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022 アジフライ

ダンジョンを出て、駅前の居酒屋へと通じる細い裏路地を歩く。


「今日も何もなしか」


以前、あの怪しげな魔法屋のテントがあった空き地を通り過ぎながら小さくこぼす。あれ以来、あの魔法屋にはお目にかかれていない。




路地を抜け、赤提灯の灯りに吸い寄せられるように、馴染みの居酒屋の引き戸を開けた。


「いらっしゃい!」


威勢のいい大将の声に迎えられ、カウンター席に腰を下ろす。


「せんべろセット1つ、ビールで」

「はいよっ!」


この店の『せんべろセット』は、ドリンクがグラス二杯、小鉢二つ、焼鳥が二本ついて一千円という、社畜上がりの俺にはたまらない神コスパメニューだ。




今日の小鉢は牛すじの煮込みと、タコとキュウリの塩昆布和えだ。


まずはビールを喉の奥へ流し込む。乾いた体に冷たい炭酸が染み渡り、思わず「くぁーっ」と声が漏れる。喉を通る炭酸の刺激と、ホップの苦味がたまらない。




すかさず、湯気を立てる牛すじ煮込みに箸を伸びす。

こってりとした飴色の汁の中で、大ぶりに切られた牛すじと大根がトロトロに煮込まれている。すじ肉を口に運ぶと、歯がいらないほど柔らかく、噛んだ瞬間に牛の濃厚な脂の甘みと味噌と出汁がジュワッと溢れ出した。味が芯まで染み込んだ大根も格別だ。




そしてタコと塩昆布和え。

ぷりっと弾力のある生のタコに、塩昆布の旨味とごま油の風味がしっかり絡み、シャキシャキとしたキュウリの食感が口の中を爽やかにリセットしてくれる。




さて、今日は他に何を頼もうかな。


一杯目のビールが早くも空になり、二杯目の生ビールと焼き鳥が運ばれてきた。ネギまの塩と、モモのタレだ。


俺はビールを受け取りながら、大将に声をかける。


「大将、アジフライと、もろきゅうちょうだい」

「あいよ!」


焼き鳥のネギま塩を一口。ジューシーな肉汁と、香ばしく焦げたネギの甘みが塩気で引き立てられ、ビールが進む。




その時、隣の席で一人で飲んでいた金髪で派手な服装の女性が、かなり酔っ払った感じで大将に絡み始めた。


「大将ー、友達がさー、パーティー解散するってー」

「あー、そうなんですかー」


大将は苦笑いしながら、串を焼きつつ適当にあしらっている。


「せっかくイノシシ倒せるようになったのにさぁ! ゴブリンはヤダって言うんだよ!? イノシシで十分とか言ってさー。私はもっと強くなりたいのにー!」


かなり派手な見た目なギャルだが、よく見ると結構可愛い。

それにしても、強くなりたいか。彼女の友達がゴブリンで脱落したのは、ネットの掲示板で見た『人型への抵抗感』だろうか、それともイノシシで安定を求めたか。


そういえば俺も、最初は庭のスライムを倒して、そのゴールドを換金するためだけにダンジョンに潜り始めたはずだった。それが気づけば地下5階まで足を伸ばし、さらに奥へ行こうとしている。ゲーム感覚というか、レベルが上がって自分が強くなっていく感覚が楽しいのだ。


これこそがダンジョンの持つ魔力、あるいは誘惑というやつなのかもしれない。




「大将ー、何処かにいい探索者いないー?」

「あー……」


大将が困ったように視線を泳がせ、俺の方を見た。

「んん!?」


金髪ちゃんが、目を丸くして身を乗り出してきた。


「え! おじさん、もしかして探索者!?」

ちょうどそこへ、大将が揚げたてのアジフライと、もろきゅうを運んできた。


「すいません。つい視線を向けちゃって。これ、サービスです」

大将は気まずそうに小鉢のポテトサラダをスッと差し出してきた。俺を売った詫びらしい。


「いえいえ、どーも、ありがとうございます」

ポテトサラダを受け取りながら金髪ちゃんを見ると期待に満ちた目でこちらを見ている。


「あーー、ちょっとソロで潜ってるだけだよ」




俺は苦笑いしながら誤魔化し、狐色にカラッと揚がった熱々の大ぶりのアジフライに視線を落とした。まずは、半身に醤油を垂らしして口へ運ぶ。


サクッ! と小気味よい音が響いた。


粗目の衣のサクサク感のすぐ後に、ふっくらと分厚いアジの身から上品な脂の甘みが溶け出してくる。そこに醤油の香ばしさが加わることで、魚本来の旨味が極限まで引き立てられていた。たまらずビールを流し込むと、油と醤油の香りが綺麗に洗い流され、次のひと口を強烈に欲してくる。


最高だ。やっぱり揚げたてのアジフライには醤油がよく合う。




「ねえねえ! 近くのダンジョンだよね? 私、今まで別のダンジョン潜ってたの! 明日から一緒に潜らない? 連絡先交換しよ!」


隣から猛烈なアピールが飛んでくる。


「うんうん、あとでね。これあげるから」

大将にもらったポテトサラダの小鉢を、なだめるように彼女の前にすっと差し出した。


「わー、ポテサラ! ありがとう!」




金髪ちゃんの意識がポテサラに向いた隙に、俺はアジフライの残りの半分に、今度はウスターソースを回しかけてほおばる。


ソースの濃厚な酸味とスパイスの香りが、アジフライと混ざり合い、一気にジャンクで食欲をそそる味わいへと変化する。醤油の上品さもいいが、このガツンとくるソースのパンチも捨てがたい。


醤油で食べるべきかソースで食べるべきかそれが問題だ。いや、正解はどちらも最高に美味しい。


熱々のアジフライを堪能し、すかさず冷えたビールを流し込む。


口直しに、冷えたもろきゅうを味噌にたっぷりつけてボリボリとかじる。みずみずしいキュウリの食感がたまらない。




「でおじさんは、どこまで潜ってるの?」

金髪ちゃんはもらったポテトサラダをチビチビとツマミながら、興味津々に聞いてきた。


「あー、今日地下5階に潜ったとこ」

「えっ! ソロで5階ってすごいじゃん!」


「いや、運が良いだけだよ」

「ねえ! 明日一日でいいから! 少しだけ、お試しで、先っぽだけでいいからパーティー組も!」


拝むように両手を合わせ、上目遣いで必死に訴えかけてくる。


俺はあまりの必死に苦笑した。




だが、今日の昼間、ちょうど仲間探しにマッチングアプリでも使ってみようかと考えていたところだ。こんな身近な居酒屋で、しかも自分から強くなりたいと前を向いている探索者に出会えるたのは、悪くない偶然かもしれない。


「そうだな……まあ相性とかもあるし、お試しで少しだけ潜ってみるか」

「やったー!」


パーッと顔を輝かせる彼女とスマホを取り出し、連絡先を交換する。


「私、リサ! 神崎リサ! 前衛で剣士だよ。よろしくね、おじさん!」

「柏木湊。……まあ、おじさんでいいよ。酒場で仲間を見つけるとかゲームみたいだな」


いつの間にかダンジョンに魅せられ、ソロでひっそり活動していた俺の日常に、少しだけ騒がしい変化が訪れようとしていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もしよろしければ、『ブックマーク』と『★評価』をしていただけると、ものすごく嬉しいです。

これからも頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!


ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。

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