第34話 ㋱ 目黒さん
「目黒祥子さーん。」
陽子の呼び声で診察室に入って来た目黒さんを見て、ひとみはギョっとした。
顔中怪我だらけだったのだ。
目黒祥子、58歳。
主訴は、転んでカーペットで目の周りを擦りむいた。
問診に目を通した後、もう一度目黒さんの顔を見た。
左目の辺りからこめかみ、左頬にかけて確かに擦れたような傷があった。
その傷が一番目立ってはいた。
しかし。
いやいやいや、じゃあなんでおでことか右頬とかあごの辺りにも内出血があるのよ?
一回の転倒では説明のつかない怪我だった。
DVかしら・・・?
暗い表情の目黒さんを見ているとそんな想像をしてしまった。
問診の時受付で聞いてくれていたが、もう一度尋ねてみた。
「どうやって怪我をされたのですか?」
「転んでカーペットで擦ったんです。」
目黒さんは受付で言ったのと同じことを伝えてきた。
目を診察すると、瞼の腫れや顔に傷はあったが目自体には出血や網膜剝離といった病気は見られなかった。
「視力もいいですし、目には異常はないですね。瞼の腫れや皮膚の傷は様子を見ていたら徐々に引いてくると思います。」
大きな異常がないと聞いて、目黒さんはようやくホッとした表情を浮かべた。
気になったので、ひとみはもう一度聞いてみることにした。
「どんな風に転んだんですか?」
「カーペットの端に躓いて転んだんです。」
強張った表情で一言そう答えた目黒さんは、これ以上聞いてくれるな、という雰囲気を醸し出していた。
目黒さんが診察室を出て行ったのを見て、ひとみは陽子に話しかけた。
「DVっぽくない?」
「そうですよねー。怪我がなんか不自然ですよね。でも、聞いてくれるなって雰囲気でしたね。」
「通報とかした方がいいのかなあ?」
ひとみの言葉に陽子は微妙な表情を浮かべた。
「うーん。難しいですね。本人が転んだって言い張ってますし、何かをかばってそうな感じもしたし、息子さんとかの可能性もありますよね。」
確かに、他人が踏み込みにくい家の事情があるのかもしれない。
結局その日は外来が混んでいたこともあって、そのままうやむやになってしまった。
その1か月後。
受付の秀子から聞いたのだが、代診でたまに来ている先生の日に目黒さんが再診したらしい。
主訴は、前回と同じく転倒して目の周りを怪我した。
出してもらった目黒さんのカルテを見ると、この日も顔に傷を負っていたが、目には大きな問題はなく炎症止めの目薬を処方し帰されていた。
こういうケースはどう対応するのがいいのか、なかなか難しい問題ね・・・。
ひとみはため息をついたのだった。




