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ひとみ先生の眼科診察室  作者: らな


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第25話 能登さん

「能登雄太さーん。」

陽子の声が響いた。


能登さんは34歳、男性の新患だ。

ひとみは素早く主訴を見た。


昨日から右目の中心がぼやけて見える。

診察前に行った視力検査では右目の視力に異常はなかった。


ああ、CSCかしら?


CSCとは日本語では中心性漿液性網脈絡膜症(ちゅうしんせいしょうえきせいもうみゃくらくまくしょう)という長い病名で、目の奥にある網膜の中心部の下に水分が溜まった状態になる病気だ。

そのため真ん中が見えにくいという訴えで受診に来るが、意外と視力は良好なことが多いのだ。


30~50歳代の働き盛りの男性に多い疾患で、原因ははっきりわかっていないが過労やストレスの関与が疑われている。


診察室に入って来た能登さんは、短髪で日に焼けた丸い顔をした愛嬌のある感じの男性だった。

昔、野球とかしていたのかなあと思わせる雰囲気があった。


診察すると、やはりCSCだった。


「中心性網膜症ですね。」

本名が長いので、ひとみはこちらの名前で説明することが多い。


「中心性網膜症?」

聞きなれない病名に不思議そうな顔をした能登さんに病気について説明した。


「目の奥の網膜という場所の下に水が溜まる病気です。悪性のものではなく、予後は悪くないですよ。」

予後が良いと聞いて能登さんはホッとした表情を浮かべた。


「原因はストレスなどが言われていますが、はっきりは分かっていません。」


ひとみのその言葉を聞いた瞬間、能登さんが急に頭を抱えて絶叫した。


「あああっ!」


突然、どうした?


ひとみはギョっとして能登さんを見た。


嘆き終わった能登さんが顔を上げた。

「俺、内装業をやってるんっすけど、先日あり得ないような、とんでもないミスをしちゃったんっすよ。」


「内装業であり得ないような、とんでもないミス・・・。」

内容が気になったが、それを聞ける雰囲気ではない。


「きっと、それだあああ・・・。」

そう言うと能登さんは再び頭を抱えた。


リアクションの大きい人だなあ、と思いながら治療について説明した。


「自然経過で治ることも多いのですが、一応、末梢循環改善の飲み薬をお出ししておきますね。」


能登さんはお薬の処方箋をもらい帰っていった。


その後、数人診察した後、また同じような主訴のカルテが回ってきた。


野村賢治、38歳。

2,3日前から右目の中心が何となく見えにくい。


「またCSCっぽいねえ。」

ひとみはカルテを見て、陽子に笑いかけた。


診察室に入って来た野村さんは、真面目そうなインテリ風の男性だった。

能登さんとは全然雰囲気が違う。


そして、診察結果は予想通りCSCだった。


ひとみは能登さんにしたのと同じ説明を繰り返した。


「ストレス?それはもちろんあります。というか、ストレスのない人間なんているんですか?」

冷静な表情でそう尋ねてきた野村さんにひとみは苦笑するしかなかった。


時々、患者さんの言葉が瞬間的に刺さる時があるのだが、この言葉には妙に説得力があった。


そうよねえ。

ストレスのない人なんていないわよねえ。


能登さんと同じ薬を処方すると、野村さんは丁寧にお辞儀をし診察室を出て行った。


「同じ年代で、性別も同じで、同じ病気なのに、全然タイプの違う人でしたねー。」


陽子の言葉にひとみは心から同意し頷いたのだった。




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