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第4話 朝食争奪戦

「……おい、フィオ。いい加減にしろって言ってんだ」


朝日が差し込む、埃っぽい地下ガレージ。

俺は寝癖のついた頭を乱暴に掻き回しながら、作業台の上でふんぞり返っている黄金のガントレットを指差した。


ここは、俺が駆け出しの修理工だった頃から使っている、文字通りの「根城」だ。

中心街の近くに自称小ぎれいな仕事場を借りてからは足が遠のいていたが、あっちをギルドの監査班に踏み荒らされた以上、帰る場所はここしかない。


壁には煤けた万力や、先代から受け継いだ歪な形の「左ネジ」専用工具が、主人の帰還を待っていたかのように静かに並んでいる。


『……拒否します。このガレージの魔力密度は、私の論理回路が耐えうる最低基準を大幅に下回っています。装甲の輝きを維持するには、最低限の「自己修復エステ」が必要不可欠であると、先ほどから申し上げているはずですが?』


「その『エステ』のせいで、俺の朝飯が食えねえっつってんだよ!」


俺は目の前の魔導コンロを、虚しくレンチで叩いた。

昨夜、スクラップ・マウンテンで掘り出した『絶縁石』の破片。

それを馴染みの質屋に無理やり押し付け、ようやく手に入れた「特製肉入りスープ缶」が、作業台の上で無情にも冷え切っている。


温めようとした矢先、コンロの魔力インジケーターは、残酷なまでに「ゼロ」を指して点滅していた。

原因は明白。

夜中にフィオが、ガレージ唯一の骨董品級魔導発電機から、全エネルギーを勝手にハックして吸い上げたせいだ。

すべては、自分の装甲表面をナノ単位で磨き上げるための演算処理に充てられたらしい。


『計算上、あなたの空腹による一時的なパフォーマンス低下よりも、私の装甲表面の微細なスクラッチによる魔力伝導率の低下の方が、長期的には生存戦略上の損失が大きいと判断されました。ご理解いただけませんか?』


「理解できるか! 俺が餓死したら、誰がお前の面倒を見るんだよ! この金食い虫が!」


俺は忌々しく舌打ちすると、作業台の引き出しの奥から、使い古された「黒いボロ布」を引っ張り出した。

見た目はただの汚れ拭きだが、その実体は、俺が長い年月をかけて「左ネジ」の技術で練り上げた、最高傑作の絶縁素材だ。


「……見てろよ。お前が吸い残した『カス』みたいな残留エーテルでも、俺の手にかかればスープの一缶くらい余裕で沸かしてやる」


俺はコンロの底板をひっぺがし、空になったエーテル回路を強引にバイパスさせた。

そして、その回路の継ぎ目に「黒いボロ布」を無造作に、だが緻密な計算に基づいた位置へ貼り付ける。

魔力の逆流を逆手に取り、回路内に微かに残った不純な魔力を、ボロ布の「異常な抵抗」によって強引に「熱」へと強制変換するハックだ。


シュン、ボッ!


青白い火花が散り、コンロから熱気が立ち上がる。

五徳の上に置いたスープ缶が、ガタガタと震えながら沸騰し始めた。


『……非効率極まりない。その不潔な布切れで熱力学の法則を力ずくでねじ伏せるような、野蛮な手法ですね。やはりあなたは、自律学習に失敗したポンコツ・ボットに違いありません』


「うるせえ。美味いもん食えれば、法則なんてどうでもいいんだよ。」


俺が熱々のスープを、不器用な手つきですすり始めたその時。

ガレージの重い鉄扉が、不遠慮に開かれた。


「おーい、レンチ! 生きてるか!? ギルドの連中に解体されて、歯車の一枚まで売られたって噂だぞ!」


「……ケッ、騒々しいのが来やがった」


そこには油と煤にまみれたツナギを着た、近所のジャンク屋の婆さん――マチルダが立っていた。

彼女の背後には、隙あらばガレージの中を覗き込もうとする、鼻水を垂らしたガキどもが数人。

ここは街の中心から外れた所謂ジャンク街、こういう「ノイズ」には事欠かない。


「おいおい、その光ってる腕はなんだい? どこぞの貴族様から盗んできたのか?」


マチルダの好奇心に満ちた視線が、作業台の上で淡い光を放ちながらホログラムを投影しているフィオに向けられた。


『――ご機嫌よう、親愛なる隣人の方々。マスター(仮)が、あまりに粗野な応対を失礼いたしました』


フィオは、ホログラムのドレスの裾を優雅につまみ、淑女のような完璧な所作でマチルダたちへ一礼した。


「……は?」


俺がスープを口に含んだまま固まっている間に、フィオは流れるような動作でホログラムを消去し、ただの沈黙した黄金の装甲へと戻る。


「なんだい、あのお上品な娘さんは! レンチ、あんたには勿体ない相棒だねぇ。」


「……ただの、重たくて口の悪いガラクタだよ。……おいフィオ、今のはなんだ。俺にだけ毒を吐いて、外向きには聖女気取りかよ!」


黄金のガントレットは、一切の反応を返さない。

だが、俺がその装甲に触れた瞬間、金属の表面が微かに、しかし確かに熱を帯びた。


それは、まるで「あなにはそれで十分でしょ?」と言わんばかりの傲慢な温度に感じられた。


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