023 鋼鉄の剣
朝八時。俺はダンジョンの入り口で、人を待っていた。
待ち人は、神崎リサ。昨夜の居酒屋で出会った、金髪ギャルだ。
「昨日の夜は、どうかしてたな……」
少し冷たい朝の空気を吸い込みながら、一人ごちる。酒の勢いが手伝ったとはいえ、その日出会ったばかりのギャルと連絡先を交換し、昨日の今日でいきなりパーティーを組むなんて、普段の俺だったら絶対に考えられない行動だ。それだけ、あの時の彼女の「強くなりたい」という真っ直ぐな言葉に惹かれるものがあったのかもしれない。
「おじさーん! お待たせ、待った?」
元気な声に振り返ると、派手な金髪を後ろで束ねたリサが小走りでやってきた。
「あー、今来たとこ。えっと、神崎さん?」
「もー、よそよそしい! リサでいいよ」
彼女はそう言って明るく笑う。
リサの身なりを確認する。使い込まれた革の鎧、革の帽子、そして木の盾。だが、腰に帯びている武器だけは違った。鈍く重厚な光を放つ『鋼鉄の剣』だ。
「鋼鉄の剣か。いいのを使ってるね」
「でしょ? 武器だけは絶対にいいのを使おうって決めてて、必死にゴールド貯めたんだよ」
鋼鉄の剣を自慢する彼女の姿からは、ダンジョン探索に対する本気度がうかがえた。ただチャラチャラ遊んでいるわけではないらしい。
「それで今日はどうする? 安全に地下4階でイノシシ狩りをするか、それとも地下5階のゴブリンに行くか」
「おじさんは、昨日ゴブリン相手にしてどうだった?」
「近接では戦ってない。遠くから魔法で焼き払っただけだ」
「そっか……。それじゃ、一回だけゴブリンと戦ってみて、それから考えてみていい? もし私が危なかったら、援護して」
「了解。道は分からないよな。案内するから俺の後ろに付いてきてくれ」
ダンジョンを素早く降り、俺たちは地下5階へと到着した。
薄暗い石造りの通路を少し進んだところで、俺の『索敵』スキルが前方からの反応を捉えた。
「さて、早速前から一体来るぞ」
「えっ? もう? っていうか、なんで分かるの!」
「ほらほら、喋ってないで武器を構えて!」
俺の指示に、リサは慌てて鋼鉄の剣を引き抜いた。
その直後、角を曲がってボロボロの武器を持った緑色の小鬼――ゴブリンが姿を現した。
『ギギャァッ!』
人間を見つけて奇声を上げ、突っ込んでくるゴブリン。
リサは盾を構えて一歩踏み込み、鋭い掛け声と共に鋼鉄の剣を振り下ろした。
確かな重みを持った剣閃が、ゴブリンを鮮やかに一刀両断する。ゴブリンは断末魔を上げる間もなく、光の粒子となって四散した。
「ふう……っ」
剣を振り下ろした姿勢のまま、リサの肩が大きく上下している。
「大丈夫か?」
「ん。大丈夫。ずっとイメトレしてたし、ネットで討伐動画も何回も見たし、VRゲームでも特訓してきたから……そんなにショックはない、かな」
気丈に振る舞い、見た目は普通にしているが、剣を握る手が微かに震えているのを俺は見逃さなかった。人型を切った感触は、やはり内面にくるものがあるはずだ。
俺は自分のリュックから未開封のペットボトルの水を取り出し、彼女に差し出した。
「とりあえず、5分休憩しよう。大丈夫そうなら探索を続けようか」
「……うん、分かった」
ペットボトルを受け取ったリサは、壁際に座り込んで大きく息を吐いた。
俺はその間に、床に落ちたゴールドを拾い上げる。
「はい、討伐報酬のゴールド。……ああ、ドロップアイテムが出た時の分配方法も、ちゃんと決めておかないとな」
「うん……その辺りは、おじさんが適当に考えておいて」
休憩を終え、少し顔色の戻ったリサにゴールドを渡し、俺たちは探索を再開した。
その後は、俺とリサで交代しながらゴブリンを倒して進んだ。
通路の奥から現れたゴブリンに向け、俺も腰の『ウルフソード』を抜いて構える。
飛びかかってきたゴブリンの攻撃を剣で受け流し、隙だらけになった首元へ刃を滑らせた。
ズブッ。
嫌な手応えと共に、ゴブリンの首が飛ぶ。
肉を切り裂き、骨を断つ生々しい感触。確かに気持ち悪いが、今まで散々ウサギやオオカミ、イノシシを斬ってきた経験の蓄積があるせいか、パニックになるほどのショックはなかった。
それに、致命傷を与えた瞬間に血が流れることもなく、無機質な光の粒子に変わって消滅する様を見ていると、これは生物ではなく、ゲームのモンスターのように作られたモノ、ただのデータなんじゃないか? という感覚になり、人型を殺めたという罪悪感が薄れていくのを感じた。
そんなことを考えると、ふと疑問が湧く。
このダンジョンという存在は、一体何なんだろう。
テレビのコメンテーターや学者の先生たちは、「異世界からの侵略だ」「人類に対する神からの試練だ」「環境破壊を繰り返す人間へ、地球からの警告だ」と、毎日根拠のない仮説を声高らかに唱えている。
だが、結局のところ誰にも真実は分からないのだ。
「まあ、今の俺にとっては、適法に安全に金が稼げればそれでいいか」
思考を切り捨て、ウルフソードの刀身を軽く振って納刀する。
後ろで見ていたリサが、目を丸くしてパチパチと拍手をした。
「おじさん、近接でもいけるんだ! なかなかやるね。かっこいいー!」
無邪気な称賛に少しだけ照れくささを感じながら、俺は「次、行くぞ」と短く返して、地下5階のさらに奥へと歩みを進めた。
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ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。




