↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/53

032 世界の川ちゃん

アパートに帰宅し、今日授かったばかりの御朱印帳を、部屋の隅にあるラックの最上段へ丁寧に飾った。


ケトルでお湯を沸かしてコーヒーを淹れ、マグカップを片手に買ってきたアウトドア料理の本のページを開く。


「ワープがあるから長期間、ダンジョンに潜ることはないが、一泊二泊でも結構な量になりそうだな……」


バーナー、クッカーセット、クーラーボックス。写真付きで紹介されているキャンプ用品の数々を眺めていると、バックパック一つに収めるにはかなりの取捨選択が必要になることがわかってきた。


「これはキャンプ用品じゃなくて、登山用品から選んだほうがよさそうだ。俺一人なら、レトルトや缶詰、パックご飯でもいいけど……ちゃんと考えるのは、その時になってからでいいか」




パタンと本を閉じる。

窓の外を見ると、いつの間にかすっかり日が落ちて、街灯が灯り始めていた。


「……酒を飲みに行こう!」


思い立ったら吉日。俺は財布とスマホだけをポケットに突っ込み、駅前へと向かった。

しかし、いつも行く馴染みの居酒屋は日曜休みでシャッターが下りている。


「今日は、ここにするか」


駅前のネオンの中でひときわ目立つ、見慣れた看板。『世界の川ちゃん』の引き戸を開け、活気あふれる店内のカウンター席に腰を下ろした。


「注文お願いします。夢幻(むげん)の手羽先、みそ串カツ、どて煮、ビール中ジョッ……」

言いかけて、ふとメニューの隅にある文字が目に留まった。


『ドラフトギネシュ』


アイルランド発祥の世界的にも有名な黒ビールだ。

そういえば今まで飲んだことがないな。試しに飲んでみるか。


「――いや、ビールはやめて、ドラフトギネシュを一つ」

「はい! よろこんでー!」




すぐに、真っ黒な液体に真っ白な泡が乗ったドラフトギネシュと、小鉢に盛られた『どて煮』が運ばれてきた。


「いただきます!」


まずはドラフトギネシュのグラスを傾け、味を確かめるようにゆっくりと飲む。


唇に触れた瞬間、きめ細かくクリーミーな泡が絹のようになめらかに流れ込んできた。いつものラガービールのような喉を刺す強い炭酸はない。


その代わり、深くローストされた麦芽の香ばしい香りと、エスプレッソのような心地よいビターな苦味が口いっぱいに広がる。


濃厚な見た目に反して後味は驚くほどスッキリしており、静かにじっくりと味わいたくなる大人の一杯だ。




黒ビールを味わったあとは、湯気を立てる『どて煮』をつまむ。

愛知名物の八丁味噌で真っ黒になるまで煮込まれたモツとコンニャク。箸で持ち上げると、モツはホロホロと崩れそうなほど柔らかい。

口に入れると、赤味噌特有の強いコクと深い甘みが爆発し、濃厚な旨味の塊と化す。


そこへすかさずギネシュを流し込むと、味噌の強烈なパンチを黒ビールのロースト香が優しく包み込む。

まさにアイルランド発祥の黒ビールと、名古屋のどて煮に国際結婚だ!




ドラフトギネシュとどて煮がちょうど空になる頃、絶妙なタイミングで『幻の手羽先』と『みそ串カツ』が運ばれてきた。


「追加でお酒を……」


いつものビールでもいいが、今日はせっかくだから違うものを飲んでみるか。メニューの日本酒コーナーに目をやる。


「『銀鯱夢吟香(ぎんしゃちゆめぎんが)』をお願いします」

「はい! よろこんでー!」


酒が来る前に、まずは山ちゃんの代名詞『夢幻(むげん)の手羽先』を手に取る。

関節を捻って二つに割り、口の中に肉を入れ骨を一気に引き抜く。


「うまっ……そして、辛っ!」


パリッと香ばしく揚がった皮に、甘辛いタレと、これでもかとまぶされた特製コショウの強烈なスパイシーさが襲いかかってくる。胡椒のビリビリとした刺激の奥から、ジューシーな鶏肉の旨味が溢れ出し、否が応でも強烈に水分を欲する味だ。




「銀鯱夢吟香、お待ち!」


そこへ、徳利とぐい呑が到着した。

急いでぐい呑に日本酒を注ぎ、口をつける。


「……おおっ」


フルーティーで華やかな香りが鼻を抜け、口当たりは驚くほど滑らか。愛知県産の酒米『夢吟香』が持つ米のふくよかな旨味がしっかりと感じられるのに、後味はキリッと澄み切っている。この透明感のある日本酒が、手羽先の胡椒で火照った口の中を一瞬で清涼な状態へとリセットしてくれた。




その勢いのまま、『みそ串カツ』に手を伸ばす。

きつね色に揚がった串カツが、濃厚な赤味噌ダレにどっぷりと浸かっている。

かじりつくとタレが、しっとりと濃厚な甘辛さを主張してくる。中からは熱々でジューシーな豚肉の脂がジュワッと溶け出し、味噌のコクと完璧に融合した。口の中がコッテリとしたところへ、キレのある銀鯱夢吟香を流し込む。


豚肉の脂を日本酒がスッと洗い流し、また次のひと口を永遠に繰り返したくなる無限ループが完成してしまった。






「ふぅ……」


最後の一滴まで飲み干し、空になった皿を見つめて大きく息を吐く。

少し冒険して頼んだ酒だったが、どれも名古屋めしの濃い味付けに負けない最高のお供だった。


これからは、こういう探索をしていくのもいいかもしれない。


「ごちそうさまでした」


心地よいほろ酔い気分で席を立ち、俺は充実した日曜日を締めくくったのだった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もしよろしければ、『ブックマーク』と『★評価』をしていただけると、ものすごく嬉しいです。

これからも頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!


ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。