044 カオマンガイ
「さーて、今日はどこで飲む?」
ダンジョンから地上へ戻り、薄暗くなった街を歩きながらリサが上機嫌で尋ねてくる。
「昨日はオシャレな立ち飲みだったからな、今日は落ち着いた店で……ん? ここはタイ料理?」
ふと目に留まったのは、エスニックな看板と象の置物が飾られたお店だった。換気扇からはスパイスとナンプラーの独特な香りが漂い、猛烈に胃袋を刺激してくる。
「おー、よさげじゃん。今日は、ここにしよう!」
カラン、とドアを開けて入店する。
「イラッシャーイ」
タイの民族衣装を身にまとった陽気な店員さんが、両手を合わせて出迎えてくれた。
案内されたテーブル席で、異国情緒あふれるメニューを開く。
「ビールは、シンハービールにチャーンビールか……うむ、飲み比べてみるか」
「あ、私も同じの飲むね。おつまみはどうしようか」
「タイ料理か……カオマンガイを炊飯器で作るのは邪道だとか、キュウリはスライスを三枚とか、トマトは添えない論争があるのは、知ってるが……」
俺がネットで聞きかじった知識を語っていると、お冷を持ってきた店員さんが笑って話しかけてきた。
「スイハンキデ、ツクッテナイヨー。オイシイヨー」
「じゃあカオマンガイ、二人分頼もっか」
リサがさっそく、注文を決める。
「あとは、ガイヤーン……タイ風焼鳥と、ポッピアソット? 生春巻きか……こんな感じでどうだ?」
「いいね。じゃあ、それお願いしまーす」
「ハーイ、チョットマッテテネー」
しばらくして、よく冷えたシンハービール、そして生春巻き(ポッピアソット)が運ばれてきた。
「それじゃ、乾杯!」
「乾杯!」
キンキンに冷えたシンハービールを喉に流し込む。
強めの炭酸と共に、ホップのキリッとした苦味とスパイシーな香りが弾けた。東南アジア特有の蒸し暑い気候に合わせたクリアでキレのある喉越しが、ダンジョン探索で火照った体に染み渡る。
ビールを一口飲み落ち着いたところで、色鮮やかな生春巻きに手を伸ばす。
水で戻されたライスペーパーは、箸でつまむとモッチリとした弾力がある。中にはシャキシャキのレタス、千切りのニンジン、パクチーなどの香草、そしてプリップリッの赤い茹でエビがぎっしりと巻かれていた。
小皿のスイートチリソースをたっぷりつけて頬張る。
ライスペーパーの心地よい粘り気の後、新鮮な野菜の瑞々しさと香草の爽やかな風味が口いっぱいに広がる。そこへエビの甘みと、スイートチリソースのねっとりとした甘辛さ、仄かな酸味が完璧なバランスで絡み合う。
それをシンハービールの苦味で一気に洗い流す。これはたまらない!。
「そういえばおじさん、土日は何するの?」
生春巻きを食べながらリサが尋ねてきた。
「……まあ、何かするつもり……」
俺は露骨に目を泳がせた。
(暇だよな……。ダンジョンは休日で更衣室とか混むけど、5階のワープ部屋で着替えればいいんだし、ソロで潜るのもありだよな……)
そんな思考を読み透かしたように、リサがジト目を向けてくる。
「もしかして、一人でコソコソ探索するつもり? 人には『休むのも仕事だ』とか偉そうに言ったくせにー」
「……ソ、ソンナコトシナイヨー」
俺は必死に誤魔化した。
「はあ……そんな休日予定がなくて暇なおじさんにピッタリのアプリ。ガチャガチャ・トラベルアプリ〜〜!」
リサが某猫型ロボットのモノマネをしながらスマホを取り出し、画面を見せてくる。そこには可愛らしいカプセルトイのイラストが描かれていた。
「ほらほら、これ押してみて。ランダムで旅先を選んでくれて、旅のプランも組んでくれるんだよ。今回は、一泊二日で近場が出るように設定しておいたから。とりあえず押してみてよ」
「行くとは限らないぞ」
「まあまあ、いいから! いいから!」
「仕方ないな。ポチッとな」
画面のガチャガチャのハンドルが回り、コロンとカプセルが出てきてパカッと開いた。
「三重県伊勢市?」
「ほうほう、伊勢神宮におかげ横丁、夫婦岩ねー。いい感じじゃん! 旅のプラン、スクショして送っておくね。お土産お願いねー!」
有無を言わさぬ圧に、俺は苦笑して降参した。
「伊勢神宮かー。まあ、探索の安全祈願をしに参拝するか」
そんなやり取りをしていると、シンハービールと生春巻きがなくなったタイミングで、チャーンビールと、カオマンガイ、そしてガイヤーン(タイ風焼鳥)がテーブルに届いた。
まずはチャーンビールを一口。
先ほどのシンハーと比べると、苦味は控えめでフルーティー。ほんのりと甘みを感じるなめらかな口当たりで、スパイスの効いた料理とよく合いそうだ。
続いてガイヤーン(タイ風焼鳥)にかぶりつく。
特製の甘辛いタレとニンニク、パクチーの根などでしっかりとマリネされた鶏肉は、炭火で皮がパリッパリに香ばしく焼き上げられている。一口噛めば、焦げ目の香ばしさと共に、ぷりぷりの肉から熱い肉汁がジュワッと溢れ出した。添えられたタマリンドベースの酸っぱ辛いタレ(ナムチムジャオ)を少しつけると、強烈な旨味と酸味が口の中で爆発し、チャーンビールが無限に飲めてしまう。
そして真打ち、カオマンガイだ。
丸鶏をじっくり煮込んだスープで炊き上げられたジャスミンライスは、鶏の良質な脂で艶やかに光り輝いている。その上に乗った分厚い茹で鶏は、信じられないほどしっとりと柔らかい。
タイの味噌やニンニク、生姜がガツンと効いた特製の黒っぽいタレをたっぷりとかけ、ご飯と一緒にスプーンで大きくすくって頬張る。
「うまいっ! 鳥の出汁が米に染み込んで最高だ!」
鶏肉の旨味を限界まで吸い込んだパラパラのジャスミンライスと、柔らかい鶏肉の食感が口の中でホロホロと崩れ、タレの濃厚なパンチがそれを一つにまとめ上げる。
そして箸休めに、論争の的である付け合わせのキュウリを齧る。ポリッとした瑞々しい食感が、口の中の脂っこさを完璧にリセットしてくれる。なるほど、このキュウリは絶対に必須だ。
「初めて食べたがタイ料理、おいしかったな」
「でしょー。また食べに来ようね。それじゃ、おじさん、旅行楽しんできてね!」
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ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。




