042 バル
ダンジョンから出て、俺たちは外の空気を大きく吸い込んだ。
「それにしても、この辺りも随分と栄えてきたな」
辺りを見渡すと、ダンジョンが出現した当初は殺風景だったこの場所も、コンビニやファーストフード店、それに探索者目当ての居酒屋がいくつも軒を連ねている。
「ゴールドがそのまま使えるお店も多いし、すごく便利になったよね」
「そうだな。おっ、あそこはバルか? おしゃれな店だな。おじさんは、ああいうところはちょっと入りづらいな」
赤と黒を基調としたシックな外観に、ガラス張りの開放的な入り口。いかにも若者や女性が好みそうな、店構えだ。素通りしようとした俺の腕を、リサがガシッと掴む。
「えーっ、せっかくだから飲んでいこうよ!」
「おい、引っ張るなよ!」
強引に腕を引かれ、俺はなすすべもなくバルの中へと引きずり込まれた。
「どれどれ、えーっと、メニューは……」
カウンターに陣取り壁の黒板やテーブルに置かれたメニューに目をやる。
キャロットラペ
レバームース
トルティージャ
ブラバスソースのポテト
クロケッタ
タコのガリシア風
…………
「……何を頼めばいいのか、さっぱり分からないな」
「もう、こういうのは勘で適当に頼めばいいのよ。すいませーん! エビのアヒージョと、本日のピンチョス、あとシーフードパエリア、それからおつまみセットお願いしまーす!」
リサが流れるような手つきで店員を呼び、パパッと注文を済ませてしまう。おつまみセットの内容は、チーズ、生ハム、オリーブらしい。
「酒は、ビール、ワイン、サングリア、ベルモット、シェリーか……なあリサ、ベルモットとシェリーって、どんなお酒か知ってるか?」
「し、知ってるわよ。あれよあれ、探偵漫画に出てくる黒い組織の……」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。見かねた店員さんが、苦笑いしながら助け舟を出してくれた。
「ベルモットは、白ワインにハーブやスパイスなどの薬草を加えて風味をつけた食前酒です。シェリーは、醸造工程でアルコールを添加して度数を強くした、スペイン特有の酒精強化ワインですね」
「なるほど……それじゃ俺は、そのベルモットを」
「私はサングリアをお願い!」
「かしこまりました」
すぐに、琥珀色のベルモットと、色鮮やかなサングリア、そして木のプレートに乗ったおつまみセットが運ばれてきた。
「それじゃ、今日も無事に帰還できたことを祝って……乾杯!」
「乾杯!」
カチン、とグラスを軽く鳴らす。
まずはベルモットをひと口。
白ワインのフルーティーな酸味と共に、何種類ものハーブが織りなす複雑でボタニカルな香りが鼻腔をフワリと抜けていく。後味には心地よいほろ苦さが残り、それが胃袋を刺激して猛烈に食欲を掻き立ててきた。初めて飲んだが、これは美味い。
すかさず、プレートの生ハムをつまむ。
透き通るほど薄くスライスされた生ハムは、舌の上に乗せた瞬間、体温で上質な脂がスッととろけ出した。熟成された豚肉の強烈な旨味と、ガツンと効いた塩気が口いっぱいに広がる。そこへハーブの香るベルモットを流し込むと、肉の脂を綺麗に洗い流しつつ、見事なマリアージュを奏でる。
生ハムの次はオリーブを食す。プツッとした歯ごたえと共に、程よい酸味と塩水が弾け、口の中をさっぱりとさせてくれる。さらに、濃厚でクリーミーなチーズをかじれば、これまたすぐにお酒が欲しくなる。完璧な無限ループだ。
ベルモットとおつまみセットが綺麗になくなる頃、厨房から香ばしい匂いと共に残りの料理が運ばれてきた。
「おー、こりゃ美味そうだな。店員さん、今度はシェリーをおかわりで」
「はあー、美味しそうないい匂い! 私は、白ワインおかわりー」
「はーい、ただいまー!」
目の前には、小さな鉄鍋でグツグツと煮えたぎるエビのアヒージョ。
たまらず、添えられたバゲットをガーリックオイルに浸し、火傷に気をつけながら大ぶりのエビと一緒に頬張る。
「熱い! けど、うまい!」
オリーブオイルには、ニンニクの強烈なパンチとエビの濃厚なミソの旨味がこれでもかと溶け出している。プリップリのエビの食感と、オイルをたっぷり吸ったバゲットの破壊力は凄まじい。
そこへ、店員さんが持って来てくれたシェリー酒を一口。
通常のワインよりもアルコール度数が高く、ガツンとした重厚な飲み口。だが、その奥にはアーモンドやローストしたナッツのような深い香ばしさとコクがあり、アヒージョの強烈なニンニクとオイルを力強く受け止める。
「これは……オイルだけでも酒が進む! たまらん!」
続いて本日のピンチョス。
小さく切られたフランスパンの上に、スモークサーモンとクリームチーズ、ディルが綺麗に盛り付けられている。一口で放り込むと、サーモンの燻製の香りとチーズの酸味が一体となり、極上のハーモニーが流れ出す。
「おいしいわねー。店員さん、ピンチョスの三種盛り合わせ追加でー」
そしてシメは、シーフードパエリアだ。
サフランで鮮やかな黄金色に染まった米をスプーンですくう。
米の一粒一粒に、ムール貝やアサリ、イカ、エビといった魚介の旨味スープが限界まで吸い込まれており、噛み締めるたびに海の恵みが口の中で爆発する。鍋肌にくっついたカリカリのおこげの香ばしさがまた絶品で、シェリー酒の最後の一滴まで見事に寄り添ってくれた。
「ふう……食った食った」
「美味しかったねー! おじさん、たまにはこういうオシャレなところも良いでしょ?」
「そうだな。ありがとな」
リサがサングリアのグラスを空にしながら、得意げに笑う。
おじさん一人だと絶対に入りづらかったし、そもそも選択肢にすら入らなかっただろう。
だが、リサが強引に引っ張ってくれたおかげで、また一つ良い店と美味い酒を知ることができた。
若い行動力に、俺は感謝の念を抱いたのだった。
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ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。




