序
時は戦国時代中期、所は瀬戸内の海。
その海に浮かぶ大三島は、古来より神の島として知られていた。
この島の大山祇神社が戴くのは大山積の神。
「大いなる山の神」という名の神は、ここでは海の守り神だ。
神の島には、二羽の鶴が居た。
同じ日同じ時に同じ女の腹から生まれた鶴たちは。
一羽はこの島を支配する神職の娘として。
もう一羽はしがない足軽の息子として。
お互いの存在を知らぬままに成長していた。
これは大山積の神の悪戯か。
はたまた海神の深淵なる思慮の賜物か。
二羽の鶴はひょんなことから顔を合わせ。
以後兄妹として交流を深めることになる。
「せいっ!」
「たあっ!」
林の中から、若い男女が放つ鋭い気合。
カンカンと、固い木がぶつかり合う音。
ずささささ、と落ち葉が押し出される音。
駆ける足音。
再び、木と木がぶつかり合う音。
見れば。
そこには、木太刀で斬り結ぶ少年と少女の姿。
その顔は、まさに鏡写し。
少女は大山祇神社の大宮司を務める大祝安用の息女・鶴姫。
少年は三島水軍の足軽、中津治右衛門が次男・鶴丸だ。
「お鶴!踏み込みが甘い!」
「鶴丸こそ、脇ががら空きじゃ!」
「やあっ!」
「おおっ!」
二人は厳しく打ち合いを重ねた。
冷静な目で見れば――。
どうやら、本当の実力は鶴丸の方が上。
懸命に挑みかかる鶴姫に、鶴丸の方が合わせてやっているようにも見える。
(お鶴の奴、息が乱れておるな)
鶴姫の疲労に気付いた鶴丸は、ふと動きを止めた。
「鶴丸?如何した?」
怪訝そうに眉を寄せる鶴姫。
「お鶴。しばし休もう」
鶴丸は木太刀をぶら下げると、すたすたと大きな岩へと向かう。
「鶴丸。さては疲れたか」
何も知らぬ鶴姫は、鶴丸を揶揄った。
「ははは、そういうことにしておこうか」
「何じゃ、その言い方は」
「そう膨れるな、お鶴」
鶴丸は、懐から紙包みを取り出す。
「お母が干した柿を持たせてくれた。休憩がてら一緒に食そうぞ」
「おお、それは何より」
鶴姫はその瞳を輝かせた。
二人は大きな岩に腰掛けると、ぱくぱくと干し柿に食いついた。
「んっ、甘い!鶴丸はほんに美味いものを良く知っておるな」
鶴姫はにこにこ顔を鶴丸に向けた。
「何を言う。お鶴の方が日頃から良いものを口にしているではないか」
「そうかも知れぬが、良いものが美味いとも限らぬぞ」
「ふうん。そんなものか」
「そんなものじゃ」
鶴丸は、そんな鶴姫の横顔を眩しく見つめていた。
無邪気で。
気が強くて。
お転婆で。
生意気で。
純粋で。
真直ぐで。
まるで太陽のような、愛しい妹。
鶴姫には、いついつまでもこの笑顔でいて欲しい――。
「なんじゃ、鶴丸。我の顔に何かついておるか?」
怪訝そうな鶴姫の声に、鶴丸は「はっ」と我に返る。
「い、いやあ……」
鶴丸はコリコリと頬を掻く。
まさかに、可愛くてつい眺めてしまったなどとは、とても言えるものではない。
やがて、二人は稽古を再開した。
まさに、鶴が舞い踊るが如く。
これは、そんな二羽の鶴の物語。
伝説の裏側へと埋没した、神の島の記憶が今紐解かれる。




