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017 海鮮丼

早朝。スマホのアラームが鳴る前に、ビジネスホテルの硬いベッドの上でパチリと目が覚めた。

時計を見ると、まだ朝の五時を回ったところだ。


「……またやっちまったな」


理不尽なノルマに怯えていた社畜時代の悲しい性は、会社をクビになって自由の身になった今でも、そう簡単には抜けてくれないらしい。二度寝を試みたが頭は完全に冴えきっており、俺は諦めてシャワーを浴びることにした。


身支度を整え、チェックアウトを済ませる。

自動ドアを抜けると、まだ排気ガスにまみれていない、東京の少し冷たい朝の空気が肺を満たした。

とりあえず予定もないし、東京の街を散策してみるか。




俺がまず降り立ったのは築地だった。目の前に巨大な石造りの建造物がそびえ立っている。


「これが、築地本願寺か……」


インドの古代仏教建築を模したというその外観は、丸みを帯びたドーム型の屋根や精緻な彫刻が施された柱が立ち並び、まるで外国に来たみたいだ。実際に行ったことはないが、写真で見るエキゾチックな景色そのものだ。日本の仏教寺院の概念を覆す圧倒的なスケール感に、ただただ見入ってしまう。


「探索者なんて、いつ死ぬか分からないヤクザな商売してるし……お参りくらいしていくか」


朝日が差し込む本堂に足を踏み入れる。静寂とお香の匂いに包まれながら、俺は静かに手を合わせ、これからのダンジョン探索の安全を祈願した。




築地本願寺を出て、築地場外市場へと向かう。


時刻は朝の六時を回った頃だが、すでに活気が満ち溢れていた。店先からは、香ばしく焼けるホタテやカニの匂い、出汁の効いた玉子焼きの甘い香りが、容赦なく胃袋を刺激してくる。すれ違う人の半分以上は、様々な言語を飛び交わす外国からの観光客だ。


「よし、朝飯にしよう」


俺は思い切って寿司屋の暖簾をくぐった。白木のカウンターに座り、メニューを見る。

一番上に書かれた『特選海鮮丼』の値段を見て、思わず目が点になった。


4,800円。


これが噂のインバウンド価格ってヤツか。前職の社畜時代の何日分の食費だろうか。たまの贅沢だここは、思い切って注文しよう。


「特選海鮮丼を一つ」

「あいよっ!」






「おまち!」


しばらくして目の前に置かれたどんぶりは、まさに『海の宝石箱や〜』だった。


酢飯がまったく見えないほど、分厚く切られたネタが隙間なく敷き詰められている。ツヤツヤと輝く大粒のイクラ、鮮やかなオレンジ色の生ウニ、透き通ったイカに、サシが美しく入った大トロ。


醤油を回しかけ、まずは大トロから口に運ぶ。

舌に触れた瞬間、上質な脂が体温でスッと溶け出し、強烈なマグロの旨味が口いっぱいに広がった。すかさず酢飯を掻き込むと、まろやかな酸味が脂の甘みを引き締め、極上のハーモニーを奏でる。


続いてイクラとウニ。イクラはプチッと弾けて濃厚なエキスを放ち、ミョウバンを使っていない新鮮なウニは、磯の香りを纏いながらプリンのようにねっとりととろけていく。弾力のある甘エビのねっとりとした甘さ、コリコリとしたカンパチの歯ごたえ。


値段の暴力に見合うだけの、暴力的なまでの美味しさ。俺は海の宝石をじっくりと味わったのだった。




豪華な朝食を堪能した後は、市場から少し歩いて浜離宮恩賜庭園へと足を伸ばした。


入場料を払って中に入ると、築地市場の喧騒と打って変わって静寂が広がっていた。手入れの行き届いた松の緑と、東京湾から引かれた青い池。水面には優雅に鴨が泳いでいる。


ふと見上げると、江戸情緒あふれる大名庭園のすぐ背景には、汐留の近代的な超高層ビル群が壁のようにそびえ立っていた。この歴史と現代がアンバランスに同居する景色こそ、東京という街の醍醐味なのかもしれない。海から吹き抜ける心地よい潮風を感じながら、のんびりと園内を散策した。




庭園を出て、さらに北へと歩を進める。

探索者になってフィジカルのステータスが上がっているおかげか、結構歩いても足にまったく疲労感がない。


日比谷公園を抜け、桜田門の交差点に差し掛かると、見覚えのある特徴的な建物が目に飛び込んできた。屋上に巨大な通信塔を頂く、あの楔形のシルエット。


「おお……刑事ドラマで必ず登場すると言っても過言ではない、警視庁だ」


散々テレビで見ているが、実物を目にするとなんだか少し感動してしまう。




そのまま交差点を渡り、皇居の広大な敷地へと足を踏み入れた。


足元でサクサクと鳴る玉砂利の音を聞きながら、広大な緑の芝生と松林の間を歩く。やがて見えてきたのは、水をたっぷりと湛えたお堀と、重厚な石垣に架かる橋だ。


奥には白壁が美しい伏見櫓が佇み、水面にその姿を鏡のように映し出している。

広大な空の下、かつての江戸城の威容を今に伝える静謐な空間。


俺は石垣の前に立ち、風に揺れる柳の葉を眺めながら、この美しい景色を、ゆっくりと胸の中に刻み込んでいた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

もしよろしければ、『ブックマーク』と『★評価』をしていただけると、ものすごく嬉しいです。

これからも頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!


ストック尽きるまで、7:00・12:00・18:00・20:00に投稿予定。

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