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ひとみ先生の眼科診察室  作者: らな


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35/37

第35話 ㋲ 森岡さん

「森岡シゲ子さーん。」

陽子の声が待合室に響いた。


森岡シゲ子さん、72歳。

元々は白内障や眼精疲労といった目のトラブルで時々、受診していた患者さんだ。

今日の主訴は右目が痛い。


「森岡さん、お久しぶりです。右の眼が痛いのですか?」

「私な、肺がんになってん。」


いきなりヘビーな内容を告白された。

「まあ。」

「それで、いろいろ薬試しててんけどあまり効かなくて、最近出たっていう新しい抗がん剤を飲み始めてん。そしたら、それ飲み始めてから睫毛が刺さるねん。」

「睫毛が刺さる?」


診察すると、右目の睫毛が釣り針のように固く太くなり、しかもクリっとカールしていた。

そして釣り針のようになった睫毛が何本も角膜や皮膚に刺さっていたのだ。


うわあ、これは確かに痛そう・・・


「睫毛がカールして刺さっているので、抜いておきますね。」

ひとみは目の写真を見せながら、森岡さんに説明した。


カールした睫毛を抜くと、森岡さんはホッとした表情になった。

「ああ、チクチクしなくなって楽になったわ。」

「また生えてきて痛かったら、いつでも抜きますから。」


それから、森岡さんとひとみの長い戦いが始まった。

抜いても抜いても、また釣り針が生えてくるのだ。

左の睫毛も普通ではなかったが、なぜか右の睫毛の剛毛具合や曲がり具合が左の3倍くらいあった。


「飲み薬なんですよね?」

ひとみに聞かれ、森岡さんがハイと言いながら頷いた。

「なんで、右ばっかりこんな事になるんでしょうね?」


その謎は不明のままだ。


それが1年近く続いたある日、森岡さんを診察すると睫毛が少し細くなっていた。

「あれ?森岡さん、睫毛前よりましですよ。」

「がんの薬変わってん。」

まだカールは残っていたが、酷い時と比べると太さと曲がりが軽くなっていた。


その後、すっかり普通の睫毛に戻った森岡さんは以前ほど受診されなくなった。


他の科で出された薬の副作用を眼科でチェックすることは他にもあるが、よく効く薬はなかなかの副作用をもたらすことがある。


たまに受診される森岡さんの顔を見ると、ひとみの頭の中にあの釣り針睫毛が思い浮かび、薬って怖いなあと思うのだった。



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