神宮外宮からの参拝だ。


緑に包まれた参道を進み、美しいアーチを描く木造の『表参道火除橋』を渡る。俗世から切り離されたような、ピンと張り詰めた静謐な空気が心地よい。


手水舎で冷たい水を手と口を清め、ザクッ、ザクッと玉砂利を踏みしめながら奥へと進む。


たどり着いた御正宮の前で、深く頭を下げる。二拝二拍手一拝。静かに目を閉じ、胸の中で願いを込めた。


(どうか、これからのダンジョン探索でケガをしませんように……)


年末には探索者の武闘大会も控えているし、階層が下がるにつれてモンスターたちの攻撃も激しさを増している。日々の平穏と命を守るための、切実な願いだった。




その後、木漏れ日が差し込む境内の森に鎮座する多賀宮、土宮、風宮と順に別宮を参拝して回る。


参道を歩く途中、広々と水を張る勾玉の形をした『勾玉池』の前に立ち止まった。案内板に目をやると、春になると色鮮やかな花菖蒲が一面に咲き誇るらしい。


「春になったら、また見に来たいな……」


静かな水面を眺めながら、俺は一人ごちた。






外宮での参拝を終えた俺は、バスに乗って伊勢神宮内宮へと移動する。


内宮の入り口、神域との境界にかかる『宇治橋』を渡ると、外宮よりもさらに一段と神聖な空気が濃くなった気がした。


参道を進み、五十鈴川御手洗場(いすずがわみたらしば)へと向かう。敷き詰められた石畳の先、澄み切った川の清流に手を浸すと、刺すような冷たさで身も心も清められ、川のせせらぎと共に、心の奥底まで洗い流されていくようだ。


天を突くような巨木が立ち並ぶ荘厳な参道を歩き、天照大御神を祀る内宮の御正宮へと至る。

石段を上り、風に揺れる白い御とばりの前で再び手を合わせた。


(ダンジョンでケガをしないように。リサと共に、毎回無事に地上へ帰れますように)


深く一礼して御正宮を後にし、続いて荒祭宮、風日祈宮と別宮の参拝を済ませた。




帰り道、参道の途中にあるベンチに腰を下ろし、鞄から御朱印帳を取り出してページを開く。

真っ白な和紙に押された鮮やかな朱色の印と、力強く流麗な墨文字の筆遣い。それを見つめていると、自然と心が凪いでいくのを感じた。






リサの提案で半ば強引に決められた旅だったが、こんなに穏やかで清々しい時間を過ごせるのなら悪くない。


「本当に、来てよかったな」

高く澄み渡った空を見上げながら、俺は静かに呟いた。





内宮の参拝を終え、宇治橋から歩いてすぐの『おかげ横丁』へと足を向けた。


江戸時代から明治期の伊勢の町並みを移築・再現したという通りは、大勢の観光客で賑わい、あちこちから食欲をそそる美味そうな匂いが漂っている。すっかり腹を空かせた俺は、昼食をとるために伊勢うどんの看板を掲げた店へと入った。




席で待つこと数分。目の前に現れたのは、湯気をもうもうと立ち上らせる一杯のうどんだ。


「おお……太い!」


白い丼の底に張られているのは、底が見えないほど漆黒のタレ。そしてその上に鎮座しているのは、箸で持ち上げるとズシリと重みを感じる極太麺だ。トッピングは刻みネギだけという潔さである。


タレをよく絡ませてから豪快にすする。

その瞬間、見た目の強烈さからは想像もつかないほど、まろやかで奥深い旨味が口いっぱいに広がった。


「うまい! それに、すごく柔らかい」


讃岐うどんのような強いコシとは対極にある、フワフワ、モチモチとした優しい食感。噛むというよりも、唇で挟むだけでホロリと解けていくような柔らかさだ。


真っ黒なタレの正体は、たまり醤油。塩辛さは全くなく、カツオ節や昆布の濃厚な出汁の風味と、みりんのコク深い甘みが極太の麺にしっかりと染み込んでいる。シャキシャキとした青ネギの清涼感が絶妙なアクセントになり、甘辛いタレと炭水化物のハーモニーが、体に染み渡っていく。


七味唐辛子をパラリと振りかけると、ピリッとした辛味がタレの甘みをさらに引き立て、あっという間に丼を空にしてしまった。




腹ごなしも兼ねて、再びおかげ横丁の散策に戻る。


石畳の通りには、海産物の乾物屋、伊勢木綿の雑貨店、真珠のアクセサリーショップなどが所狭しと並んでいた。


「いろいろあって目移りするな……」


キョロキョロと店先を眺めながら、リサへのお土産を探す。

やはり食べ物がいいかなー。そう思って歩いていると、とある雑貨屋の店先で、白い犬をモチーフにした可愛らしいグッズの数々が目に留まった。


「『おかげ犬』……?」


添えられたポップの解説を読んで納得する。江戸時代、病気などで伊勢神宮へ参拝に行けない主人の代わりに、近所の人や旅人に連れられてお参りをした犬たちのことらしい。


しめ縄を首に巻いた、どこか愛嬌のある白い犬のマスコット。ダンジョン探索のお守り代わりにもなりそうだ。俺は自分用に手ぬぐい、リサへのおみやげとしてハンカチを購入する。


お土産も決まり、心置きなく歩き回っているうちに、自然と甘いものが欲しくなってきた。






デザートはもちろん決まっている。伊勢神宮といえば赤福餅だ。

風情ある店の縁台に腰を下ろすと、ほどなくして朱色のお盆に乗った出来立ての『赤福餅』と、熱いほうじ茶が運ばれてきた。


五十鈴川の清流を模したという、三本の筋がくっきりとついた美しいこし餡が、艶やかに光っている。

箸で形を崩さないように慎重に持ち上げ、そのまま一口。


舌に触れた瞬間、きめ細かく裏ごしされたこし餡が、まるで雪のようにスーッと滑らかに溶けていった。小豆の雑味を一切感じさせない、上品で透き通るような甘さ。


そして餡に包まれたお餅は、赤ちゃんのほっぺたのように柔らかくい。噛む力をほとんど必要とせず、こし餡と餅が口の中で完璧に一体となって別腹へと滑り落ちていく。


甘さの余韻が残る口へ、急須で淹れられた熱々の番茶を流し込む。


「……ふぅっ」


ほうじ茶特有の香ばしい薫気と、キリッとした渋みが口の中をさっぱりと洗い流し、またすぐに二つ目の赤福へと手が伸びてしまう。




伊勢うどんで満腹だったはずなのに、そのあまりの洗練された味に、気がつけばお皿は空っぽになっていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もしよろしければ、『ブックマーク』と『★評価』をしていただけると、ものすごく嬉しいです。

これからも頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!


ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。