035 地下7階
「おじさん、おはよう! 休みはどうだった?」
火曜日の朝、ダンジョン前で顔を合わせるなり、リサが元気な声で尋ねてきた。
「とっても有意義に過ごせたよ」
俺は平静を装って答える。……有意義だっただろう。神社にお参りして、あとはひたすら美味いものを食い歩いただけだが。
「へえ、今日は地下7階にアタックするつもりでしょ? 6階の大草原は移動ばっかりで暇だから、歩きながらおじさんが何したか話そっか」
「……おじさんの休日なんて聞いても、全然楽しくないと思うぞ」
ほぼほぼ食べ歩きで終わった休日など、若い女の子が聞いたところで反応に困るだけだろう。
しかし、広大な草原を歩いている道中も「えー、教えてよー!」と隣で食い下がられ、結局観念して休日の行動を正直に白状する羽目になってしまった。
「へえー、食べ歩きに、飲み歩きに神社かー。いい感じじゃん」
「そういう、リサは何してたんだ?」
「私はねー、美味しいスイーツ食べて、美術館行って、ウインドウショッピングして、居酒屋で飲んでた」
(……最後がなければ、可愛い女の子の休日なのにな)
心の中でそっとツッコミを入れた瞬間、リサがジト目でこちらを覗き込んできた。
「今、『最後がなければ、女の子らしいのに』って思ってるでしょ」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
見事に図星を突かれ、俺は思わずカタコトになって目を逸らした。
地下6階の草原を抜け、地下7階へと続く巨木の根本にある入り口に到着する。
階段を下りる前、俺は足を止めてリサに向き直った。
「さて、地下7階だが、新しく『草原ウルフ』と『ゴブリンアーチャー』が追加される」
「草原ウルフは、緑の毛のオオカミだっけ」
「ああ。草の保護色になっていて目視しにくいから注意してくれ。まあ、俺の『索敵』があるから奇襲されることはないと思うが」
「うん、頼りにしてる」
「で、作戦なんだが。ゴブリンアーチャーと他のモンスターが一緒に現れたら、俺が厄介なアーチャーを優先して魔法で焼く。向かってくる近接モンスターの対処はリサに任せたい」
「OK、わかった」
打ち合わせを終え、俺たちは巨木の中にある石階段を下りて地下7階へと足を踏み入れた。
「さて、ここも6階と同じような見渡す限りの大草原か。道に迷わないように、まずは次の地下8階へと続く巨木を真っ直ぐ目指して歩くか」
膝ほどまである青々とした草を掻き分けながら、遠く地平線に見える新たな巨木を目標に進む。
しばらく歩いたところで、俺の『索敵』がモンスターの反応を捉えた。
「前方に反応5。3体がこちらに近づいてきて、2体は動かない」
「OK。3体は私に任せて! おじさんは動かない方を」
「おう!」
リサが前へ出て鋼鉄の剣を構える。
ガサガサと草むらが揺れ、前方から現れたのは予想通り、緑色の毛皮を持った草原ウルフ1匹と、通常のウルフが2匹だった。
動かない方の2体は、おそらく遠距離攻撃を狙うゴブリンアーチャーだろう。
草むらに寝転がって身を潜めているのか、目視では全く確認できない。
俺は牽制として、アーチャーが潜んでいそうな反応のある場所へ向け、当てずっぽうで魔法を放つことにした。
「小火球!」
手のひらサイズの火の玉が飛んでいき、草むらの奥に着弾して小さな爆発を起こす。
炎と爆発音に驚いたのか、少し離れた場所から1匹のゴブリンアーチャーがたまらず草むらから飛び出し、こちらへ向けて粗末な弓を構えた。
「火の矢!」
弓を引き絞るより早く、俺の放った炎の矢がゴブリンアーチャーの胸元に真っ直ぐ突き刺さる。アーチャーは一瞬で燃え上がり、光の粒子となった。
視線をリサに戻すと、草原ウルフたちと接触していた。
彼女は盾で的確に攻撃をいなしながら、手早く2匹のノーマルウルフを斬り捨て、残る草原ウルフと一対一の状況に持ち込んでいた。無駄のない動きで、全く危なげない戦いぶりだ。
だがその時、索敵に引っかかっていたもう1体のゴブリンアーチャーが、別の草むらから音もなく立ち上がった。
奴は前衛で剣を振るうリサをはっきりと標的に定め、ギリギリと弓を引き絞る。
「危ないっ!」
俺は咄嗟にリサとアーチャーの射線の間に割り込むようにして木の盾を構えた。
同時に、空いた右手で狙いをつける。
「火の矢!」
指先から放たれた炎が空を切り裂き、アーチャーの顔面に直撃して激しく燃え上がらせる。
ドスッ!
魔法が当たる寸前にアーチャーが放った矢が、俺の構えた木の盾に突き刺さり、鈍い音を立てた。間一髪だった。
「ふうっ、でりゃあ!」
その直後、リサの鋭い掛け声と共に鋼鉄の剣が一閃し、草原ウルフが両断されて光の粒子へと変わった。
「おじさん、そっちも終わったみたいだね」
剣を納めながら、リサが明るい声で話しかけてくる。
「ああ。怪我はないか? アーチャーが、戦っている最中のリサの背中を狙っていた。アーチャーとの間にモンスターがくるように位置取り出来るか?」
俺が盾に刺さった矢を指差して見せると、リサは目を丸くして少しだけ表情を引き締めた。
「ありがとうおじさん。近接戦をしながら、アーチャーにも注意して立ち回らないといけないのか。……これから大変になりそうだね」
俺達は難易度が一段上がったことを肌で感じながら、ドロップしたゴールドを拾い集め、巨木を目指して再び草原を歩き出した。
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ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。




