第32話 三田さん
「三田将三郎さーん。」
陽子の声が響いた。
三田将三郎、78歳。
左目の角膜ヘルペスで、ここ最近頻繁に通院しているおじいちゃんだ。
左目はヘルペスウィルスによる感染症で角膜が濁ってしまい、視力が落ちている。
それはかなり前からなので今さら綺麗に治すというのは難しいのだが、最近、その痛んだ角膜の上皮に傷が出来てゴロゴロした痛みが頻繁に続いているのだ。
見るからにやんちゃな感じのおじいちゃんで、話し方も下町風だ。
「先生、また痛なったんや。薬ドバッってさしてたらすぐ無くなってもうてん。」
「ああ、また傷が出来てますね。眼軟膏も出しておきますね。」
お馴染みさんなので、和やかに会話をしながら診察を進めていると、突然三田さんが意外なことを言い出した。
「ここ、うちの兄貴も通ってるやろ。」
「えっ、そうなんですか?誰だろう?」
珍名ならともかく、三田さんという名前ではバラバラに通院していると分からない。
「三田幸太郎や。」
「ええ!三田幸太郎さん⁉」
意外だった。
三田幸太郎さんは網膜色素変性症という目の難病で定期的に通院しているおじいちゃんだが、丸顔でいつもニコニコしていて温厚でとても穏やかな菩薩のような人だった。
うわあ、全然似てない・・・
あの穏やかな三田さんが、このヤンチャな三田さんと兄弟とは・・・。
「温厚で穏やかそうな方ですよね。あまり似ておられないから全く気付かなかったです。」
ひとみの言葉に三田さんが食いついた。
「温厚⁉あいつが?うち、三兄弟やねんけど、あいつが一番悪いぞ。」
「えっ?」
「若い頃はこの辺のアルサロ全部荒らしまくってな。暴れまくっとったわ。」
「ア、アルサロ?」
聞きなれない言葉にひとみが聞き返すと三田さんが呆れた表情を浮かべた。
「なんや、先生アルサロ知らんの?アルバイトサロンや。」
うーん、解説してくれたけど分からない・・・
それ以上聞きにくそうだったので、ひとみは後で調べることにして続きを促した。
「あとな、〇✖県に✖✖組ってヤ〇ザがおるやろ。あいつ、あそこの組長とサシでやりおうたこともあんねん。」
「・・・」
✖✖組は全国的にも超有名な誰でも知っている老舗のヤ〇ザだ。
もはや、ひとみの知っている三田幸太郎さんとは別人の話ではないかという気がしてきた。
その後、兄の武勇伝を語りまくった三田さんは目薬と軟膏をもらい機嫌よく帰って行った。
診察台をアルコール綿で清掃しながら、陽子が感心したように呟いた。
「今の三田さんからは想像も出来ないような過去でしたねえ。」
「本当だね。何がどうなって、今の三田さんになったんだろうね?」
ひとみも苦笑しながら同意したのだった。




