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第3話 ガラクタの心拍(パルス)後編

ガレージに戻り、作業台のランプの下で改めて『それ』を見る。

右ネジ、左ネジ……そんな次元じゃない。この回路には「ネジ」という概念そのものがない。すべてのパーツが、魔力の磁場だけで完璧に噛み合っている。


「……導通コンタクトを試してみるか」


俺はツナギの奥から、高純度エーテルの欠片を内蔵したペンダントを取り出した。それを義手の付け根、メインの入力端子と思われる部分にそっと押し当てる。


ガチャ、リ。


世界が止まった気がした。


俺の'レンチがガントレットの関節部を叩くと、まるで心臓が動き出したかのような、低く、しかし確かな鼓動パルスが作業台から伝わってきた。


金色の装甲が呼吸するようにスライドし、内側から淡い光が溢れ出す。その光は空中にホログラムを結び、透き通った銀色の髪を持つ少女の姿を形作っていく。


『……スキャンエラー。あなたは、私が知る「マスター」ではありません?』


鈴を転がすような、あまりに透明な声。

少女は、油まみれの俺を見て、不思議そうに、そして少し蔑むように小首をかしげた。


「あぁ? マスターだか何だか知らねえが、お前を拾ったのは俺だ。レンチだ。よろしくな、ガラクタのお嬢さん」


『……レンチ? 識別番号、または製造元を確認できません。……推論完了。あなたは、この義手の「外部装甲を磨くための清掃用ドロイド」ですね?』


「……は? おい、よく見ろ。どこにこんな機能美に溢れたクールなツラ構えのドロイドがいる。俺は修理工だ。あんたのその、無駄に精密すぎる回路を叩き起こしてやった恩人だよ」


『否定します。私の論理回路によれば、これほど油汚れを放置し、かつ粗野な言語野を持つ有機生命体は存在しません。したがって、あなたは「自律学習に失敗した、旧式のメンテナンス・ボット」と定義されます』


「……んだと、このガラクタ……っ!」


俺が'レンチを振り上げた瞬間、少女の瞳の奥で青い光が明滅した。


『――警告。半径500メートル以内に、高密度の不快な魔導信号を確認。……当該信号を追跡。付近の通信網へ介入、情報を照合……判明しました。「フライパンを溶かすほどの過剰火力」が、依頼人の衣服に付着していた集音素子に検知されています。現在、ギルドの特別監査班がこちらへ向かっています』


「……あぁ、クソッ! あの親父、服まで監視されてやがったか!」


ガレージの外で数台の車両が急ブレーキをかける重苦しい音が響いた。赤い、威圧的な魔導ライトの光が、鉄扉の隙間から差し込んでくる。


「――産業ギルド、特別監査班だ! 違法な魔導反応を確認した。ここを開けろ!」


『……提案。私の「オーバークロック機能」を使用しますか? ただし、現在の私には魔力供給が不足しています。この場を脱出するには、あなたの貧弱な発電機を私の回路に直結し、なおかつ過負荷による暴走を物理的に抑え込む必要があります』


「……過負荷による暴走、ね。へっ、ならこいつの出番だ」


俺は作業台の下から、「黒いボロ布」を乱暴に引っ張り出した。


『……ボット。その不潔な有機廃棄物で何をしようというのですか? 私の回路は、そのようなゴミで補強できるほど低俗ではありません』


「……黙って見てな。導通コンタクト!」


俺はガントレットの接続端子と発電機を強引に繋ぎ、その継ぎ目を「黒いボロ布」でぐるぐる巻きに固定した。


本来なら接続した瞬間に火花を吹いて爆発するはずの過剰なエネルギーが、黒いボロ布の異常な「抵抗」によって、ガントレットへと一本の鋭いレーザーのように整流されていく。


『……信じられません。魔力の逆流が完全に抑制されています。この「ゴミ」の絶縁率……現代のギルド規格を300%以上上回っています……!?』


「ガタガタ抜かすな。……ガチ、ガチ、ガチッ!」


レンチが左ネジを最後の一締めにした瞬間、ガレージ全体が青白い電磁場に包まれた。

扉を突き破ろうとした監査班の魔導具が、見えない壁に弾かれるように火花を散らして沈黙する。


「いいか、ガラクタ。俺はボットじゃねえ。……この街で一番、腕のいい『レンチ』だ。黙って俺にハックされな!」


激しい衝撃波が収まり、静寂が戻ったガレージ。

ホログラムの少女は、自らの基盤である黄金のガントレットに巻かれた「黒いボロ布」を信じられないといった様子で見つめ、それからゆっくりと俺を見た。


『……不本意ながら、私の「回路」を一時的に預けるに値する、と認定しましょう』


少女は、スカートの裾をつまんで淑女のような会釈をした。


『私の識別名は**「フィオナ(FIO-07)」。かつての主たちは、私を単に「フィオ」**と呼びました。……あなたの左腕を貸しなさい。私の演算能力、あなたのその野蛮な技術に同期シンクロさせます』


「……ケッ、生意気な名前だ」


俺は黄金のガントレットを左腕に嵌め込み、裏口のシャッターを蹴り開けた。


鳴り響く警報、混乱する監査班の怒号。

夜の闇に消える俺の背中を、ガレージに残された「黒い布」の切れ端だけが静かに見守っていた。

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