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余話

 あの戦から、5年の歳月が経った。


 鶴丸たちが必死に守った大三島は、平穏を取り戻していた。

 あんなに自信たっぷりだった陶隆房(すえたかふさ)でさえ敗走した事実に、大内義隆(おおうちよしたか)は完全に方針転換した。

 武力での制圧を諦め、ゆるやかな形でこの島と友好的な関係を結ぶことを選んだのだ。


 (――全く、あの戦は一体何だったのか)

 太郎次(たろうじ)は苦々しく唇を歪める。

 

 最初から共に手を(たずさ)えてさえしてくれれば。

 鶴丸は今頃、おたみと。


 あれから、太郎次には家族がまた増えた。

 長女のおみつと、次男の四郎丸(しろうまる)に恵まれたのだ。

 そして、六歳になった三太(さんた)は、覚束(おぼつか)ないながらも兄として妹や弟の面倒を見ている。


 治右衛門(じえもん)一家の食卓は、相変わらず賑やかだ。

 治右衛門。お寿(ひさ)。太郎次。お奈津(なつ)。三太。おみつ。四郎丸。

 そして。

 誰も座らぬままの膳がひとつ。

 鶴丸の膳だ。

 

 「お寿。そろそろやめぬか」

 いつだったか、治右衛門はそんな苦言を呈した。

 「お前様。何故です?」

 お寿は心底不思議そうな顔をする。

 「何故って……お前」

 治右衛門は思わず口籠る。

 「鶴丸は帰ってきますよ。絶対に」

 お寿は自信たっぷりに断言した。

 「お寿。何故に、そう言い切れる?」

 「だって、あの子は強い子ですから」

 お寿はにっこりと微笑んだ。


 お寿は、今日も戻らぬ息子の帰りを待っている。

 

 鶴丸。

 今日は父上がお前の好きな梅干を貰ってきましたよ。

 ご飯をたくさん炊いて待っていますからね。

 

 鶴丸。

 鶴丸。

 私の愛しい息子。


 早く、帰っていらっしゃい。




 一方。

 鶴姫と安成(やすなり)村上通康(むらかみみちやす)庇護(ひご)を受け、今治(いまばり)で穏やかな日々を過ごしていた。

 安成は名を「落合安次郎(おちあいやすじろう)」に改め。

 鶴姫はその妻・おつうと名乗って、今治の町に溶け込んでいる。

 さてこの二人、通康からは十分な捨扶持(すてぶち)が与えられている故、何不自由ない生活が送れる筈なのだが――。

 安成は世話になった商家の手伝いをし、鶴姫は地元の(やしろ)で巫女を務めている。

 どうやら二人とも、遊んで暮らすのは性に合わないようだ。


 やがて、二人の間には玉のような男の子が生まれた。

 鶴姫によく似た、美しい子だ。

 当年四歳になるその子は、まさに活発で可愛い盛りだ。


 鶴姫と安成は、連れ立って息子を迎えに行く。

 息子のお気に入りの場所は、瀬戸内の海を臨む神社の境内。

 そこでいつも、近隣の子供達と一緒になって元気に遊んでいる。


 「ちちうえ!ははうえ!」

 息子は両親に気が付くと、満面の笑みを浮かべてちょこちょこと駆け寄ってくる。

 その顔。

 その仕草。

 これは、鶴姫というより。

 むしろ。


 「おいで」

 

 鶴姫は、両手を広げて息子の到着を待つ。

 息子は、きゃあっと声を上げて、美しい母の胸へと飛び込んだ。

 

 鶴姫は、その小さな身体を優しく抱きとめ――。

 桜色の唇が、愛おしげに我が子の名を呼んだ。

 


 おかえり。


 

 

 ——つるまる——。

 


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