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ひとみ先生の眼科診察室  作者: らな


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第37話 ㋴ 湯川さん

次の患者は小学生だった。


湯川涼太、8歳、小学2年生。

主訴は視力が落ちてきて黒板の字が見えにくいというものだった。


裸眼視力は右が0.1、左が0.3、両眼で測っても0.4しか出なかった。

しかし、近視のレンズを入れると矯正視力は両眼とも1.5まで出ていた。


小2かあ。

ちょっと早いけどメガネかなあ。


そう思いながら、陽子に湯川さんを呼び入れてもらった。


「湯川涼太さーん。」


診察しても特に目に悪い所見は無く、視力は近視によるものだった。

診察中、涼太君はゴソゴソよく動き回った。

機械を触ろうとしたり、スイッチを押そうとしたりとにかく落ち着きがない子だった。


ひとみは涼太君のお母さんに今の視力について説明した。

「学校などでは両眼で見て0.7ないと見えにくく授業に集中できないと言われています。メガネを作った方がいいですね。」


お母さんが顔をしかめた。

「メガネは作りたくないんです。」


小さい子供にメガネをかけさせることに拒否感を示す親は時々いる。

気持ちは分からなくもないので、少しずつ受け入れるよう提案してみた。

「メガネに抵抗があるなら、まずは授業中だけかけられてはどうでしょうか?」


「いいえ。メガネは作りません。診断書を書いて欲しくて受診に来たんです。」

「診断書?」


涼太君は近視はあるが矯正視力は良好だし、目に悪い病気はない。

眼科的には裸眼視力が悪くても矯正視力が出ていれば、病気という扱いにはならないのだ。


「涼太は〇✖塾に行ってるんですけど、席が後ろの方なんです。でも、診断書があれば席を前にしてもらえるんです。」


〇✖塾・・・


先日、受診にきた小学5年生の子供の保護者が言っていた。

〇✖塾はこの辺りで有名な中学受験塾だが、教室の席が成績順で決められており、成績のいい子が前になるらしいのだ。

〇✖塾に通うそのお子さんは席が後ろの方で、見えにくいからメガネを作り替えたいという訴えだった。


「矯正しても視力が出ない弱視とかなら診断書は書けますが、涼太君は矯正したら視力が出るので診断書を書くのは難しいですね。見えにくいのなら授業中だけでもメガネを・・・」

「メガネは作りたくないんです。診断書だけ下さい。」

お母さんは一歩も引かなかった。


矯正視力が出るのに、裸眼視力が悪いので席を前にして下さいという内容の診断書を書くことは当院では難しいと伝え、この日は帰っていただいた。


細隙灯を消毒している陽子にひとみは話しかけた。

「成績悪いのに、席が前になったら居心地悪くないのかな?それに他の子からズルいとか言われて虐められたりしそうじゃない?」


ひとみの言葉に陽子がニヤッと笑った。

「診断書パワーで席を前にして、俺様は賢いぞっていう気分を味わわせて、やる気出させたいんじゃないですか?」

「ああ・・・。」


なるほど、そういうのもあるかもしれない・・・。

あのお母さんなら、診断書を書いてくれる眼科を根性で探し出しそうだしなあ・・・。


ひとみはため息をついて次のカルテに手を伸ばしたのだった。



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