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殿下には泣かされてばかりです

「ガ、ガブリエル…… どうしちゃったの?」


「うっ。うぇっ。ひっく。うぅうぅぅ~」



 ごきげんよう。

 ガブリエルです。


 わたくし、何とかジャニス様との初対面を乗り越えましたが、部屋に戻ってから涙が止まりません。


 ええ。

 多分大丈夫です。

 ジャニス様には気付かれていません。


 第一子のご懐妊というおめでたいお話にケチがつくことがないように、ダジマットの姫の渾身の笑顔で、寿ぎと喜びをお伝えいたしましたわ。


 でも、でも、でも……


 わたくしって、心が狭いのね?

 心の底では、到底お祝いしたいような気分になりませんのよ?


「あぁ~。もうっ。どうしたの? ジャニス姫との会談はにこやかに恙なく終わったと聞いているよ?」


「うっ。うっ。うぅ~~」


 わたくしは、頑張ってうんうんと頷いて、殿下にご心配いただかなくても済むようにできるだけの微笑を作ってみましたが、ダメですわ。


 決壊した感情が激流のように流れ出して、止められません。


 殿下は、オロオロとわたくしが座ったソファーの前に膝をつき、タオルで涙を吸い取っています。



「ねぇ。ガブリエル、ジャニス姫に何か言われたの?」


 わたくしは必死に首を振って、ジャニス姫には何の非もないことを伝えました。

 わたくしが、悲しいのは、わたくしが、リーズ国に置いて貰えさそうだからですわ。


 両陛下は、ダジマット家を存続させるために、わたくしをダジマットへ戻す計画を立てていらっしゃるのよね?

 殿下も一緒に連れ帰ってよいと示してくださるのは、嬉しいわ。


 でも、この状況で殿下をダジマットへ連れ帰ることなんて、できませんわ。


 元々、リーズ国は「ガブリエル」ではなく、「魔王の娘」の血を入れたくて、殿下を近づけただけですもの。


 お二人は、「魔王の娘」を諦めたとしても、自分たちの息子を諦める必要はありませんもの。


 自由恋愛の国リーズでは、初恋は実らないということわざがあるそうですわ。

 わたくしが身を引けば、殿下は別の方と出会って愛を育むことで、殿下が王になって、デイン公子とジャニス姫はいつの日か一家揃ってピーターバラへ戻ることができますもの。



 ああ。いけません。

 殿下と離れることを考えると、涙がぶわっとあふれ出てしまいます。


 恐る恐る、ソファーを降りて殿下の胸に身を寄せて、そっと抱きしめると、いつもの殿下の暖かさを感じることができます。

 殿下は何を思ったか、わたくしをヒョイと抱えて、殿下ごとソファーに座り直し、背中をトントンし始めました。

 わたくしは、赤ちゃんではありませんが、殿下にあやされると落ち着きます。



「うぅ。殿下…… わたくし、殿下のお子が、欲しかったのです、でも……」


「欲しかった? なんで過去形なの? え? 何か誤解している? ジャニス姫のお子の父親は私ではないよ?」


 いえ。そんな誤解はしていませんわ。


「ひっく。デイン様。ですよね? ううぅ。誤解はしていませんわ。でも、わたくしが身を引けば……」


「は?」


 殿下は、サッと青ざめて、すっくと立ちあがり、周囲に「ちょっと出てくる」と言づけて、抱き上げた私ごと転移魔法をかけました。


「あぁ、もう。母上が関わると碌なことがない。脳筋すぎるんだよ、母上は。ジャニス姫に変なアドバイスをしたに違いないよ」


 殿下は見知らぬ屋敷の転移紋から出ると、すたすたと廊下を歩いて応接室らしき部屋に入り、わたくしを片手で子供抱きしたまま、もう片方の手で調度品に掛けられた白い布をめくり取ったり、窓を開けたりと忙しく動き回っています。


「殿下…… ここは、どこですか?」


「ブライト国の、私たちの新居だよ」


「新居?」


「そう新居。私たちは神官エルと神官エムとして神聖国に隠れ家を買っただろう? あれは囮のようなもので、こちらが本当の隠れ家だ。他にもピーターバラにも準備中だよ。敢えて混血派の力が強い国を選ぶことで、攪乱効果が高いとみているよ」


「ブライト国? リーズからブライトに転移したのですか?」


 わたくしはリーズ国から神聖国まで転移するのに途中で一泊して魔力の回復を待つ必要があります。

 殿下はリーズ国から神聖国よりも更に遠いリーズとブライトの間をわたくしを抱えて転移したのですか?


 殿下、これは「ちょっと出てくる」の距離ではありませんよ?


 そんなことできる魔族が存在することにビックリで、少し涙が引きました。


「内緒だよ? 強すぎる王子が生まれたことは、リーズ国の最重要機密なんだ。聖女が私が魔法国を火の海に変えると予言したよね? 多分、私は単独でも数か国なら滅ぼせるよ。リーズ家臣団は私を殺す覚悟で止めるか、全ての魔法国を敵に回す覚悟で私に従うかの選択を迫られ、全会一致で後者を選んだよ」


「え? 全ての魔法国を敵に回す?」


 急な展開に頭がついていけません……


「ん。涙は止まったようだね? 驚いた?」


 確かに。

 涙は止まりましたし、驚きました。


「よしよし。じゃぁ、この部屋のホコリが落ち着くまで、他の部屋を案内しよう。ガブリエルが見たいのは、夫婦の寝室かな?」


 殿下は軽く笑って、またすたすたと廊下を歩きだしました。


「殿下、全ての魔法国を敵に回すって……」


 もちろん夫婦の寝室も気になりますが、それよりもまず、こちらですわよね?


「そうだよ。聖女の魔族の破滅の予言はある意味、実現へ向かっている。そのトリガーは私からガブリエルを取り上げることなんだよ。とはいえ、根っこの部分はリーズの家臣団が『神』に我慢ならなくなっていることだね」


「神に我慢ならなくなっている……」


「ガブリエルは、ダジマット家が過分な崇拝対象になっていて気味悪がっているけど、それは神がダジマット家に試練を与え続けてきたことで悪化したんだよ。上から下まで魔王様が大好きなリーズ国民は、毎世代、別の国に派遣されるダジマットの姫を遠くから眺めてきたからね。とうとう神により殺される運命に至ったと、ブチ切れたのさ」


「神により、殺される?」


「そう。神は聖女をリーズに誕生させたら悪役令嬢が殺されると知っていて、我が国を選んだんだろう? 神によって殺されるようなもんじゃないか? ほら、ついたよ」


 殿下が両開きの美しい扉を開くと、入って右手に白い布がかけられた巨大なベッドがドーンと鎮座しています。

 入って左側には、白い布がかけられた二人かけのコーヒーテーブルセットがあるようです。


 まぁ!


「右側の内扉からは君の部屋に行けるよ。見てみる?」


 それどころじゃないのに、思わずこくりと頷いてしまいました。

 わたくしったら……


「オッケー。行こう。でも、まだ何も調度が入っていないよ? あと3ヶ月は準備期間があると思っていたからね」


「3ヶ月後にこの屋敷に入る予定だったのですか?」


 わたくしは、何も知りませんでしたよ?

 何も言ってくださらなかったのね?

 殿下はわたくしを抱っこしたまま内扉を開けてがらんどうのだだっ広い部屋に入りました。


「まぁ、だいたい、ね。リーズの家臣団からの全会一致の回答を受けた後、王家と現近衛隊長と次期近衛隊長で作戦会議をしてね。『自分らしくない行動』で神の予定を狂わせることが神に対抗するための最も効果的な方法だっていうから、最もリーズ国らしくない方法を取ることにしたんだよ」


「最もリーズ国らしくない方法?」


「なんだと思う?」


 殿下はとても楽しそうです。


「この屋敷と関係があるのですよね?」


「はははっ。そうだよ。最もリーズ国らしくない作戦は『敵前逃亡』さ。だから紫の瞳の子供が私たちの子供であっても、ガブリエルの兄君の子供であっても、次の聖女が生まれるまで隠れ住むことにしたんだよ」


 どう?

 殿下はにこやかに私の居室になる予定の部屋から更に内扉で続いている部屋に入り、わたくしを下ろしました。


「ここはガブリエルの衣裳部屋で、この先がバスルームなんだけど、緊急事態に備えて一つだけ真っ先に準備したものがあるんだ。そこの白い布を取ってみて?」


 殿下が指さした先には、銅像のようなオブジェクトに白い布がかけられています。

 これを取ったらよいのでしょうか?


 わたくしがその白い布をめくり取ると、そこには……


「ウェディングドレス!?」


 殿下は、驚くわたくしの頬にチュッとキスを落とし、本当にうれしそうに笑っています。

 サプライズ大成功!って喜ぶ子供みたいに……


 嫌だわ。

 せっかく泣き止んだのに、また涙が……

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