表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/51

変態紳士の変態事情―チートは用法と用量を守りましょう編―(自援絵有り)


「よく来てくれた。まぁ、かけてくれたまえ」

「では遠慮なく」


 1943年5月某日。

 英国宰相ウィンストン・チャーチルは、執務室に一人の男を迎え入れていた。


「単刀直入に言おう。君には陸軍大臣になってもらいたい」


 現職の陸軍大臣デイヴィッド・マーゲソンの能力をチャーチルは疑問視していた。5月下旬を目途に発足させる第2次戦時改造内閣の人事で目の前の男を入閣させることを目論んでいたのである。


「……は?」


 チャーチルの目の前に座る男――ジョン・フレデリック・チャールズ・フラーは想定外のことに困惑する。いきなり呼びつけられて陸軍大臣になれと言われたら、誰だって困惑するであろう。


 史実のフラーは陸軍軍人であり、軍事学者でもあった。

 陸軍戦術の研究と機甲戦という戦闘教義の開発で電撃戦の理論を初めて構築した人物としても知られている。


「円卓の優秀なスタッフの尽力で機甲戦の理論は完成された。戦後第1世代の戦車も配備されている。今更わたしの力が必要とも思えませんがね?」


 この世界のフラーは円卓のメンバーであった。

 史実の戦訓を反映させた結果、機甲戦の理論を早期に完成させることに成功していた。


 戦車開発にも口を出しまくった。

 その気位の高さ故に周囲と衝突しまくったが、この世界の英軍は強力な戦車を開発配備することに成功していた。


(生前のやり残しはあらかた終わらせたはずだが。何を企んでいる?)


 それ故に、フラーはチャーチルの要請を訝しんでいた。

 彼からすれば、現在の英国陸軍(の機甲師団)は理想的な状態に他ならなかったのであるから。


「君はミハイル・トハチェフスキーを知っているかね?」

「史実のソ連では赤いナポレオンとまで称された人物ですな。それがいったいどうしたと?」


 唐突な話題転換にフラーは困惑する。

 気でも触れたのかと目の前の男の顔を見やるも、チャーチルの顔は真剣そのものであった。


「これを見て欲しい。史実のトハチェフスキーが君について言及したものだ。大英図書館史実編纂部(しじつへんさんぶ)に保管されていた」

「こっ、これはっ……!?」


 手渡された書面に目を通したフラーは驚愕する。

 その内容は衝撃的なものであった。


 書面は史実のトハチェフスキーがフラーについて書いたものの写しであった。

 要約すると以下の通りとなる。


 ・カナダ国境に沿って米軍と英軍の戦争が勃発した場合を想定。

 ・両軍の機械化は同等レベルと想定。

 ・英軍は全てフラーの教え子たちであるが、米軍の1割程度の戦力しかない。

 ・少数の英軍は簡単に粉砕されるので機甲戦術もクソもない。

 ・小規模だが機動的な機械化部隊など世迷い事に過ぎない。


 電撃戦の生みの親と言えるフラーに全力で喧嘩を売っている内容であった。

 しかし……。


「ふむ、言い得て妙ですな」

「意外だな。てっきり激怒するものと思っていたが……」


 当の本人は眉一つ動かさない。

 これにはチャーチルが逆に驚いたほどであった。


「同種の部隊がガチンコ勝負したら規模が大きい方が勝利するのは自明の理でありましょうに」

「確かに言われてみればその通りだな」


 同種で同レベルの部隊がガチンコ勝負したら規模が大きい方が勝利する。

 いくら戦術レベルで策を弄したとしても、10倍の戦力差は覆しようが無い。


「そもそも、想定が頭がおかしいとしか言えませんな。カナダ国境で戦争とか三文小説の類で……あっ!?」


 ありえない想定を馬鹿にするフラー。

 しかし、ここであることに気付いてしまった。


「気付いてしまったかね? 今のカナダがまさにその状況なのだよ」

「うわぁ……」


 この世界では1943年3月に米連軍によるカナダ侵攻が発生した。

 両国は国境のセントローレンス川沿いで現在もにらみ合いを続けている最中であった。


「さらに言えば、この世界のトハチェフスキーは米連の軍事最高責任者だぞ」

「……」


 もはや、フラーには言葉を発することさえ出来なかった。

 自分が頭がおかしい呼ばわりした想定が、この世界では実現してしまったのであるから。


「先月のナルサルスアーク飛行場砲撃も恐らく彼が絡んでいる。戦艦を集中運用して砲撃に特化するなどまともな海軍軍人には考えもつかんだろうからな」


 虎の子の戦艦を対地攻撃に用いるなど、真っ当な神経を持つ海軍軍人の仕業ではない。この時点でチャーチルが知る由は無かったのであるが、彼の予想は的中していた。


 この世界のトハチェフスキーは持論の縦深戦術理論を補強するためのフリーハンドな火力を欲していた。戦艦を機動砲台として運用することを考えつき、グリーンランド沖で実行したわけである。


「軍事的才能に対抗するには軍事的才能をぶつけるしかない。是非とも陸軍大臣として辣腕を振るって欲しい」


 笑顔で迫るチャーチル。

 しかし、目はまったく笑っていなかった。


(周りの連中を見返してやるチャンスではある。忙しくなければ無条件で受けたのだが……)


 下手な裏が無いと分かった以上、陸軍大臣のポストは魅力的ではあった。

 史実と似たような経緯で陸軍を除隊せざるを得なかった彼からすれば、大いに面目を施すものであることは間違いない。


 ちなみに、フラーは英国ファシスト連盟には参加していなかった。

 この世界のファシズムはオワコンであったし、それ以前に円卓に所属しているので必要が無かったというのもある。


(タイミングが悪すぎる。師匠に頼まれていた本の執筆の締め切りも迫っているというのに)


 しかし、現在のフラーは多忙であった。

 彼の師匠に頼まれて本を執筆中だったのである。


(逆に考えるんだ。締め切りが忙しくて引き受けられないならば、締め切りを無くしてしまえば良いのだよ)


 その瞬間、フラーの脳裏に髭面の英国紳士が降臨した。

 それはまさに天啓であった。


(陸軍大臣になれば師匠の悲願を叶えられるかもしれない)


 常日頃からご執心の人物に会うチャンスとあらば、師匠も煩くは言わないだろう。悲願が叶えられると知れば、むしろ喜んでくれるかもしれない。


 フラーの師匠は反社会的な人物として警察から常日頃からマークされていた。

 過去には新聞でもセンセーショナルな見出しでさんざんに叩かれており、現在は片田舎で逼塞(ひっそく)するしかない状況であった。


 そのような状況で師匠を意中の人物に引き合わせるのは相当に困難なことであった。しかし、陸軍大臣の肩書があればなんとかなるかもしれない。


(最悪、戦争に協力という名目で呼びつけることも出来るか)


 平時ならともかく、戦時の陸軍大臣の権限は強力である。

 さすがに海軍大臣には及ばないが、国内ならば多少の無理は押し通せるだろう。


「……そういうことならば、引き受けましょう」

「おぉ!? 引き受けてくれるかね」


 結局、フラーは陸軍大臣を快諾した。

 チャーチルが安堵したのは言うまでも無い。


「ところで、改造内閣の人事はこれで終わりですか? 新閣僚に挨拶回りをしたいのですが……」

「そういうことならば後で予定を届けさせよう。陸軍大臣の件、よろしく頼んだぞ」


 チャーチル第2次戦時改造内閣の最後のピースが埋まった瞬間であった。

 5月下旬に発足した新政権でフラーは陸軍大臣に正式に就任することになるのである。







「閣僚でも末席な僕に挨拶に来るとは。しかも、こんな時間に。何か別の目的があるのかと邪推しちゃいますね」


 ドーセット公爵邸(ドーチェスターハウス)の執務室。

 無任所大臣テッド・ハーグリーヴスは、予期せぬ時間の来訪者たちに困惑していた。


「もちろん挨拶はついでに過ぎんよ。本題はちゃんとある」

「はっきり言う。気に食いませんね」


 予期せぬ来訪者片割れは、改造内閣で陸軍大臣に就任したフラーであった。

 夜分遅くに来訪したというのに、まったく悪びれていない。


「本題はあなたの隣に座っている御老人ですか?」


 テッドはちらりと視線を移す。

 フラーの隣には、禿げあがった貧相な老人が座っていた。


「……テッド・ハーグリーヴス。(わし)はお主のことを知っておるぞ。それこそ、生まれた瞬間からな」

「んなっ!?」


 目の前の老人の第一声にテッドは驚愕する。

 普通なら一笑に付すところであるが、チートオリ主であるが故に無視することは出来なかった。


「そう、あれは儂がまだ学生時代。スカーフェル・パイクに登頂したときのことだった……」


 しかし、目の前の老人はテッドの様子など気にも留めなかった。

 貧相で小柄な体躯には見合わぬ朗々たる声で語っていく。


「頂上で夜空を見上げていた儂の目に巨大な光が飛び込んできたのだ! それはまさに巨大な恒星だった……」

「恒星は小さな光をいくつも纏っていてな。それはそれは奇麗なものじゃった……」

「後で聞いた話じゃが、当時その光景を見れた者は儂以外にはいなかったらしい……」

「あの時確信した! 儂が選ばれし者であると……」


 老人の語りは、適当に話しているようでいながらも聞き手に強い印象を与える。

 その様子は呪文の詠唱のようであった。


「あの、もしもーし?」

「ドーセット公。こうなった師匠は止められん。あきらめて付き合ってやってくれ……」


 とはいえ、10分近くも老人の独演会が続くと困惑しようというもの。

 焦れたテッドが声をかけるも語りは止まらないどころか、ヒートアップするおまけ付であった。


「ほぅ、良い茶葉じゃのう。さすがはドーセット公爵家と言っておこうか」

「そりゃ、どうも……」


 供された紅茶を美味しそうに飲む御老人。

 ダージリンのセカンドフラッシュは酷使した喉に優しかった。


「あなたは何者なんです? 僕のことを知っているような口ぶりでしたが」

「なんじゃ、儂の名を知らんのか?」


 夜分遅くにアポ無しで乗り込んで来て、独演会をやったあげくにこの態度。

 大抵のことには寛大なテッドも、さすがにブチキレそうになったのであるが……。


「儂は偉大なるアレイスター・クロウリー。魔術を行使するのなら覚えておけ!」


 クロウリーの魔術という言葉にテッドは反応せざるを得なかった。

 なにせ、身に覚えがあり過ぎる。


 史実のアレイスター・クロウリーは、近代における稀代の黒魔術師である。

 登山家にして詩人でもあり、さらには東洋通としても知られた。


 彼の言う魔術がチートスキルを指しているのは疑いようも無い。

 今まで何も知らずに使ってきたが、目の前の老人は詳細を知っているかもしれない。


「ところで、クロウリー師は僕のスキルについてお詳しいようですが? 是非ともご教授いただきたいですねぇ」

「えええ……」


 クロウリーに対して媚びへつらうテッド。、

 一瞬にして態度を180度転化する様子に、フラーは驚愕していた。


「教えを乞う態度は嫌いではないぞ。ところでヘロインは無いのか?」

「うちはそういったのは禁止してますので……」


 この世界のクロウリーもヘロイン中毒者であった。

 鎮痛剤として投与されて中毒者になったので、彼はむしろ被害者なのであるが。


「アレが無いと思考が冴えんのだ。そうなると困るのはお主じゃないかのぅ?」

「うぬぬ……」


 自身を使った脅迫にテッドは歯噛みする。

 普通に考えれば、中毒者(ジャンキー)にクスリを与えるなどもってのほかであるが……。


「背に腹は代えられないか」


 ため息をつきながら、テッドはダイヤルを回す。

 電話先は高級娼館『ラスプーチン』であった。


「こんなものを隠し持っていたとは。見た目とは裏腹に相当なワルじゃのう!」


 パイプに詰めたヘロインを吸うクロウリー。

 先ほどまでの気難しい表情が嘘のようである。


「どこから持ってきたのだ? あれほどご機嫌な師匠は見たことが無い」

「押収品だよアレは。さっきも言ったけど、うちは麻薬はご法度なの」


 フラーがジト目でテッドを見やる。

 対するテッドは肩をすくめるだけであった。


 ドーセット領は他の領よりも麻薬の取り締まりが厳しかった。

 ヘロインやコカインはもちろんのこと、大麻やアヘンチンキまでもが取り締まりの対象であった。


 そんなわけで、ドーセット領には麻薬の類は出回っていないのであるが何事にも例外は存在する。テッドが提供したヘロインは、ドーセット領にちょっかいを出して捕まったアメリカ裏社会の住民からの押収品であった。


 本場モノであるが故に高純度でよく効く。

 クロウリーがご機嫌になるのも当然のことであろう。


「ここまでしてもらったのだ。流石に何もせんというわけにはいかんだろう」

「では……!?」


 身を乗り出さんばかりに、テッドはクロウリーに迫る。

 この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかなかった。


 クロウリーによる解明は期待であり、同時に不安でもあった。

 それでも、テッドは真実を追い求めていた。


「期待してもらってなんだが、実際に術式を見て見ないとなんとも言えんぞ?」

「最高のホテルをご用意します。もちろん費用はこっち持ちです」

「薬も欲しいのだが?」

「部屋に直接届けさせましょう」


 その後はとんとん拍子であった。

 史上2度目の大規模召喚が行われるまで、クロウリーはドーセット領に滞在することになったのである。







「うわぁ、なんだこれは。たまげたなぁ」


 テッドの眼前に広がる長さ600m、幅80m、深さ11mもの超巨大ドック。

 史実21世紀の2万4000TEU型コンテナ船を建造可能なサイズであり、この時代の戦艦ならば数隻同時に建造する出来るほどの広さであった。


「なかなか立派だろう? 秘密裡にこれだけのものを作るのには苦労したよマイフレンド」


 テッドの親友にして、多種兵器研究開発部(DMWD)部長のジェフリー・ナサニエル・パイクが鼻高々に自慢する。別にパイクが作ったわけでは無いのだが。


「ところで、この百科事典は何かな?」

「何って、召喚するリストだよ。マイフレンド」

「分かっていたけど、聞くんじゃなかったよ」


 パイクから手渡された辞書(?)にテッドは呻く。

 方々からの要求を全部乗せしてしまった結果、立派な鈍器と化していた。


 二人が居る場所はドーセット領内のポートランド島であった。

 島全体が石灰岩で構成されており、採掘されるポートランド石は建材として人気を博した。


 この世界では無人島と化しており、巨大なドックが建設されていた。

 上空から発見出来ないように入念な偽装が施されており、その存在を知るのは極一部の関係者のみであった。


 巨大ドックが建造された目的――それは大規模召喚のための祭壇に他ならない。

 いったい、何を召喚すればこれほどまでの容積が必要になるというのか。


『マルヴィナさん、合図を』

『かしこまりましたテッド様』


 史上初の大規模召喚は今から30年ほど前に実施された。

 その際に問題となったのがドックの狭さであった。


 召喚儀式の祭壇と化したのは、当時としては最大級の広さだったキャメル・レアード社のドックであった。社長が円卓のメンバーだったことに加えて、立地上の対外的な機密保持のしやすさも考慮されていた。


『時間だ。煙幕展開っ!』

『儀式が終わるまで……いや、終わってもドック内に誰も近寄らせるな。不審者には無警告での発砲を許可する』

『射殺出来ればよし。生きていれば速やかに移送してどこまで見たか吐かせろ。その後は確実に処置しろ』


 それでも、本来ならばこの時代に存在しないはずのないシロモノが衆目に晒される可能性をゼロにすることは難しい。これでもかと言わんばかりに厳重な警備が敷かれたのは言うまでもないことであろう。


『急げよっ! シートで完全に覆ってから搬出するんだっ!』

『くそっ、こんなデカブツをどうしろってんだ!? どうやって運ぶんだよ!?』

『泣き言を言ってる暇があったら手を動かせ! さっさと分解するんだよっ!』


 当時召喚された物品は、DMWDの研究施設に極秘裏に移送された。

 比較的小型なものならともかく、超巨大な飛行艇とかになると分解するしかない。当時の関係者の苦労は察して余りある。


 これほどまでに問題が多発した大規模召喚を、より大規模にやろうというのである。円卓はいくつかの候補地を選定し、最終的に残ったのがドーセット領のポートランド島であった。


 ポートランド島が選ばれたのは地理的な条件だけでなく、ドーセット領の特性が関係していた。旧ドーセット公爵家が作り上げた諜報網が現地では未だに機能していたので機密保持がやり易いというメリットが存在した。


 この諜報網のエージェントは全て現地民で占められており、その結束は非常に強い。ヒューミントによる情報収集が主であったが、ドーセット領内に限って言えばMI6に引けを取らない情報収集能力を誇っていた。


 諜報網の元締めは、ドーセット公爵家の家宰(ハウススチュアート)であるセバスチャン・ウッズフォードであった。情報漏洩その他のトラブルにも即座に対応することが可能と考えられていたのである。


『新しい研究所も完成するし、俺らも荷造りしないといけませんね』

『引っ越しかぁ、めんどくさいなぁ……』

『まぁまぁ。研究設備は最新のものになりますし、広くて快適だから研究も捗りますって』


 召喚物の移送で苦労したことを反省し、新しいDMWDの研究施設は秘密ドックに併設されていた。これならば、機密保持に気を遣う必要もない。召喚物をいつでも好き放題に解析出来る。


『それにしても凄いな……マイフレンドから聞かされてはいたが、実際にお目にかかると迫力が違う!』

『よくもまぁ、こんなものを作ったものです』

『隣の戦艦に比べたら小さいけどね』

『そもそも、戦艦と潜水艦を比べたらダメでしょう』


 その有用性は召喚イベントが実施される前から証明されていた。

 旧アメリカ合衆国海兵隊の超巨大潜水艦を極秘裏に収容して解析することが出来たのであるから。


「……機材チェックは入念にだぞ。いざという時に動きませんでしたなんてことが無いようにするんだ!」


 秘密ドックを見下ろせる小高い丘では、主任研究員のネヴィル・シュート海軍中佐が陣頭指揮を執っていた。彼が率いるチームは撮影機材の設営の真っ最中であった。


「主任、スモールカセットで良いですか? ラージもありますけど?」

「スモールでも過剰なくらいだよ。部長から聞いたけど儀式自体は5分もかからないらしいから」

「では、スモールにしておきます」


 シュートの指示で研究員が放送業務用カムコーダにカセットを装填する。

 その横では別の研究員がバッテリーの充電状況をチェックしていた。


 カムコーダはビデオカメラの一種で、ビデオカメラとビデオデッキを一体化したものである。史実20世紀後半からビデオ撮影用カメラの主流となっており、一般にはビデオカメラというと大半の場合はカムコーダを指す。


 もちろん、この時代にそんなものが普通に存在するはずがない。

 この世界で他国をぶっちぎっている英国の電子技術の総力を結集しても開発することは不可能であった。


 このカメラは、テッドが大規模召喚で顕現させたソニーのベータカムであった。

 史実においては、放送業界のデファクトスタンダードとして広く普及したタイプである。


 円卓の技術陣はこれを解析することに成功していた。

 シュートの目の前に備え付けられているビデオカメラは、全てオリジナルからの複製品であった。


 もちろん、こんなシロモノを市場に流せるわけもない。

 オーバーテクノロジー(OT)指定を受けることになり、機材を稼働させるだけでも大量の書類と厳重な警備が必須となっていた。


 テッドが召喚したもの全てがOTに該当する。

 この世界のDMWDは第1次世界大戦前に設立されていたが、大規模召喚以降はOTの解析が専門になっていた。


 解析されたOTが円卓で厳重に管理されたのは言うまでも無い。

 必要に応じて国内の企業に提供されて英国面――もとい、製品開発に活かされていた。


「動作テスト完了。音、画質共に問題無しです!」

「よし、今日はこれまでだ。夜半の作業になるから今のうちに寝ておいてくれ」

「いよいよですね。楽しみ過ぎて眠れません!」

「それでも寝ておいてくれ。いざという時が困るからな」


 ポートランド島秘密ドックの撮影班は、人材も機材も準備万端で大規模召喚の日を迎えることになった。彼らは衝撃的な光景をフィルムに収めることになるのである。







『……明日から3日間、ドーチェスター全域で避難訓練が実施されます。特に最終日は領内の飛行と船舶の航行が取りやめになりますのでご注意ください。以上、ラジオドーセットでした!』


 ラジオパーソナリティの声が電波になって木霊する。

 ラジオドーセット(地元ラジオ)だけでなく、新聞など他のメディアでも避難訓練の実施が盛んに広報されていたのである。


 避難訓練の目的は米連による空襲への対策であった。

 昨今の航空機の発達は目覚ましく、将来的には大西洋を飛び越えてくるかもしれないので備える必要がある――と、いうのが避難訓練の表向きの理由であった。


 実際はテッドの召喚儀式を隠すためなのであるが。

 前回よりも大規模な召喚になるので、隠す方法も必然的に大規模なものとなったに過ぎない。


『イギリスを直接攻撃することも視野に入れるべきだろう。大西洋を飛び越える爆撃機を作るのだっ!』

『ど、同志トロツキー。それはあまりにも無茶な要求で……』

『技術的には不可能でないと航空機メーカーからは報告が来ているが?』


 嘘からでた誠と言うべきか。

 この時点でテッドが知る由は無かったが、実際に米連では大型爆撃機の開発がスタートしていた。


『我々はカナダでイギリスの爆撃機に好き勝手された。太平洋では日本の大型飛行艇にだ。我々が同じことを出来ない道理はあるまい?』

『そ、それはそうですが……』

『いずれにせよ必要になるのだ。万難を排して完成させるのだ!』


 カナダ上空でランカスターに無双され、太平洋では九四式に無双された。

 米連が大型爆撃機を欲するのも当然と言えよう。


『空襲警報が発令されました! 領民の皆さんはただちに最寄りの地下鉄に避難してください!』


 防空演習当日。

 ドーセット領の州都ドーチェスターではサイレンが鳴り響き、スピーカーは避難指示をがなり立てる。


「おぉ、サイレンってこんな音がするんだな。初めて聞いたぜ」

「まぁ、訓練なんだから気楽にいこうぜ?」

「地下鉄に入るの初めてなんだ。楽しみだな」


 サイレンを聞いた領民たちは最寄りの地下鉄入口を目指す。

 訓練と分かっているので慌てないし、騒がない。どちらかというとイベント気分であった。


「慌てず騒がず、ゆっくり急げよ」

「階段でこけるなよ? 絶対にこけるなよ?」

「フリですね。分かります」

「そんなわけあるか!?」


 地下30mにあるので階段はそれなりに長い。

 ドミノ倒しに警戒しながら領民たちは階段を下っていく。


 地下鉄1号線は今年になってから営業を開始した。

 営業距離は12kmでドーチェスターの旧市街と新市街(ニュードーチェスター)を環状線で結ぶ。


 この時代に地下30mの地下鉄は異例と言えた。

 表向きには防空壕として建設されたからと言われている。


 しかし、その実態は全く異なる。

 地下深くを走ることになった直接の原因は地下に先客がいたからである。


 地下鉄1号線は当初の計画では地下10mで計画されていたが、路線計画がテッドが作った秘密地下鉄とぶつかってしまった。これを回避するために1号線は深く潜らざるを得なかった。


 1940年に建設を開始した1号線は3年足らずで完成していた。

 地下鉄としては比較的短い営業距離であったとしても、これは驚異的な工事の速さと言える。


 地下鉄の計画から開業まで通常は10年以上かかる。

 それを3年足らずにまで短縮出来たのはシールドマシンをはじめとする最新の工法が工期短縮に大いに寄与したことが原因であるが、それだけでない。


 なんといっても、土地の収用問題が無いのが工期短縮が実現した最大の原因であった。地下鉄の場合は工事そのものよりもルート選定や用地買収で時間がかかってしまうのであるから。


 英国の土地の3割が貴族や郷紳(ジェントリ)の所有物とされる。

 特に有名なのがグロブナー家、カドガン家、ハワード・ドゥ・ウォールデン家、ポードマン家――いわゆる貴族4家であろう。


 英国には土地を所有するための権利として、自由土地保有権(フリーホールド)不動産賃借権(リースホールド)が存在する。前者は日本での所有権の概念に近く、後者は定期借地権に相当する。


 とどのつまりは、民間人及び民間企業はリースホールドを得て土地や建物を利用する。土地持ち貴族は賃料で潤うし、その金を別の事業に投資してさらに豊かになる。もっとも、全ての貴族がこのような典型的な勝ち組になれるとは限らないのであるが……。


 先述の貴族4家は土地代から得られる事業投資で王家をも凌ぐ経済力を得た。

 史実21世紀においても英国社会で未だに影響力を保持し続けられるのは、ロンドン中心部を所有しているからこそであろう。


 当然ながら、このケースはドーセット領にも当てはまる。

 全ての土地をドーセット公爵家が領有しているので、土地収用問題は基本的に存在しない。


『あ、頭をお上げください領主さま!? こちらは土地をお借りしている身なのですから工事の許可など取らなくても!?』

『工事にかかる迷惑料!? こんなにいただけるのですか!?』

『うぅ、ありがたや。ありがたや。新しい住居まで用意していただけるなんて……』


 これに加えて、工事現場周辺の領民たちには手厚すぎるくらいの補償をしていた。領民はテッドを慕っていたので、地下鉄工事反対運動が発生する余地は無かったのである。


「こちらは異常は見当たりません」

「こっちもです。引き続き警戒にあたります」


 避難が完了したことで、すっかりゴーストタウンと化した市街を歩くメイドたち。普段のヴィクトリアメイドスタイルではなく、スカートを短めにしたミリタリーな武装メイド姿であった。


 今回の防空演習の監督官を彼女たちは務めていた。

 見ては困るモノを領民たちが見ないようにすることが最優先任務とされていた。


「……そこで何をしているのですか? 避難指示はとっくに出てるでしょうに」

「いや、ちょっと避難する前に煙草を……って、痛い痛い痛い!?」


 隠れて煙草を吸っていたおっさんを瞬時に制圧する。

 哀れなおっさんは、最寄りの地下鉄入口に連行されることになった。


 監督官の業務は隠れ――もとい、逃げ遅れた領民を保護することである。

 もちろん、そんなものは建前に過ぎないのであるが。


 監督官として武装メイドを大量投入して片っ端から領民を連行したのは、万が一にもテッドの召喚魔法を見られるのを避けるため。3日間も期間を設けたのは、最初の2日間で周知徹底して最終日で完璧を期すためであった。


『避難訓練をサボるとメイドさんに連行されるらしいぞ!?』

『なにそれ怖い。俺は真面目に避難することにするぜ』

『メイドさんに踏まれたい。はぁ、はぁ……』

『命知らずのバカがここにいるぞっ!?』


 領民にとって、ドーセット公爵家のメイドは畏怖の象徴であった。

 メイド姿のキリングマシーンであるから当然と言えようが。


 そんなのが市街地にうろついているとか、某製薬会社の企業城下町よりも質が悪い。避難訓練をサボる領民は壊滅したのであった。


 避難訓練の最終日は領内に向かう鉄道、飛行機、船舶の全てが差し止められた。

 夜になると灯火管制が敷かれ、普段は明かりと喧騒で賑わう空間がゴーストタウンと化す。新月の夜なので明かりが無いとまさに一寸先は闇であった。


『この感覚、久しぶりだな……』

『そうね。あの時を思い出すわね』

『今回はわたしもいますよっ!?』


 そして、満を持してテッド・ハーグリーヴスが動き出す。

 彼にとっていろいろな意味で運命の瞬間が迫り来ようとしていた。







「真っ暗で何も見えませんよ!? やっぱりライトを入れたほうが……」

「光源なら湧き出てくるから必要ないよ。むしろ撮影の邪魔になってしまうし」

「そ、そうなんですか……」


 ポートランド島の秘密ドックを見下ろせる小高い丘。

 声は聞こえど姿は見えず。新月の夜はひたすらに闇であった。


「さぁ、いよいよ始まるぞ。準備は良いかい?」

「カメラOKです!」

「ライトは……いりませんでしたね。メイン落としておきます」


 暗闇で悪戦苦闘しながらも撮影の準備は進んでいく。

 世紀のショーを完全収録するべく撮影班は燃えていた。


「師匠、こんな遠くで良いのですか? もっと近くのほうが……」

「話で聞いた限りじゃが、召喚規模を考えると召喚陣は巨大なものとなろう。近くに行き過ぎると全容が見えなくなるかもしれぬからの」


 撮影班の近くで待機するクロウリーとフラーの師弟コンビ。

 こちらはこちらで稀代の大魔術を目に焼き付けるべく、その瞬間を今か今かと待ち受けていた。


「時間になりました。煙幕を展開します!」


 ポートランド島の周囲で煙幕が展開される。

 新月の闇と煙幕の組み合わせは、たとえ強力な光源が発生しても光を漏らすことはないはずであった。


「始めたかマイフレンド。これで2度目だね……」


 秘密ドックの床に出現する巨大な魔法陣。

 それを見たパイクは思わず呟く。


「うわっ、魔法陣から出てくる光がっ!?」

「どういう原理なんだ……」

「分からないから魔法なんじゃないか?」


 撮影班も騒ぎ出す。

 レンズ越しに観測出来る事象はあまりにも常識からかけ離れたものであった。


「あ、あれはロケット!?」

「でっかい潜水艦もあるぞ!?」

「どんどん出てきてるぅぅぅぅ!?」


 如何に常識からかけ離れていようが、決して幻などなかった。

 ドックの床に展開した魔方陣から湧き出る光の玉が次々と実体化していく。


「ほうほうほう!? これは興味深い術式じゃのう。しかし、これはどちらかというと……いや、うーむ……」


 クロウリーは魔方陣を見て驚くと同時に困惑する。

 術式の内容が彼の想像とは異なるものだったからである。


「おぉっ!? あれは労働党政権のクソ野郎どものせいで開発中止になったTSR-2ではないか!? あっちのは計画のみで終わったフェアリーのデルタ3かっ!?」


 クロウリーの不詳の弟子フラーは、魔方陣よりも召喚物に興奮していた。

 陸軍軍人のくせに空軍の機体に妙に詳しいのはご愛敬と言うべきだろうか。


「おっ、僕のリクエストも出てきた。流石だねマイフレンド!」


 すぐに見えなくなってしまったが、お目当てのものを発見してほくそ笑む。

 大量の召喚物の中から見つけ出すのはかなりの難事だろうが、当のパイクはそこまで考えていなかった。


機械の馬(メカホース)? 誰だよあんなのをリクエストしたのは?」

「信じらんけど、勝手に動いてるぞ!?」

「鞍が付いてるってことは、人が乗る前提なのかあれはっ!?」


 レンズ越しに見るメカホースに驚愕する撮影班の面々。

 風○再○っぽいデザインなメカホースは大量の召喚物を器用に避けていく。


 彼らは知る由が無かったが、メカホースをリクエストしたのはテッドと親交がある第17代ダービー伯爵のエドワード・ジョージ・ヴィリアーズ・スタンリーであった。テッドは20年以上前の約束を律儀に守っていたのである。


「信じられん。あれだけ広かったドックが埋まってきてるぞ」

「いったい、どれだけ召喚するつもりなんだ」

「信じられるか? まだ5分も経っていないんだぜ……」


 カップラーメンが作れる程度の時間しか経っていないのに、広大なドックは7割がた埋まっていた。残された空きスペースにも容赦なく召喚物が実体化していく。


「いや、凄いのぅ。事前準備も触媒も無しにこれほどの効果とは。これでは魔術じゃなくて魔法。いや、神の御業じゃろうて……」


 オリ主チートを間近に目にすることになったクロウリーは、ただただ感服するばかりであった。匙を投げたとも言う。


「くそっ、なんだよあのデカチチは!? 両手に花って、東洋の諺だったか? まったくもって妬ましいぜ……」

「おまえ別の場所を撮ってないか?」

「だって、同じ光景ばかりで飽きてしまうし。このアングルなら別のカメラからも撮ってるし」

「おまえなぁ……俺にも見せろ」


 儀式開始から4分30秒経過。

 この時点で、撮影班がレンズ越しに見ていたのは白と褐色のデカチチであった。


「んんっ? 一瞬ふらついたような……」

「おいっ!? ぶっ倒れたぞ!?」

「暗くなった!? 明かりをつけろ!」


 儀式開始から5分ジャスト。

 魔力切れのテッドが昏倒。同時に光源だった魔方陣が消失したことで周囲は暗闇に閉ざされた。


「今すぐメディックを……」

「わたしが背負って運ぶから問題ないわ」


 しばらくして、暗闇から褐色肌の大女こと正妻のマルヴィナが飛び出てくる。

 彼女は全身を布で覆ったテッドを背負っていた。


「で、ですが……」

「わたしたちで運ぶから問題無いですよ。そちらはそちらのお仕事を頑張ってくださいね」


 心配して近づくスタッフを愛人の伊藤チヨがけん制する。

 ここまで言われてしまうと、彼らとしても全面的に任せるしか手立ては無い。


「なぁ、気のせいか?」

「気のせいって何が?」

「いや、明らかに縮んでいなかったかってことだよ」

「気のせいだろ。嫁さんがデカいから相対的に小柄に見えただけじゃね? 暗闇ではっきり見えなかったし」

「それもそうか」


 全身を布で巻かれていたことに加えて、暗闇だったことが幸いした。

 ここのスタッフなら問題は無いだろうが、直接関係の無い人間にはバレないに越したことはないのである。


「……」

「どうしましたお姉さま?」

「いや、なにか背中に違和感があるのよね……」


 車に急ぐマルヴィナは違和感を感じていた。

 それは30年前には存在しないものであった。


 昏倒したテッドはドーセット中央病院に担ぎ込まれることになった。

 バイタルサインは安定しており、命に別状はないことが判明して正妻愛人コンビが安堵したことは言うまでも無いだろう。


『えっ、これって……』

『つ、付いてない……』


 別の意味で驚愕することになるのであるが。

 テッドが衝撃の事実を知るには、今しばらくの時間が必要であった。







「……知らない天井だ」


 目を開けると飛び込んでくるのは身に覚えのない景色。

 周囲を見渡すとベッドに寝かせられているのが分かる。


「テッド、気付いたのね!」

「テッドさん大丈夫ですか!?」

「ちょっ、ぐぇっ、ぐるじい……!?」


 テッドが覚醒したのに気付いたのか、マルヴィナとおチヨが飛び込んでくる。

 いきなりの肉弾攻撃に病み上がりのテッドは悲鳴を上げることになった。


「えっ!? ちょっ、離しなさいよ!?」

「そんなところを触らないでくださいっ!?」


 その瞬間、飛び込んで来る屈強な警備員たち。

 心配のあまり暴走する正妻愛人コンビは、数の暴力で強制退場させられることになった。


「おぉ、気付かれましたか」


 嵐が去った病室に白衣を着た恰幅の良い老人が入ってくる。

 身なりと雰囲気から、病院内ではそれなりの地位にいる人間と思われた。


「あ、あなたは?」

「ここの院長です。良いですか。落ち着いて聞いてください……」


 正妻愛人コンビを止めたのはドーセット中央病院の院長であった。

 彼はドーセット公爵家のセバスチャンと友人であり、万が一のことを頼まれていたのである。


「あなたは9日間昏睡状態でした。不思議なことにバイタルは安定していて、体重減少もありませんでしたけどね」

「あー、前回は1週間だったからそんなものかもなぁ。やたらダルいのはそのせいか」


 テッドは30年前の大規模召喚で1週間昏睡状態となった。

 今回は9日間で済んだというのなら、儲けものなのかもしれない。


「それだけではありません。前回の件はセント・メアリーズ病院より報告を受けていますが、今回は」


 『明らかに違う』と院長は言葉を続けることが出来なかった。

 騒々しく病室の扉が開け放たれたからである。


「……お早いお帰りですね。警備員たちはどうしました?」


 戻ってきた正妻愛人コンビは乱れた髪と衣装を直そうともしない。

 マルヴィナの拳が真っ赤だったり、おチヨの頬にも赤い点らしきものが見えたが院長は全力でスルーしていた。


「ちゃんと加減はしたわよ? ちょっとは済まなかったと思っているわ」

「暴走してしまってすみませんでした……」


 運動をしたことで精神を落ち着かせたのであろう。

 巻き込まれた警備員たちには同情を禁じ得ない。


「ところで院長。肝心なことは説明したの?」

「これからですよ。とはいえ、こればかりはあなた方のほうが適役でしょう。そういうことでお任せしますよ」


 言うだけ言うと院長はさっさと退室してしまった。

 テッドの退路は、この瞬間に絶たれてしまったのである。


「「……」」

「えーと? 二人とも目が怖いんだけど?」


 無言でにじり寄ってくる二人に本能的に恐怖を覚えるテッド。

 しかし、正妻愛人コンビは止められないし止まらない。


「うわっ!?」


 マルヴィナの剛腕がテッドを掠めるとボタンが吹き飛んだ。

 たちまちのうちに胸元がさらけ出される。


「なにするんだ……って、ええええええええええ!?」


 己が肉体の変化にテッドは絶叫していた。

 明らかに余計な、肉体年齢に比して豊かな肉が胸についている。


「ということは……やっぱり付いて無いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 慌てて股間を触ってみれば、スカスカな感触しかない。

 テッドはショタではなく少女(ロリータ)になってしまったことを否が応でも自覚せざるを得なかった。


「ど、どうしてこんなことに!? 前回はそんなことなかったのに!?」


 ショタになることは慣れていても、性転換(TS)は未経験だから混乱は当然であろう。

 性別の変化に精神が追い付いていないことも混乱を助長させていた。


 この時点で、テッドは性同一性障害に陥っていたと言える。

 しかし、事態は彼を待ってはくれなかった。


「あっ……」


 急にモジモジしだすテッド。

 マルヴィナとおチヨは、それが何かを瞬時に察していた。


「さ、トイレに行くわよテッド」

「もちろん女子トイレですよ?」

「えっ、僕は男で……」


 非力な少女(?)が二人に抵抗出来るわけもなく。

 某宇宙人の如く捕まえられたテッドは女子トイレに連行されたのであった。


「うぅ、やっぱり女子トイレに入るの?」

「ここまで来て何を言っているの?」

「そうですよテッドさん。その体で男子トイレには入れませんよ!」


 女子トイレの入口で必死に抵抗するも無駄な努力であった。

 あっさりと奥の個室トイレに連れ込まれてしまった。


「ほら、ちゃんと座りなさいテッド」

「もっと奥に座らないとダメですよ?」


 個室トイレに女性が3人も入れば狭くないわけもなく。

 テッドは便座に座らされたまま、逃げ場を失っていた。


「お姉さま、タンポンがあったほうが良いでしょうか?」

「そうね。確認してみましょうか」


 言うが早いか、マルヴィナはテッドの股間に手を伸ばす。

 あまりの早業にテッドは制止する時間さえ与えられなかった。


「ひゃあっ!?」


 股間に突っ込まれる褐色の指に思わず悲鳴があげる。

 テッドにとって、目の前の光景は悪夢そのものであった。


「ん、処女膜はちゃんとあるわね。ナプキンで良いわ」

「分かりました。用意しておきますね」


 テッドの様子を見ても二人はまったく動じていなかった。

 同じ女性だから問題無いと考えているのだろう。


 ちなみに、タンポンとナプキンの主な違いは経血を吸収する場所である。

 タンポンは膣内で直接吸収してモレやニオイを防ぎ、ナプキンは体外で吸収する。


 それ故に、処女膜があると膣内にタンポンを入れるのは難しい。

 別にマルヴィナがテッドを虐めたわけではないのである。多分。


「退院したら女性用の服を買ってこないといけないわね」


 トイレ初体験の衝撃も冷めぬうちに、マルヴィナがとんでもないことを宣う。

 それもランチを頼むようなお気軽さで。


「えっ、昔着ていた服で充分なんじゃ……」

「ショタな服を今のロリータなテッドが着たら犯罪よ? せっかくだから新調するべきよ」


 マルヴィナは嘘は言っていない。

 ぱっつんぱっつんな半袖短パン服を今のテッドが着たら、エロゲキャラになってしまう。


「そういうことでしたら着物にしましょう。テッドさんの体形なら晴れ着が似合いますよっ!」

「何を言っているのおチヨ。テッドに似合うのはゴスロリに決まっているでしょう?」

「「……」」


 当事者を無視して無言で睨みあう正妻愛人コンビ。

 その様子はまさに龍虎相搏つ。二人の女傑の激突は避けられないものと思われたが……。


「考えてみれば両方着せれば良いわね」

「そうですね。日替わりにしましょう」

「えっ、えっ?」


 これまた当事者とは関係なく勝手に和解してしまった。

 テッドが着せ替え人形と化すことが決まった瞬間であった。


『僕は男だーっ!?』

『テッド、ちょっと落ち着きなさいよ!?』

『とりあえず、お薬いっときますかお姉さま?』


 精神的にも肉体的にも不安定なテッドは、他人の目が気になり過ぎて精神的に落ち着けない状態が続いていた。精密検査で異常が無いことを確認すると、すぐさまドーチェスターハウスに戻ることになったのである。







挿絵(By みてみん)

「……なかなか苦労しているようじゃのう」

「好きでこんな格好してるわけじゃないんですよ!?」


 ゴスロリ姿のテッドを見たクロウリーは憐憫の情を抱いてしまう。

 テッドからすれば、大きなお世話であったが。


「それで? わざわざ来てくれたということは、僕のスキルについて説明してくれるのですよね?」

「無論じゃ。完璧ではないが、ある程度の仮説は立てられた。本来ならば、もっと時間が欲しいのじゃがな」


 現在のクロウリーは、直接見た術式と撮影班の撮影した映像を使って術式の解明をしていた。ある程度情報がまとまったので報告しに来たのである。


「さて、こちらの仮説を答える前にお主はどの程度認識しておるのだ?」

「召喚するとショタ化する。ショタ化している時間は物質の召喚コストに比例する。あとは……」


 残念ながら、チートスキルに取説は付いていなかった。

 テッドは何度もスキルを使用することで使い方を体得していったのである。


 現時点で判明しているテッドのスキルは以下の通りであった。


 1.召喚スキルを使用するとショタ化する。

 2.ショタ化している時間は召喚した物質のコストに比例する。

 3.ショタ化の時間を短縮するためにはセッ○スが有効。

 4.意識があれば避妊効果がある。


 1と2はスキルを使っていれば嫌でも分かる。

 3はマルヴィナとおチヨのおかげで判明している。


 4については、テッドは半信半疑であった。

 しかし、実際に子供が出来てしまったので否定しようがない。とはいえ、未だにメイドたちとは子は為せていないのであるが。


「……ふむ。間違ってはいない。よくもまぁ、調べたものだな」


 テッドの報告を聞いたクロウリーは感心していた。

 黒魔術の知識が無いのに、経験だけでここまで調べ上げたのは大したものと言えよう。


「だが、全てではない。儂の仮説は恐らく当たっているだろうが、あくまでも仮説に過ぎぬ。しかも相当にショッキングだ。それでも聞くか?」


 クロウリーは鋭い視線を向ける。

 その様子はテッドを試しているようにも見える。


「このままだと元の姿に戻れやしない。ならば、聞くしかないじゃないか」


 しかし、テッドの腹の内は決まっていた。

 どっちにしろ現状は詰んでいる。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるだろう。


「お主の魔法は行使する代償に年齢が失われる。しかし、肉体は一定の年齢以下には下がらない。お主の言うショタと言うやつじゃ」

「一定の、と条件を付けたのは実際には年齢が下がっているということ?」


 どんなものを召喚しても、結局ショタになってしまう。

 それ故に、テッドはそこまで年齢ペナルティを気にしたことが無かった。


「肉体の年齢は下がらずとも、ペナルティとしての年齢は減算される。いわゆる年齢がマイナス状態になるわけじゃ」

「召喚コストの高いものを召喚すればマイナスが大きくなって、戻るのに時間がかかるわけか」


 どんなものを召喚してもショタになってしまうが、戻れる時間には差が出てくる。それはつまり、召喚コストと年齢ペナルティが比例していることを意味していた。


「ペナルティは時間経過で減っていく。ペナルティが消滅すれば元の体形に戻れる」

「そこらへんは理解してる。何度もやってるからね」


 召喚コストが低ければ、時間経過だけでペナルティは打ち消せる。

 過去に何度もスキルを使用しているだけに、嫌と言うほどテッドは理解していた。


 ここまでのクロウリーの説明は事実の再確認に過ぎない。

 しかし、その後が問題であった。


「ペナルティを早く消滅させるには、魂の同調者が年齢を捧げる必要がある。術式ではおまえさんの妻と愛人が設定されていたな」

「……なんかすごく嫌な予感がするんですけど」


 テッドはこれ以上聞くのを躊躇した。

 しかし、クロウリーの口を止めることに失敗した。


「年齢を捧げることは若返りを意味する。二人が年齢の割に若々しいのはそれが原因じゃろうて」

「うわぁ、やっぱりかぁぁぁぁ!? 大義名分を与えてしまったじゃないかぁぁぁぁ!?」


 このことを知られたら、二人の夜のプロレスがさらに過激化することは間違いないだろう。二人がこの場に居なかったことをテッドは心底感謝していた。もちろん、速攻でバレたのであるが。


「避妊については現状では良く分からん。今後の解明次第じゃが、魂の同調者以外は年齢を捧げることは出来ん。そこらへんに原因があるかもしれんのぅ」

「あぁ、うん。それについては安心したよ。無差別に効果が出たら、今頃僕は何処かに囚われてひたすらセッ○スするハメになっただろうからね……」


 実際に若返ることが出来ると知られたら世の女性たちは、どんな手を使ってでもテッドを手に入れようとするだろう。逃げ回る苦労を想像するだけで、テッドはゲンナリしてしまった。


「まだ大事なことをまだ聞いてないよ? なんで僕は性転換してしまったのさ?」


 今回の大規模召喚で性転換してしまった原因は何か。

 精神的に不安定になってしまったテッドは、そのことが気になって夜も眠れる日々を過ごしていた。


「……現段階では仮説の仮説なのじゃが。おそらくはこの世界の理に反する物を召喚したペナルティじゃないかと思うぞ」

「そんなモノを召喚した覚えなんて……あっ!?」


 史実では試作機止まりだった機体の量産機バージョン、計画段階でポシャったのに何故か存在している実機。極めつけは22世紀になっても存在しているか怪しいメカホース。テッドには心当たりがあり過ぎた。


「まぁ、時間をかければ元の姿には戻れる。そこまで心配することは無いじゃろ?」

「前回は何もしなかったら2年近くかかったんだよ!? この身体じゃとても耐えられないよ!?」


 ちなみに、前回の大規模召喚は第1次大戦の直前に実施されていた。

 そのまま戻る気配すらなく、ショタ状態でアメリカに飛ばされてマルヴィナに喰われてから元の姿に戻れたのである。


「何を言っておる? 年齢を捧げてもらえば良いじゃろうが」

「女同士で乳繰り合えとでも言うのかっ!?」


 体は少女でも心はおっさんなのである。

 ガチレズは到底受け入れられるものでは無かった。


「手段が無いことも無いが、正直これはお勧め出来ん。誰にも頼らずに単独で出来る方法ではあるが……」

「そんなのがあるなら是非っ!?」


 脊椎反射で飛びついてしまうテッド。

 こういったものには大抵ろくでもないトラップがあるのだが、そんなことを考えることが出来ないほどに彼は追いつめられていた。


「はっ? 辱め? どういうこと?」

「言葉通りの意味じゃ。お主が辱めを受けるほどペナルティ解除にブーストがかかる術式になっておった。まぁ、信じるか信じまいかは勝手じゃが……」


 他者から恥をかかされたり、名誉や誇りを傷つけられたり、屈辱的な状態や行為などなどエトセトラ。不安定な精神状態でそれを実行するのは、あまりにもリスキーに過ぎるだろう。


「この世に神はいないのかぁぁぁぁぁ!?」


 あまりにも残酷な選択肢に心の底から絶叫する。

 少女の叫び声はドーチェスターハウスに響き渡ったのであった。

ついに2度目の大規模召喚実施。

結果として、テッド君は心と身体に酷い傷を負うことになりました。


このまま暗黒面に沈んでしまうのか?

はたまた、七転八倒しながらも復活出来るのか?主人公の今後に乞うご期待ですよっ!


>ジョン・フレデリック・チャールズ・フラー

イギリスよりもドイツで評価された人。

彼がいなければ、ドイツは電撃戦を実行することは出来なかったはず。


いろいろな本を執筆しているのも特筆出来るところ。

魔術の本も多数書いていて、アレイスター・クロウリーとのつながりがあったりします。


>大英図書館史実編纂部

いわゆる円卓の集合知。

メンバーたちが持っている史実の記憶の断片を編集する部署です。その名の通り、史実の歴史を網羅することが目的になっています。


>小規模だが機動的な機械化部隊など世迷い事に過ぎない。

実際、トハチェフスキーの言い分にも理はあるんですよね。

準備万端で待ち受ける縦深陣地に電撃戦を仕掛けても効果は薄いどころか、壊滅しかねませんし。


>先月のナルサルスアーク飛行場砲撃も恐らく彼が絡んでいる。

本編第110話『踊る黒い蜘蛛』参照。

16インチ砲120門は敵側からしたら悪夢でしょうねぇ:(;゛゜'ω゜'):


>閣僚でも末席な僕に挨拶に来るとは。

改造内閣でもテッド君は無任所大臣です。

たとえ労働党政権になっても無任所大臣です。あと30年は頑張ってもらわないと(酷


>頂上で夜空を見上げていた儂の目に巨大な光が飛び込んできたのだ!

これはテッド君が異世界転生したことを意味しています。

今後書くことは無いだろうから、ここでネタ晴らし。


>恒星は小さな光をいくつも纏っていてな。それはそれは奇麗なものじゃった……

既に察している人もいるかもしれませんが。

平成会のモブを指しています。彼らはテッド君に巻き込まれるような形で異世界転生して来たのです。


テッド君も平成会のモブたちも、この世界の住民では無いので世界法則が適用されません。生前の記憶を全て持てている理由でもあります。


>アレイスター・クロウリー

20世紀を代表する魔術師。

史実では貧困で苦しんだ末に亡くなっていますが、この世界ではテッド君というパトロンを見つけたので思う存分に研究に打ち込んでいます。


>ポートランド石

大理石の一種。

イギリスの建築用石材として最も有名で輸出もされています。


>ベータカム

媒体がVHSではなくベータマックスだったります。

この世界では英国からベータマックスが発表されて平成会が推すVHSを駆逐する可能性も微レ存あるかも?


>OT

オールドタイプじゃありません。

しかし、もっと気の利いたネーミングにすれば良かったなぁ(;´∀`)


>避難訓練

昔風に言えば防空演習でしょうかね。

国内の引き締めが本来の目的であって、実効性については疑問視する声もあったようです。


>大西洋を飛び越える爆撃機を作るのだっ!

いわゆるテンテンボマーですが、この世界の米連に出来るのでしょうかね?w


>この時代に地下30mの地下鉄は異例と言えた。

普通だと地下10mくらいです。

防空壕というのはプロパガンダ用の後付け設定だったりします。


>当然ながら、このケースはドーセット領にも当てはまる。

ドーセット公爵家は史実の貴族4家を足した資金力があったりします。


>ミリタリーな武装メイド姿であった。

スカート短くして、太ももにプロテクターを付けて……いかん、描きたくなってきた。これは是非とも挿絵にしなければっ!?( ゜д゜ )クワッ!!


>「始めたかマイフレンド。これで2度目だね……」

パイクは前回の召喚儀式にも立ち会っています。


>「あ、あれはロケット!?」

実用性と時期を考えるとカッパーロケットが良いのですけどね。

弾道ミサイルに転用出来るし。いっそH-3というのも……(マテ


>「でっかい潜水艦もあるぞ!?」

日本のリチウムイオン潜水艦にするか、はたまたアメリカの原潜にするか。

悩みますねぇ…(´ε`;)ウーン…


>あれは労働党政権のクソ野郎どものせいで開発中止になったTSR-2ではないか!?

イギリス版B-1ランサー。

試作機は良好な性能だったけど、開発費が高騰し過ぎて労働党政権時代に開発中止に。


>計画のみで終わったフェアリーのデルタ3かっ!?

フェアリー社が計画した超音速デルタ翼戦闘機。

実現していたら、ダッソーなんぞにデカイ顔させんで済んだだろうに…(´・ω・`)


>テッドは20年以上前の約束を律儀に守っていたのである。

自援SS『変態紳士の領内事情―モータリゼーション編―』参照。

口は災いの元w


>「ここの院長です。良いですか。落ち着いて聞いてください……」

9年も眠ることが無くて良かったよ…εー('ω`n

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
TS主人公のイラストうpオナシャスw それにしてもクロウリーとかまた渋いですね。 遥か昔に、そういう関連を読み漁った事が有りますw
>ジョン・フレデリック・チャールズ・フラー 面白い人がいたもんだなあw マーベル世界ならドクター・ドゥームみたいになってたかもしらんw ※国王で超科学者で魔法使いでパワードスーツ着た、アメコミ世界の…
 代償が糞デカい。変身するたびにチンチンが1センチ縮むアホアホ学園の主人公とどっちがマシなのか解らんレベルだ。奴の場合は変身し過ぎてチンチンが消滅からの女体化。アイドルデビューした後ストレスが溜まる程…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ