殿下の側近候補は、神をも欺いた凄腕諜報員です
「へぇ~。もしかして、僕、神をも欺いちゃった?」
「やっぱりそう思うか?」
ごきげんよう。
ガブリエルです。
軽ぅいノリで、恐ろしいことを言い放ったのは、殿下の側近候補で、近衛隊長のご嫡男のリチャード様です。
どうやら殿下もそのように予測していたようです。
聖女の予言でこの方はリーズの魔法使いのエリートである近衛隊から、『魔王の剣』に移籍して魔法剣を極めたいと希望されているものの、お父上から許しが出ずに腐っておられるところを聖女に励まされ自分の道を進む決意を固めるとのことでしたが……
神を欺いちゃったとは、どういうことでしょうか?
「僕が近衛を嫌がることなんて、絶対ないね」
「リッチが『近衛隊』を出て、『魔王の剣』に潜入する任務を与えられるって流れなら、まだわかる」
?
潜入の任務?
「えっと、リーズ国の諜報部を兼ねた『近衛隊』が、自国軍の『魔王の剣』に潜入するというのは穏やかではありませんわね?」
というか、大ごとですわよね?
「そうだよん。簡単に言うと『近衛隊』はリーズ名家の仲良しクラブで、『魔王の剣』は実力主義なんだよね~。僕は仲良しクラブを出て、実力主義の組織で切磋琢磨して研鑽を積むってタイプじゃないしぃ~」
「一応、名目上、『近衛隊』はリーズ王家の私兵なんだ。だから人員募集が公募される必要はなく、全て内部の推薦で決まるんだ。建国時から王家を支えてくれている12の家が運営しているんだよ?」
建国時からの名門家系が王家の私兵?
「書面上の正規隊員は少ないけど、近衛の12家の影響範囲は傍系も含めるとリーズ貴族の8割を動かせるよん」
「近衛隊長は10年単位の持ち回り制だから、リッチが次期近衛隊長になることはないが、リッチが家を継ぐならそのうち近衛の正規隊員になるだろうね。というか、活動自体は既に始めているんだ」
「もう? それは大変ですわね?」
王立学院の学生の内から、近衛としての活動を?
「ふふっ。ガブリエルちゃんは何才からダジマットの公務に出ていたの? クレムは5才で視察を始めたよぉ。僕も父上から『この茶会に出たら、〇〇を観察してこい』的な任務を貰うようになったのは5才だったよん?」
ああ。そういうことですか。
わたくしが幼いころから公務に出ているのと同じ感覚なのですね?
「なるほど、近衛も『家業』の一部なのですね? わたくしは、最後まで単独公務はありませんでしたけれど、兄と共に両親にお供するようになったのは、5才ぐらいでしたかしら?」
「くくっ。リッチの初任務は『クレメント王子は大人しすぎるから喧嘩してこい』だったんだよ」
まぁ!
喧嘩して仲良くなるパターンを狙って、成功させるなんて、凄腕の5才ですわね?
「いやぁ~。あの時は、父上にめちゃめちゃ叱られたなぁ~。クレムは本当におとなしいんだもん。どう考えても喧嘩できそうにないから正直に言ったんだ。『殿下、僕は近衛のミッションで殿下と喧嘩しないといけないんですが、つきあってもらえませんか?』ってねぇ~」
ええっ?
それでは諜報活動になっていませんから、叱られても仕方がありませんわね?
「面白い奴だろう? 私もその頃には既に近衛のことは学んでいたからね。『あぁ。それは大変だね! 喧嘩って口論? 殴り合い? それとも魔法?』と素直に付き合ったよ」
喧嘩のフリ、したんですか?
殿下は楽しそうです。
いい思い出なのでしょう。
「そうそう。『喧嘩の理由は何にする? 言われて嫌なことってある?』って聞いたらぁ~、『女の子みたいにかわいいって言われること』と返ってきてぇ~、『あぁ、じゃ、それで!』って、短時間でまとめたスゴイ連携プレーだったのになぁ~」
たしかに!
ある意味、素晴らしい連携プレーですわ。
「うん。あのあと、『女の子みたいにかわいい』と言われることが無くなって、リッチに凄く感謝したよ」
「殿下が言われて嫌なことが公になって、皆さん口を慎まれるようになったのですね? ようございましたわね?」
「ま、そんな感じでぇ~、僕は5才の頃から近衛見習いなんだよぉ~? 近衛になれなかったら、泣いちゃうね!」
泣いちゃうと言いながら、お顔はにこやかですが、言いたいことは分かりました。
「だからやっぱり『魔王の剣』に潜入する任務がでるってことなんだろうな。つまり、『魔王の剣』に異変が起きるってことか……」
「聖女の予言では、リチャード様はお父上に反発するということですから、反体制派に味方だと思わせたいとか?」
「反体制派って言ってもなぁ~。貴族の8割は12名家で動かせるんだよぉ~? 『魔王の剣』には平民もいるけど、それでも6割ぐらいは12家の意向に沿って動くから、反体制派なんて芽が出る前に潰されてきたんだよねぇ~」
「そ、それは、凄まじい掌握力ですわね?」
口調はほんわかしていますが、発言は支配者のそれですわ?
こういう方は「柔和だけど目が笑っていない」などと指摘されたりしますが、リチャード様は瞳もにこやかです。
つまり、これが素なのですね?
なんだか恐ろしい方ですわ。
「ん~。現在、泳がせている不穏因子と言えば、『混血派』かなぁ? でも、『血統管理なんて不自然だ!』って言われたら、『は? 恋愛結婚主義ですけど?』と答えてスルーしなさいと、12家の各派閥で命令を出したのが2代前でぇ~、既に風前の灯のように儚い存在になっているハズなんだけどなぁ~」
「そうなんだよな~。でも、ガブリエルの暗殺を企てている的な情報が入ったら、潜入してもらうのかもしれないな」
「うげ~っ。そんなことしたら、リーズ国民から袋叩きにあって、この国に混血派の居場所はなくなっちゃうよぉ? 貴族に限らず上から下まで魔王様大好きだからね~?」
上から下まで魔王様大好き……
どう反応してよいかわかりませんわ。
「12家がそろそろ混血派を一掃したくなって、ガブリエルを餌に追い出す口実を作るって可能性はあるかな?」
わたくしを餌?
餌になるのはいいですが、追い出す必要はないのでは?
「うーん。そんな話は出たことないけど、念のために父上に聞いてみるねぇ。そうなってくると、聖女が移住しちゃうのは残念だな~」
「リチャード様は、聖女と親しいのですか?」
「ぜんぜん。でも、聖女の予言だと、僕が『魔王の剣』に潜入したくなったら、敵陣に父上との不仲説を信じさせるのに聖女を利用することができたんでしょぉ~?」
!!
この方は、筋金入りの諜報員ですわね!?
終始にこやかで、いかにも育ちの良い令息ですが、油断なりませんわ!
お見送りしながらそんなことを考えていたら、「同世代にああいうのが少なくともあと11人いるから、頑張ろうね?」と言われて、絶句してしまいました。
でも、味方側にいるととても頼もしい方ですわ。
大事にしましょう。




