殿下の側近候補は人懐っこい方でした
「くくくっ。ふふっ。ふははははっ。ご、ごめんね。ガブリエルちゃんがあまりに理想的な反応をしてくれるもんだから、可笑しくって!」
「りそうてきな、はんのう?」
本日は、近衛隊長のご嫡男リチャード様に、聖女の予言をお伝えするために、王宮にお運びいただいたのですが……
わたくしが応接室に入室した時には、殿下とリチャード様は既にくつろいだ雰囲気でお話をなさっておられて……
そして、わたくしは何やらからかわれたようですわ。
「我が家は近衛の家系なの。んで、近衛はリーズ国の諜報部も兼ねてるんだけど、ガブリエルちゃんに関する情報操作をしたくて、少し趣味の悪い悪戯をしちゃったね? ごめんね」
なんでしょう?
初対面なのに随分とくだけた話し方ですのね?
こんな方、初めてです。
殿下は、いつもの涼しいお顔で王子様スマイルですので、状況が読めません。
「まぁ。情報操作? わたくしに関して都合の悪いことが起きているのですか?」
「そうなんだ。クレムは教えてくれないだろうから、僕から説明するね?」
殿下は教えてくれない?
「伝える必要性を感じないんだよ」
殿下は涼しいお顔を崩しません。
リチャード様に気を許していないということでしょうか?
「クレム、その顔、やめて。ガブリエルちゃんに僕たちの距離感を誤解させようとしているのも、良くないよ。お嫁ちゃんに欲しいなら、隠し事は止めた方がいい」
隠し事?
「リッチ、その言い方、感じ悪いぞ。隠し事なんてしてない。伝える必要性を感じないだけだと言ってるだろう?」
殿下は、涼し気なお顔をやめて、憮然とした表情に切り替えました。
なるほど、逆にとても親しいということですわね?
でも、何でしょう?
ますます気になりますわ。
「ガブリエルちゃん、あのね。学園に『クレメントに愛されている』と言いふらしている令嬢がいるんだけど、高等部から入った学生達に本当だと思われかねないので、別の噂で塗り替えようとしているんだよ」
「本当だと思われかねない?」
「そう。その令嬢は、平民出身の優秀な『魔王の剣』の候補生なんだけど、王立学園の中等部の頃にクレメントと魔術訓練のペアを組んだことがあって、その頃から二人の間に特別な想いが育っていると信じ込んでいるんだよ」
「ガブリエル。魔術訓練のペアは季節ごとに変わるから、3年間の中等部の魔術訓練でペアを組んだ人数は12人いるんだ。女性だって3人いる。彼女が特別ってことはない」
「ガブリエルちゃん、覚悟して。その3人の女性は、全員クレメントが好きになったんだ。でも、その平民の女の子が一番アピールがスゴイから、猛烈に目立ってた」
まぁ。
3人とも殿下が好きになったのですか?
モテモテですわね?
「おいっ! なんでそんな不安を植え付けるようなことを言うんだ?」
え?
殿下のキレ顔なんて、初めて見ました。
リチャード様は、うんうん頷いて、なにやら納得しているようです。
「ガブリエルちゃん。朗報だよ。クレメントのことを好きになった3人の女性は、クレメントの王子様スマイルしか見たことがないんだよ。ガブリエルちゃんには素の表情を見せているから、本物の特別だ! まぁ、他の子は王子様スマイルしか見たことがないから好きになっちゃったのかもしれないけど……」
わたくしが本物の特別なら嬉しいのですが、そうでもないかもしれませんわ。
「そうかしら? わたくしが素の表情を出せなかった期間は、殿下も涼し気スマイルのみでしたの。他の方々も本性をお見せすれば、殿下の本性を見られるかもしれませんわ」
「ガブリエル? なんで?? いつも『まごころ』を伝えているでしょ?」
え?
キスの話ですかしら?
殿下は何故かキスで本心が伝わると思っている節がありまして、瞳を覗き込みながら、いろいろ試すのがお好きなのですが、この場でするような話ではありませんわよ?
わたくしは思わず眉を顰めます。
「ぷぷぷっ。僕、『まごころ』が何のことか、わかっちゃったかも? まぁ、でも、よかったね。クレムが素で付き合う人が増えてさ」
「なんでお前はいつも上から目線なんだよ!」
ああ。なるほど。
お二人は、本当に仲が良いのですね?
公爵家のデイン様にも素の表情を見せていますが、デイン様はお行儀がよろしい方なので、こういう殿下の一面を引き出してくれるタイプではありません。
「とにかくね。クレムはガブリエルちゃんと恙なく結婚したいから、近衛に情報操作を命じたんだよ。そしてクレムは報告を聞くために、僕をガブリエルちゃんよりも早く呼び出したんだよ。そういうのは良くないよね?」
「まぁ。リチャード様、ありがとうございます。そうですわね。教えてもらえた方が、殿下の懐にいるような特別感がありますわね?」
とはいえ、わたくしは殿下がわたくしのことを好きなフリをしているのではないかと既に不安になっておりましたから、もっと不安になるような情報を殿下がわたくしに伝えなかった理由も分からなくはありません。
「まぁ、そんなわけで、『クレムはガブリエルちゃんにぞっこんで、ガブリエルちゃんも面倒くさいクレムを受け入れている』って話を広げられるエピソードが欲しかったの!」
「なるほど。それで、悪戯なさったのね?」
殿下もグルだったのですから、リチャード様を責めることはできませんわね?
「うん。『僕たちが対等の座面で座っていたら、後から入ってきたガブリエルちゃんは、末席に座った』っていう美談が出来たし、『クレムがいたずら心をだして、ガブリエルちゃんに自分の膝の上に座るように勧めてた』っていうのも、本当の恋人同士って感じがしていい!」
「ええ。殿下ったら、『恋愛結婚主義のリーズ国では、妻や婚約者が膝の上に座って客人をもてなすのは普通のことだよ』なんて、嘘ですのね?」
殿下は、笑いをこらえて肩を震わせています。
「くくくっ。ごめんごめん。ガブリエルったら、外向けの笑顔を崩さないまま固まっていたよね。あははははっ。めちゃめちゃかわいかったよ」
「殿下!? 酷いわ!」
「で、ガブリエルちゃんは、一旦言われた通りに座った後、『やっぱりダメですわ。ごめんなさい。リーズ文化を尊重したいのですが、わたくしには、まだできません』と言って申し訳なさそうにクレムの膝の上から降りたがったっていうのも、いい感じの噂話になりそうだよ」
リチャード様、流石は諜報部員ですわね?
清々粛々と任務の話を進めておられますわ。
しかもにこやかに。
「それが良い感じになりそうですの? よくわかりませんわ?」
「かわいいじゃないか? 騙されて素直に従ったけど、やっぱり育ちの良いお姫様には無理だった!って」
殿下は妙に満足気です。
「うん。クレムがきゅんして、膝の上から降りたがるガブリエルちゃんを後ろから抱きしめて妨害していたって、もうラブラブ以外の何物でもないよ。しかも実話だ!」
「ええ。実話、ですわね……」
この話、噂話として拡散されるのよね?
わたくしは、猛烈に恥ずかしいのですが、殿下が他の令嬢と恋心を育んでいるなんて噂はイヤですし、もどかしいわね。
まぁ!
どうしましょう?
今日は、リチャード様に聖女の予言をお伝えするという本題に入れなかったわ。
明日、頑張りますわね?




